出会い
「あっ!ごめんなさい」
通りを歩いていてすれ違いざまにぶつかってしまった。
「すみませんでした」
もう一度謝ってそこを立ち去ろうとした時に気づく。
「雨、ふってたんだ…」
言われてみればさっきから確かに雨は降っていたような気がする。自分もびしょ濡れだ。
でもどうでもいい。
そう思って歩きだした時に後ろから声をかけられた。
「あの…大丈夫ですか?よかったら傘使ってください」
さっき自分がぶつかってしまった男の人が傘を差し出している。
「え?あっ!大丈夫です。お気遣いありがとうございます。もうすぐ家なので」
最後にもう一度
「ありがとうございました」
そう言って立ち去ろうとした瞬間彼女は腕をつかまれた。
驚いて彼を見る。
「ナンパとかじゃなくて…。こんな雨だし。そこの駐車場に車停めてるんです。家まで送りますよ」
走って駐車場に向かう彼に大きな声で「本当にけっこうですから」と叫ぶ。
彼女はゆっくりと歩きだした。雨で涙は隠れていた。
いつもの朝。
いつものオフィス。
お客様用のお茶菓子を用意して、あとはお客様の到着をまってお茶を入れるだけだ。
給湯室でカップをあたためていると同僚の理子がやってきた。
「早く王子さまに会いたいなぁ。超エリート!超イケメン!そしてお金持ち」
「はいはい」
落ち着いた雰囲気で答える。
「紗世は興味ないわけ?イケメンだよ!お金持ちだよ!将来社長だよ!!」
「うーん。どんな人かは興味あるかな」
「もう!だから紗世ダメなの。いい?紗世は美人なんだから!かわいいんだから!気がきくし、性格だっていいの。玉の輿だって夢じゃないんだからね」
そんな理子を見てくすっと笑う。理子はいつも紗世を誉めてくれる。理子の優しさが素直に嬉しい。
「ありがと。理子みたいな人が彼氏だったら幸せなのに」
そう言ってもう一度笑う。
「さ!そろそろ王子さまがくるよ。オフィスに戻らなきゃ」
その時だった。
「紗世…。もしかして時田さんと何かあった?」
理子はちょっと聞きづらそうに言う。
「理子に隠し事はできないね。今度ゆっくり話すよ」
そう言ってオフィスに戻る。
戻ってすぐ王子さまがロビーに到着したらしいと連絡を受ける。
女子社員たちは期待に胸をふくらませる。
ほどなくしてやってきた彼は思っていた以上に背が高く、するりとしたイケメン。
みんなの噂になるだけのことあるななどと思いながら、ティーセットを持って応接室までいく。
「失礼します」
お茶とお茶菓子を差し出した時に王子さまと目があう。
老舗ファッションブランドメーカーの専務でそこの跡取り息子。
イケメンで高学歴ですべてを持っている人。
「え?」
雨の日に咲希に傘を差し出してくれた彼…。それが新藤雄介だった。
「おつかれさまでした」
「お先に失礼します」
そんなやりとりが聞こえはじめた頃、時刻は夕方の6時半をまわっていた。
キリがいいところまで片づいたし、そろそろ帰ろうかなと思っていたところ携帯がなる。
理子からのメール。
「ひさしぶりにイタリアンでもいかない?」
「いいね!イタリアン。わたしは仕事終わったからロッカールームにいってるよ」返信する。
ロッカールームで化粧を直していると理子が小走りでやってきた。
「おまたせー」
「そんなに急がなくていいのに」
2人はさっと支度をして会社をでる。
お店まではたわいもない話で盛り上がる。新しいグロスの話とかダイエットの話とか。
理子が新しく見つけてくれたイタリアンのお店はすごくオシャレで雰囲気も良かった。
どの料理を食べてもおいしく、充実した気持ちになれた。
お腹が落ち着いてきたところで紗世からきりだした。
「理子が聞きたいのは時田さんのこと?それとも王子さまのことかな?」
イタズラに笑う。
「両方かな。最近紗世元気なかったから…。時田さんとのこと気になってて。王子さまの情報はなんでもいいから知りたい」
べーと舌をだしておちゃらけたようにいう。
理子が本当に聞きたいのは時田のことだろう。
紗世は大きく深呼吸して話はじめた。