いつか辿り着きたい場所
「智華ちゃん、また明日ね」
「お邪魔しましたー」
夜も更けて良い時間になったので、クリスマスパーティーはお開きになった。
サンタコスチュームの上にダッフルコートを着た麻理子とダウンジャケットを羽織ったジローを玄関先で見送る。
雪はまだだけど、冬も本格的になってきたから冷えこみがすごい。私もサンタコスチュームの上からダウンコートを着てるけど、ミニスカサンタだから足元がすっごく寒い。
二人を見送ると、隣で一緒にお見送りしていたラチイさんも私のほうへと向き直った。
「さて、俺もお暇しますね」
「ごめんね、ラチイさん。お父さんをベッドまで運んでくれて」
「いえいえ。俺が持ってきたワインのせいなので」
そうなんだよね、お父さんったらラチイさんが持ってきたワインが美味しいかったらしくて、気がついてたら一人で二本目を空にしてたんだよね。プレゼント交換のあたりからそういえば声がしないな、と思ってたらダイニングテーブルの下で沈没していた。
お客さんのラチイさんに肩を貸してもらってなんとかベッドまで運んだけど、すっごい大変だった。ラチイさんに家族の恥ずかしいところを見せてしまってちょっといたたまれない。
「お父さんたら、クリスマスだからってハメを外しすぎなんだよもー」
「お祝いごとですからね。嬉しくなっちゃうと仕方ありません」
だからって酔っ払いすぎるのはよくない! せめてパーティーが終わるまでは起きててほしかったー!
はぁ、とため息をつく。
白い吐息が暗い夜に消えていく。
ラチイさんを見上げると、楽しそうに琥珀色の瞳を細めている。私はなんだかこのまま別れるのが名残惜しい気持ちになった。
そよっと視線を動かせば、夜の暗い路にぴかぴかと光るものを見つけた。良い事を思いつく。
「ラチイさん、まだ時間ある?」
「ありますが……どうしましたか」
私はえへへと笑いかける。
「ラチイさんって夜のクリスマスツリー見たことある?」
「いいえ。昼のは少し見ましたが」
「じゃあちょっと見に行こうか。すぐそこのおうちがさ、庭の木をモミの木に見立ててクリスマスツリーにしてるんだよ」
ラチイさんの手を引いて歩き出した。
少し首を傾げたラチイさんは、私に引っ張られる。
「勝手に見ていいんですか?」
「いいんだよ。おうちもイルミネーションで飾っててすっごいの」
数軒先の家のイルミネーション。敷地に入るわけじゃないから、見るだけなのはセーフ。むしろ通行人を楽しませるためにイルミネーションをしてるんじゃないかなって思ってる。
目的の家を目指して歩いていたら、ぶわっと夜の風が吹きすさぶ。
「あー! 寒い!」
「コートの前、ちゃんと閉じてください」
ラチイさんに呆れられちゃった。すぐに家に入るつもりだったからね、ダウンコートの前が開きっぱなし。私はラチイさんから手を離して、前を閉じた。
「あー、あー、寒い……あ、ここ」
「本当にすぐそこですね」
ラチイさんと並んで立ち止まった。
眼の前に広がるイルミネーション。
モミの木に見立てた木や、駐車場の屋根や玄関にも飾りつけられた光の粒たち。住宅街にある小さな庭の中でひしめきあった光は、まるで宝石のようにきらきらと輝いて暗い夜を彩っている。
その眩さに、ラチイさんは少しだけ目を細めた。
「すごいですね。色とりどりで……音楽を奏でるように瞬く光が美しい」
「すごいでしょー? ここのお家の人、毎年これやってるの。小さい頃はこれがキラキラしてるのが好きで、こっそり家を抜け出してさぁ。お母さんとお父さん大慌てだった」
小さい頃を思い出して笑えば、ラチイさんもくすくすと笑ってくれて。
「智華さんらしいですね」
「今はさすがにしないよ!?」
「俺とこうして見に来ているのに?」
「ぐうの音も出ない……!」
ラチイさんに完封された私は顔を覆ってうめいた。それを見たラチイさんがますます笑う。私も楽しくなってきて、笑顔になった。
きらきらしててつやつやしてて、幻想的に瞬くイルミネーションはまるで宝石のように輝いている。
この光の洪水は冬の間しか見ることのできない光景。小さい頃から見てきた馴染みの景色だからか、根拠もないのにきっと来年も同じ光景が見れるのかもと、なんとなく思ってしまう不思議な気持ち。
こういう気持ちを共有したいと思ったのはいつからだろう。
最近、よく考えることがある。
恋ってなんだろうって。
この一年近く、色んな恋の形を見てきた。
みんな、色んな形で誰かを想って、想われて、想いを形にして、届けて。
いいなぁ、って思った。
そうやって想う人、想われる人の関係がちょっと羨ましく思ったりして。
どこかのお姫様のように恋に恋するお年頃なのかなって、ちょっと自分が恥ずかしく思うんだけどさ。
でも、もし自分が恋をするなら。
根拠もなく、未来も変わらず一緒にいると思える人と一緒にいたいなって考える。そう考えた時に思い描く人は、誰なんだろう。
隣の人をちらりと見上げる。
見上げたら、私を見下ろしていた琥珀色の瞳と視線が合う。思考が見透かされたようで、どきりと心臓が跳ねた。
笑みを引っ込めて真顔になったラチイさんは、静かに問いかける。
「智華さんは高校を卒業したら、どうしたいですか?」
「私?」
突然の進路の話。
えっ、なんで進路?
