甘い誘惑
「しんどうさぁん。これみていただけます?」
甘ったるい声がオフィスに響く。
涼子から資料を受け取った新藤はその場でぱっと目を通す。
「企画書?明日までに見ておくよ。ありがとう」
できればもっと新藤と話していたかった。
が、いまは仕事がつまっているようでものすごく忙しそうだ。今回は諦めることにした。だが、決して最後の一言は忘れない。
新藤の肩にそっと両手をそえてささやいた。
「おつかれですね?大丈夫ですか?仕事をしてる男の人ってかっこいいけど…ちょっと心配だな」
覗きこむような形で話しかけてくる。
「じゃあ、企画書お願いしますね」
涼子が怪しく微笑む。
「なるほどね」
新藤がにやっと笑った。
涼子に言われるまで気づかなかったが仕事に熱中してランチも忘れていた。
「コーヒーでも飲むか」
席をたち、自動販売機に向かう。
佐田涼子か…。
彼女は確かに魅力的だ。
ものすごく美人だというわけではないが独特なオーラがある。そのオーラをひとことでいうと。
「エロス」
自分はハマるまい、だまされまいと思っている人ほどはまってしまう。
そんな蟻地獄のようなあぶなさをもっている。
新藤がそんなことを考えながら歩いていると紗世が目に入った。
紗世は涼子とは正反対かもしれない。
彼女も独特のオーラを持っている。まわりのもの全てを清めてしまうようなそんなオーラ。
涼子のそれに対して紗世のは
「清純」
といったところか。
彼女は花のように美しく、そして汚れない。
ハラハラハラ。
大量の資料を運んでいた彼女が資料を撒き散らしている。
焦って集めようとすると余計に散っていく。その姿が妙にかわいい。
「意外とドジだな」
くすくす笑いながら彼女のもとへ駆け寄ろうとした瞬間。新藤より先に彼女のもとへ走った男がいた。
「何やってるんだよ」
彼女の頭をコツンとたたいて、彼女を手伝う。
「ごめんなさい。ありがとう」
新藤が見たことのない少女のような笑顔で紗世が微笑んでいる。
あんな顔で笑うんだ…。
そのとき、彼女を泣かせた男は時田だったんだと新藤は確信した。