第二話 伯爵令嬢の変身
エリージア視点
エリージア伯爵令嬢は、元婚約者ディスランの後ろ姿を見送りながら必死に耐えていた。
気が緩むと、幸せがごっそり逃げていきそうなため息が零れそうだったからだ。
部屋に戻り、婚約破棄成立の書類を改めて眺める。
「やっっっと解放された……!!」
その言葉には歓喜とも表現出来る重い喜びが込められていて、エリージアにお茶を入れていた侍女は主の心労に涙が出そうだった。
エリージアにとって、婚約破棄は願ったり叶ったりの悲願だった。
ディスラン本人は何度申告しても否定したし、恐らく自覚が本当に無いのだが、サラに恋をしているのだ。
むしろそれを知らないのがディスラン本人だけで、学園の生徒達は全員気がついている。
そのお陰でエリージアは、お飾り婚約者、保険婚約者、財布婚約者などなど不名誉が過ぎる渾名を幾つも付けて頂く羽目になったのだ。
サラに片思いをしていた他の側近達は王太子との結婚式で諦めがついたようだが、ディスランはそもそも自分に恋心がある事を自覚していないため、傍から見れば未だに未練タラタラなのが丸わかりなのだ。
そんな男の婚約者として隣に立たなければならない気持ちをどうかお察し頂きたいと、エリージアは思う。
そもそも、ディスランとの淡い恋心はとっくに冷めきっていたのだ。
口を開けば、昔は優しくて慈悲深く笑顔の耐えない人だったのに…と人を詐欺師のように愚痴愚痴と言われ続けていたが、エリージアからすればそんなふわふわ乙女のままで侯爵家に嫁げる訳があるか!と怒鳴りつけてやりたかった。
政略結婚とは、言わば娘を献上品にして結ぶ契約だ。
そしてエリージアは伯爵令嬢、嫁ぐのは一つ上の階級の侯爵家。
階級が上がれば覚えなければならないマナーや教養は倍に増えるし、それ等をただ覚えるだけではなく、美しく洗練されたものに研鑽しなければならない。
伯爵家からすれば献上品とする娘を少しでも美しく賢く優れた女性に磨き上げ、侯爵家からの心境を良くしたいのだ。
無垢な愛らしさなど、綿飴のように見た目が可愛らしく甘いだけで、腹を満たすことは出来ない。
必要とされるのは洗練された美しさと教養と知識、そして健康な男児を産むための健康な肉体だ。
エリージアだってそれを備える為の教育は本当に辛かった。
しかし、それ等を身につけなければ生家である伯爵家の立場も危うくなり、自分が産む子供、さらにはそのまた孫にまで良くも悪くも影響を及ぼすのだ。
ディスランの言う通り、幼い頃の無邪気な心は捨てた。
しかし、それのなにが悪いのかとエリージアは問いたい。
これは変身なのです!
変身という言葉がエリージアはとても好きだった。
何故かとても勇気が湧いてきてなんでも出来るような気がしてくる。
魂にこの変身という言葉は刻み込まれているに違いない。
幼く無邪気な少女から、強く賢い女性に変身したのだ。
その変身を遂げた自分を、エリージアは心から誇りに思う。
「こっちから貴方なんて願い下げよ、このネチネチ筋肉!!あんたなんか筋肉と結婚すればいいのよ!」
侍女の用意してくれたサンドバッグにディスランの写真を貼って打ち込むと、それはもういい音が響いたのだった。
エリージアの前世は変身魔法少女アニメ大好きな女性です。
あくまでそういう前世を得ているというだけですが、変身という言葉は未だに何故か大好きです。
ちなみに前世はしっかり天寿を全うした大往生でした。