きょとんとしていたら、ラチイさんがさらに突っ込んで聞いてきた。
「先ほど麻理子さんが進路を決めたと話してくれましたが、智華さんの進路を聞いていなかったなと思って」
「あー……」
私は視線をうろつかせる。
この質問、私はちょっと答えづらい。
どう答えようかなと思って視線を一度、地面に向けた。私が履いているのはローファー。通学の時に履いている靴。
二年目になって馴染んできたこのローファーを履くのも、あと一年だけ。
顔を上げる。たぶん私の顔はちょっと困っているかもしれない。
「実はね、残念なことにまだ決まってなく……」
「何故ですか?」
何故。
何故ときましたか!
気持ちは進路相談の面談のような時の気持ち。先生との進路相談もこんな感じだ。何もやりたいこと、目指したいことが決まってない私の肩身はとっても狭い。
でもふと、ラチイさんには先生に言えない本音を言える人だと気がついた。
「私、アクセサリーが好き。魔宝石だって作るのが好き。だけどさ、私がアクセサリー作家になるためには、技術的な部分が足りないと思う。麻理子と同じなんだけどね」
でも、彫金とかビーズとか。大学に行ってまで学ぶことなのかな、とも思う。宝石が好きだから鑑定士とかもかっこいいと思うけど、でもそれを職業にしたいかと思ったら、それも違う気がしてる。
それにもしアクセサリーのデザイン系の専門学校に通えるとしても、家から通える範囲にそんな学校はない。家を出て、どうしても一人暮らしが必要になる。そうなると、お金の負担とか考えちゃったり。
それに選択肢は一つじゃない。
「アクセサリーにこだわらなくたって、将来を考えるなら四年制大学に行って視野を広げてみるのもありかなと思ってる。……でも、分かんなくて。みんな、すごいなって思ってるだけで」
私はアクセサリー作るのが好き。宝石を見るのも好き。でもそれを仕事にできるのかと言われたら不安になる。ハンドメイド作家の収入と支出を考えると茨の道に違いないもん。プロになんてなれっこないと思っちゃう。
話すうちに、ラチイさんから視線がそれていた。後ろめたいというか、居た堪れないと言うか。いつものように、まっすぐ言葉を返せない自分が情けない。
この話題、どう終わらせようかな。
考えるのがちょっと憂鬱で、話題の切り替えを考えていれば、ラチイさんがおもむろに言葉を紡ぐ。
「もし智華さんに興味があるのなら、ラゼテジュの王立学院に入ってみませんか」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
私はラチイさんの言葉を一生懸命、咀嚼する。
「王立、学院?」
「俺としては将来的に、智華さんをうちの研究員に引き入れたくて。それに魔宝石職人として本格的に学びたいのであれば、やはり王立学院には行っていて損はないと思いますし」
魔宝石職人として本格的に学ぶ。
突然提示された選択肢に、私の思考が追いつかない。
「えっ、えっ? 待って? えっ? 王立学院?」
「そうです。魔法の勉強は俺でも教えられますが、きちんと学ぶのであれば学院が適しています」
「え、でもどうやって通うの?」
「幸いうちの部屋は余ってますし、里帰りも簡単にできますし、なんだったらスマホだって使えますよ」
「学費だって」
「お忘れかもしれませんが、これまでの魔宝石の依頼で貯まってる報酬があります」
「学力レベルとかは……?」
「平民向けの推薦枠で試験を受けます。読み書きができれば入学できますよ。あとは才能。これは智華さんのこれまでの実績がありますので、問題ないでしょう」
思い当たる懸念点が解消されていく。
どうしよう、悩む要素があんまりない。
むしろ、行きたいとさえ思ってしまう。
大学の代わりに、ラゼテジュの学院へ。
「そんな選択肢、ありなの……?」
「智華さんの人生ですから。選択肢は多いほうがいいでしょう?」
ラチイさんが微笑んだ。
穏やかな表情で見つめられて、私の中に将来のビジョンがほんの少しだけ見えてくる。
異世界に就職して、第三魔法研究室で働く未来。
それはとっても楽しそう!
「……そんな選択肢があったなんて、最高じゃん。行ってみたいな、王立学院!」
私は笑顔でラチイさんを見上げた。
ラチイさんは琥珀色の瞳を細めてにこりと微笑んでいる。
そうと決まったら!
「お母さんとお父さんにも、相談しないとね」
「それなら俺から説明をしたほうがいいでしょうから、戻りましょうか」
「そうだね!」
私は一歩を踏み出した。
新しい未来が見えた、第一歩。
もしお父さんとお母さんからいいよって言ってもらえたら、学校の先生を言いくるめる方法も考えないといけないかも。だって、進路は異世界の学校なんて絶対に信じてもらえないよ!
わくわくした気持ちで、ラチイさんより大きく一歩を踏み出した。
その、瞬間。
足元から紫色の光が私を照らし上げた。
「え?」
視線を下げる。地面には魔法陣。
私はラチイさんを見た。ラチイさんは目を見開いて、驚愕の表情で私を見ていた。
「智華さん!」
ラチイさんの声。
伸ばされた手。
それを掴もうとしたのに。
その姿も。
声も。
――一瞬でかき消えた。
【ドッグ・ドリームブレイク 完】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
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次章の前にコンドラチイの過去話を少しだけ挟もうと思っています。
こちらもどうぞよろしくお願いします。




