安心感
「飯塚!いいづか?イイヅカっっ!」
名前を呼ばれていたことに気づいてハッとする。
また時田のことを考えていた。
仕事に集中しなきゃいけないことはわかっている。
でもどうしても…。考えずにはいられない。
「はぁ」
ため息をついている紗世に新藤が近づいてきた。
「具合悪いならもうあがっていいよ」
きっぱりした口調でいう。
特に具合が悪いわけではない。ただ頭が働かない。
「新藤さんごめんなさい。大丈夫です」
そんな紗世を新藤がじっと見つめ更に付け足す。
「じゃあ、言い方をかえようかな。もうあがって!仕事する気がない人にいられても困るんだ。考えごとならお家でゆっくりしなさい。おつかれさま」
紗世は全身の血の気がひいていくのを感じた。
新藤が何を言いたいのかすぐにわかった。恥ずかしい。プライベートなことで仕事に支障をきたすなんて。今日は帰ろう。
頭を下げて向きをかえた時に、目の前が真っ暗になった。
紗世はそのまま床に崩れ落ちた。
「あ!目覚めた?」
ここはどこだろう?
ボーと考えている紗世に新藤が水を渡してくれる。
冷たくておいしい。
新藤が優しい口調で話しかけてくる。
「大丈夫か?飯塚貧血で倒れたんだよ。ここは会社の医務室」
ようやく自分が置かれている状況を思い出す。
わたしあのまま倒れちゃったんだ…。
「あの…ごめんなさい」
弱々しい声で紗世が新藤に謝る。
「もう少しここで休んで。送っていくから今日はもう寝なさい。青白い顔して。寝てないんだろ。あとさっきはキツい言い方してごめんな」
新藤の優しさに胸が詰まる。
「あの…本当にごめんなさい。それからありがとう。わたし…」
紗世の目からは大粒の涙が溢れていた。
「じゃあ、おつかれさま」
新藤の車が紗世の家の前に止まった。
紗世の涙がおさまった頃、新藤が車をだすからといってくれた。デスクにあった荷物はどうやら理子が医務室まで届けてくれたらしい。
何か聞かれるかなと思っていたが、新藤は何も聞いてこなかった。
まだ誰かに話せるほど気持ちが落ち着いていなかったので、紗世はほっと胸をなでおろした。
「今日は何も考えずにゆっくり寝るんだよ」
にっこり笑う王子さまの笑顔に癒される。
その言葉通り紗世は何も考えずにベッドに入った。
その日ひさしぶりに熟睡できた気がした。