幸せな時間
「まだ痛い?」
「だいぶ痛みはひいたけど…。でもまだ痛いってことにしておこうかな」
「なんで?」
「だって良くなったらいろんなこと自分でやらなきゃいけないじゃん。まだ紗世に手伝ってもらいたいもん。パジャマ着せてほしいし」
「なっ!なにそれ」
時田の子どもっぽい態度に少々呆れながらも頼ってもらえているようで照れくさいけれど嬉しい。
自然とニコニコ顔になってしまっがここでなめられるわけにいかない!と気を取り直して。
「じゃあ、ずっと入院してる?わたしはいいよ。時田さんが毎週のように開催してた飲み会がなくなると思うだけで嬉しいもん!飲み会が入るとわたしのこと忘れていなくなっちゃうでしょ?」
「紗世!いつからそんなこと言うようになったの?男には男の付き合いってもんがあるんだよ…」
困ったように弁解する彼に彼女が一言。
「別に全く行くなとは言ってないよ。ただ回数を減らしてほしいって思ったの。連絡こなくて悩むのとかもうやだ。心配ばっかりかけないで…」
こんな風にわがままを言うことがない彼女が一生懸命訴えているのを見て、今までずっと我慢していたことがわかる。
「紗世!事故でも心配かけたし今までも不安にさせてばかりでごめん」
「うん」
彼がぐいっと彼女の腕を引き、力強く抱きしめる。
時田の広い背中に腕をまわして紗世もきゅっと彼を抱きしめる。
「これからは全部ふたりで乗り越えていこう」
時田が彼女の耳元でささやき、彼女が小さく頷く。
時田は順調に回復していった。
それは先生を驚かせるものであったが、その理由は一目瞭然だった。
彼女のために。
1日も早く愛する彼女と一緒にいられるように。辛いリバビリにも耐えていた。
退院してふたりは時田のマンションで一緒に暮らしだした。身の回りのことや結婚や転勤の準備をするには都合が良い。
紗世のアパートには留学先から帰ってきた妹がそのまま住むことになった。
事故から1ヶ月半。
事故で生死をさまよったとは思えないほど元気な姿で時田が仕事復帰した。
まだギプスははずせないけれどもうスッカリ良い。
ケガで遅くなっていたけれど来月には札幌へ飛ばなければいけない。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ドアを開ければそこには幸せな時間が流れている。
彼女の手料理を堪能しながら今日1日の出来事を話す。
「今日部長に話してきたよ。結婚のことと退職のこと。そしたらね…辞めちゃうのはもったいないんじゃないかって言ってくれて。札幌のお店で販売の仕事しないかって。時田さんに聞いてから返事をしようと思ってちょっと時間もらうことにした」
「紗世が販売の仕事をしてみたいなら挑戦してみてもいいんじゃないかな。俺はどちらでもかまわないよ。紗世が働かなくてもちゃんと俺が働くからそこの心配ないし。紗世がしたいようにしたらいいよ」
「ありがとう。今週いっぱい考えて結論だすね。あと結婚式なんだけど…。さすがに来月は間に合わないから諦めようって思ってたの。でも新藤さんの親戚にホテルを経営してる方がいてその人に頼めば大丈夫だって言ってくれて。身内だけのパーティーなら今からでも間に合うみたいなの」
「紗世はどうしたいの?」
「わたしは早く時田さんの奥さんになりたい。式とか披露宴は無理にしようって思わない。でもお世話になった人たちには自分の幸せな姿は見せたいかな」
「じゃあ!新藤さんにお願いしようか。俺も紗世をみんなに見せたいし。俺の奥さんだぞって」
「なにそれ」
ふたりで笑いあう。
「あ!でね。もし結婚式のことを頼むなら新藤さんに女の子を紹介することが条件なの。時田さんの知り合いでかわいい子いない?」
「うーん。かわいい子かぁ。モデルの知り合いがいるから頼んでみる?あ!紗英ちゃんは?紗世に似てキレイじゃん」
「普通自分の妹を紹介する?もう!ちゃんと真剣に考えてよぉ。それに紗英はまだ子どもだもん」
「子どもだと思ってるのはお姉さまだけですよ」
ぷくとふくれる彼女の機嫌をとるようにぽっぺたをつつく。
「紗世に気を使わせないようにって新藤さんが気を使ってくれてるんだよ。良い子がいないからさがしておくから機嫌なおして」
「うん」
ゆっくりと幸せな時間が流れていく。