噂の彼女
なんとなくまわりから注目されている気がした。
視線がささるような…そんな感覚。
お昼。
お茶を入れるため給湯室に向かう。
今日は雑穀米で作ったオニギリとからあげなどのおかず持参している。
紗世は外回りなどがある時以外だいたいお弁当を持ってきている。仕事が忙しい時はデスクでメールなどを見ながらお昼をとることもできるし、必要以上にカロリーをとることをおさえることもできる。
近くにおいしいお店があるとか新しいお店が出来たとか聞いた時には理子といつ行くか決めてランチにでかけるのだが普段はたいていお弁当だ。
「今日は番茶がいいかな」
お茶を選んでいると給湯室に理子がやってきた。
「あ!おつかれさま」
紗世がにこっと笑う。
「やっと昼休みだよ。早くこの時間にならないかなって思ってたの」
なんとなくそわそわしながら理子が話す。
「どうしたの?何かあった?」
「なんかあった?じゃないよー。なんかあったのは紗世でしょ?きのうのアレ。何事?!ってみんな大騒ぎだよ」
「きのうのアレ?なんだっけ?」
首を傾け頭をひねるがよくわからない。
じれったそうに理子が続ける。
「もう!王子さま!新藤さんが紗世の言ってたアレだよ。本気とか考えてとか!一体どういう意味なんだろうって」
「あぁ。ソレか」
「もう!新藤さんが紗世に交際を申し込んだのか?!はたまたいまのプロジェクトが終わったら一緒に仕事ができなくなるから紗世を自分の会社にヘッドハンティングしようとしてるんじゃないか?!って。いろんな噂が流れまくりだよ」
理子に言われて初めて気づく。だから朝から視線を感じていたのか。
なるほど!
くすっと笑い、紗世が答える。
「わたしには好きな人がいるから!!だいたいヘッドハンティングって優秀な人がされるものでしょ?ないない。それにわたしはこの会社が好きだし」
いまいち納得のいかない理子がいる。
しかし何となくこれ以上聞けない雰囲気だったので話題は別なことに。
「この近くに新しくオムライスのお店がオープンしたんだって!いきたくない?今週の金曜日そのお店でランチはどう?」
「いいねー」
盛り上がっているところ涼子が給湯室にやってきた。
どうやら涼子はコーヒーを入れにきたらしい。
自分のマグカップともうひとつ。時田のカップを持っている。
紗世がマグカップをみているのに気づいたのか。
「おつかれさまです。お湯もらっていいですか?時田さん猫舌だからあつくない方がいいかな」
涼子がひとりごとのようにいう。
「コーヒーはあつい方が好きだって!疲れている時は特にあついコーヒーがいいみたいだよ」
紗世は涼子のひとりごとに答えるとさっと給湯室をでた。
「めずらしいね。紗世が涼子にかまうなんて。いつもの紗世なら流すところなのに」
「うーん。でも本当に時田さんぬるいコーヒーは好きじゃないから。じゃあね」
紗世は自分のデスクに戻っていった。
途中、みんなの視線を感じたけれど特に気にすることもなかった。
ただひとりの視線をのぞいては…。
時田が紗世を見ている。考えすぎかもしれないが少し怒ったような表情に見える。
特に悪いことをしたわけではない。
それなのに紗世はとっさに目をそらしてしまった…。
足早に自分のデスクへ戻り、番茶を飲み干した。