小さな後悔
「飯塚今日メガネなんだ。めずらしいね」
いつものように優雅な優しい笑顔で新藤が話しかける。
「目の調子が良くなくて…」
紗世はいまだせる最大限の力で弱々しく微笑む。
「書類今日中に仕上げますね」
そう言って早々に自分の席に戻ってしまった。
誰とも話したくない。誰にも話しかけられたくない。そんな雰囲気を感じた。
他の音を遮断するかのように彼女の耳にはイヤホンがつけられていた。音楽でも聞いているのだろうか。
お昼もとらないで必死にキーボードをたたいている。
定時をまわったころだろうか。
紗世が新藤のところへやってきた。
「お約束していた書類完成しました。明日はプレゼンにいく日ですね。よろしくお願いします」
そう言って立ち去ってしまった。
呼び止めようとしたが彼女は逃げるように部屋をでていってしまった。
なにかあったんだろうか?
それとも俺が避けられているだけか?
ロッカールームで帰り支度をしていると理子がやってきた。
「紗世。元気ないね。どうしたの?」
心配そうに話しかけてきた。
でも…いまの紗世にその質問に答えられる余裕はない。
「ごめん。理子。なんでもないの。今日は疲れたから帰るね」
そういって足早に出ていってしまった。
帰りの電車の中。
紗世はひとり反省していた。
心配してくれた人たちにあんな態度をとってしまったことを…。
気を緩めると涙がこぼれそうになる。昨日あんなに泣いたのにまだ泣けるんだ。
情けない。
時田に言った言葉に嘘はない。ずっと言いたくて言えなかった言葉。やっと言えたとほっと胸をなでおろした。
でも。そのあとすぐに後悔がやってきた。
彼を傷つけたこと。
好きな人を拒絶したこと。
嫌われたかもしれない…。
そう思うとこわかった。全く強くなれていない自分が嫌い。
時田を好きな気持ちを抑えて諦めよう諦めようと無理していたことに気づく。
「かっこわるいな」
電話で話したいけどなんて言えばいいのかわからない。
気づいたら深夜0時をまわっていた。
部屋にメールの着信音が響く。
時田からの短いメール。
「きのうはごめん。しばらく会うのやめよう」
紗世の後悔がまたひとつ増えた気がした…。