穏やかな日々
「もしもし」
紗世は携帯をカバンからとりだして電話をかけた。
相手は新藤だ。
「今日はせっかく誘っていただいたのにすみませんでした。それから…。わたしは新藤さんの気持ちに応えることはできません。しばらくひとりで頑張ってみます。お仕事一緒にできて楽しかったです。ありがとうございました」
新藤はおだやかに相づちをうつだけで特に何かを聞いてくることはしない。
これ以上新藤の声を聞いているとついつい弱音を吐いてしまいそうだ。
「じゃあ、失礼します」
紗世は電話をきり、歩いて家まで帰った。
いつかの日のように外は雨だった。
あれから約1か月がたった。
紗世は毎日穏やかな日々を送っていた。
自分のために仕事をして、自分で稼いだお金で洋服や化粧品を買う。おいしいものを食べるにもお金が必要だから一生懸命働く。
時田とは職場で会うし、話もする。
もう恋人ではなくなってしまったけれどやっぱり好きなものは好きだ。
ついつい目で追ってしまったり…。無意味にドキドキしたり…。
時田の存在で自分は女だったんだなっと確認したりする。
そんな中。
涼子が退社する日がやってきた。
嫌なこともいっぱいあったけれど一緒に働いてきた仲間だ。
笑顔で見送りたい。いまは素直にそう思えた。
いつかわだかまりが消える時がくるのだろうか。
お昼ごはんを食べて席に戻ると涼子がそこにいた。
最後の挨拶にきたのだろう。
「あの…飯塚さん。今お時間いいですか?ちょっとお話があって」
涼子に言われるまま会議室までやってきた。誰もいないところで話がしたいという。
話はきっと時田のことだろう。
会議室の広さがなんだか冷たい。少しピリピリした空気が流れていた。