彼女の祈り
「りこぉ…」
紗世は涙をぐっとこらえて理子のもとへ走る。
「紗世…。思ったより早かったね。時田さんは無事だから大丈夫だよ。落ち着いてね」
「容体は?」
新藤がしっかりした口調で割り込む。
「新藤さん…。わたしも詳しいことはわからないんです。ただ意識が戻らないって。先生は今夜が山場だろうって…。」
「そんな…。意識が戻らなかったらどうなるの?もう時田さんには会えないの?イヤだよ…どうしよう…理子どうしよう…」
「紗世…」
今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女の体をそっと支えて椅子に座らせる。
「紗世。いまお茶買ってくるからここにいてね。もうすぐ先生がお話にきてくれるはずだから…」
すぐに理子が戻ってきて温かいお茶を紗世に手渡した。そのお茶は冷たくなった紗世の手と心を一気にあたためた。
「時田さんのご家族の方ですか?」
ふいに後ろから男の人の声が聞こえた。自分の父親くらいの年齢だろうか。白衣を着た男性がたっている。
「はい。彼の婚約者です。先生彼はどうなんですか?助かるんですか?助けてください。お願いです…先生助けて…」
なだめるように優しい声で話す。
「落ち着いてください。あなたまで取り乱してはいけませんよ。彼は今必死に戦っています。手術は成功しました。あとは彼の生命力次第です」
「手術は成功したんですね…良かった」
「彼に会いますか?」
「会えるんですか?」
「ご家族の方だけ特別に。あなたは彼の家族になる人でしょ?」
「ありがとうございます」
紗世は一度だけ理子と新藤の方を振り向いてぺこりと頭を下げて病室へ入っていってしまった。
廊下に2人残された理子と新藤。
先に口を開いたのは理子だった。
「あの…。今日はなんで紗世と一緒だったんですか?」
「あぁ。聞いてないんだね。今日は飯塚と長野にね。やっと両思いになれたって思ってたけど…俺の勘違いだったのかな」
「新藤さん…。最近紗世と話す機会なかったからあんまり詳しいことは聞いてないんです。でもわたしは紗世も札幌にいくんだと思ってました。最後は時田さんを選ぶだろうなって…。ごめんなさい」
「婚約者だしね」
皮肉たっぷりにいう新藤を理子はキッと睨みつける。
「さっきのは仕方ないと思います。時田さんがあんなことになって…。彼のことでずっと悩んでたし…。でもわたしは紗世に幸せになってもらいたい。紗世が幸せならいいって思ってしまう」
「そうだね。俺も幸せな彼女が見たいよ」
「ここが時田さんの病室です。頭を強くうって眠っています…そばにいてあげてください。目が覚めた時あなたがいないと不安になるでしょう。朝には彼のご両親が到着するようですよ」
「ありがとうございます」
静まり返った病室。いるのはずっと大好きだった彼と紗世だけ。
紗世は時田の手をぎゅっと握りしめて彼に話しかける。
「時田さん…目覚ましてください。もう会えないなんてダメ…。わたしね…さっき理子から連絡もらった時に気づいたことがあるの。それをあなたに伝えなきゃ…。だから目を覚まして。お願いだから…目をあけて」
時間だけが過ぎていくようで…朝日が昇るのがこわい。
紗世の祈りも虚しく少しずつ空が明るくなっていくのがわかる。