もっと強く
「紗世最近きれいになったよね。ちょっと痩せた?」
タコスを頬張りながら理子が言う。
会社の近くに新しくできたお店で2人はランチをしていた。
「うーん。ちょっと痩せたのかな。毎朝走ってるのよ!体の中のきたないもの全部だそうと思って。水バーって飲んで。ゆっくりお風呂入って。で、たっぷり寝て!」
「そうなんだ。でも紗世はきたないものなんてなさそうなのに。よりいっそうキレイになってうらやましいけど」
理子がちょっと心配そうに言う。
「理子が思ってるようなキレイな人間じゃないよ。実は超ドロドロ」
おどけた顔がかわいい。
「ちょっと色々あってさ。半分は女の意地みたいなものだよ」
おだやかに笑う。
会社に戻ると時田と涼子が打ち合わせをしているのがチラっと見えた。
ズキン。
まだ少し胸が痛い。
でも…前ほどつらくはなくなっていた。
大丈夫大丈夫…落ち着け落ち着け。
呪文のように唱える。
紗世は自分が失恋でこんなにダメージを受けるタイプだと思っていなかった。
自分のことだけど正直少し驚いた。
昔から感情を表にだすタイプではなかったような気がする。
仲の良い家族に囲まれて不自由なく育ってきた。特に自覚はなかったが小さな頃からキレイだとか可愛いとか言われて育ってきた。恵まれていたのだと思う。
「紗世はキレイだもん。わたしの気持ちなんてわかんないよ」
学生の頃に仲の良い友達に言われた言葉。
友達が失恋した時の話だ。
キレイだから…。
そんなことで人の気持ちがわからないなんて言われてしまうのかとショックを受けたものだ。
確かに紗世は容姿に少し恵まれていたのかもしれない。でも人知れず努力だってしてきた。
寝る間も惜しんで受験勉強してやっと入った大学。もともと運動は得意じゃない。でも長距離なら…と小学生の頃毎日ひとり学校に残って練習していた。それだけでは足りないと朝は早く起きて犬と散歩がてらに走った。それを何年か続けているうちに学校2番目に早く走れるようになった。
高校生の頃きれいな化粧品や洋服がほしくて必死でアルバイトした。大学時代は短期留学の資金集めに警備員のバイトだってしたことがある。
人並みに努力はしてきたつもりだった。だから「きれいだから」だけで済まされるのは納得がいかない。
思えばあの時初めて友達とケンカしたんだっけ。
彼氏に振られて落ち込んでいる幼なじみの千里に紗世は言った。
「振られて悔しいなら見返せるように頑張んなよ。ここで愚痴ってても意味がないよ。わたしは千里のこと小さい頃からずっと見てる。千里の良さがわからない男なんてさこっちから振ってやんなよ。あとで彼がもったいないことしたなって思うようにいい女になんなよ」
気づいたら2人とも泣いていた。
泣きながら千里が謝ってきた。
「ごめん…紗世。紗世みたいにきれいだったら振られることもなかったのかなって卑屈になって。ただの八つ当たり。紗世が努力家なのわたしが一番よく知ってるのに。ごめん。わたし絶対いい女になるから!見てて」
そういって笑った千里はすでにキレイだった。
それから千里はダイエットに成功してみるみるうちにキレイになっていった。もともと背が高かったからそれを活かしてファッション雑誌で読者モデルとして活躍するようになっていた。大好きなアパレル会社に就職して充実した日々を送っていた。
そんな時に優しくてかっこいいいまの旦那さんに出会った。
「紗世のあの言葉がなかったらモデルになることもなかったし…旦那に出会うこともなかったよ。努力もしないでキレイな人をただひがんで。紗世のあの言葉は効いたもん」
千里はもうすぐママになる。幸せを自分でつかんだのだ。
あの時、千里に向けた言葉を自分に投げかけてみる。
もしかしたら失恋を経験したことなかった紗世だから言えた言葉なのかもしれない。
でも…強くなりたい。
グッとこぶしを握り前を向いて歩きだす。
時田と紗世の横を通り過ぎたけど、もう胸は痛まなかった。
強くなろう!