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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
ドッグ・ドリームブレイク

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異世界でも中華丼?

 開かずの間を出た私は、階段を降りる。

 その途中で、ラチイさんに呼び止められた。


「智華さんを送るのに魔力が少し足りないので……回復を待つ間、何かしたいことはありませんか」


 何かしたいこと?

 私はくるっと踵を返すと、扉を閉めたラチイさんを見上げた。


「やりたいこと?」

「はい。この際ですから、智華さんがやりたいことがあれば、先に聞いておきたいと思いまして」


 そう言われてもなぁ。

 私は首を捻る。


 今回のは本当に衝動的だったというか、必要に迫られてというか……そんな感じだったから、急にそんなこと言われても思いつかないよ。


 うんうんと唸りながら階段を降りる。

 居間に行って、ふと時間を確認した。お昼すぎ。思ったよりも時間が経っていた。


「ラチイさん、お昼ご飯にする?」

「もうそんな時間でしたか。そうですね。食事にしましょうか」


 そう言ったラチイさんが黒いケープを脱いで、居間のソファーへと適当に畳んで置いた。私もケープを脱いで同じようにソファーへと置いておく。


 キッチンへと移動したラチイさんに、私も着いていった。


「私も手伝うよ」

「ありがとうございます。智華さんは何が食べたいですか?」

「朝が和食だったからなぁ」


 異世界に来てがっつり日本食を食べた背徳感というか。ここはやっぱり異世界食が食べたいな〜、と思って横を見れば、ラチイさんの手にものすごく見覚えのあるものが。


「ラチイさん、それは」

「秘蔵のレトルトシリーズです。手軽に食べられていいですよね」


 そうきたか……!

 ラチイさんの手にいくつかのレトルトパックがある。カレーにハヤシライス、中華丼に親子丼、麻婆豆腐……すごい、レパートリーが鉄板のレトルトだよ。


 そもそもこんなイケメンなラチイさんがレトルトを持ってるだけで違和感しかないのに、ここがさらに異世界だっていう事実。さっきまで異世界転移の危険性云々って言ってセンチメンタルなことを言っていたラチイさんだけど、どう見ても日本を満喫してるようにしか見えないね!


 ラチイさんがにこやかに差し出すレトルトを眺めながら、私はなんとも言えない気持ちになる。

 とはいえ、ご馳走いただく側なので文句は言いません。


「どれにしますか?」

「中華丼がいいなー」


 ラチイさんの手から中華丼のレトルトバックを抜き取る。お野菜食べれるし、お昼はこれくらいがちょうどいいかも。


 お米は朝の分が残っているそうなので、それを温め直すらしい。レンジを使うのかな? って思ってたら、お米の釜ごとコンロっぽいところに置いてしまう。ラチイさんはボタンをポチ。


「えっ、そこって焼いたり煮たりする場所じゃないの……?」

「こっちのレバーを移動させるとそうですね。こっちのボタンは容器を温める機能になります。日本のレンジのような役割ですよ」


 異世界舐めてたよ。レンジとコンロが一体化していた。日本じゃお皿をコンロにかけるなんて絶対にありえない光景だよ。


 それじゃあ私はお湯を沸かして、レトルトを温めようかなぁ……。

 なんて考えていたら、ラチイさんが何やら思案する様子で私が選んだ中華丼のパッケージを見つめていた。


「マンドラゴラ、ハナオニオン、白菜の代わりは……なさそうですね。甘玉菜とは品種がちょっと違いますし。クラゲ茸の食感も欲しいですが、これは入手が難しいですね。コノハウズラの卵があったはずなので、卵はそれを……」


 ぶつぶつと呟いているのはもしかして、異世界版中華丼の材料かな……?


 私はラチイさんに断ってお湯を沸かす。お湯がふつふつとしているのを眺めていると、ラチイさんは考えごとが終わったようで、レトルトとは別で食材を用意し始めた。


 続々と出てくる食材は、なんだかちょっと違うけど、日本の野菜に似ているような似ていないような、そんなやつ。


「ラチイさん、何をするの?」

「せっかくなので、こちらの素材で食べ比べをしてもらおうかと」


 食べ比べ。

 私は食材を見下ろす。


 なるほど、にんじん、玉ねぎ、白菜、キクラゲ、うずらの卵……。中華丼のラインナップに煮た異世界食材が並べられる。白菜とキクラゲは似ても似つかないけど。


「味つけの素が別であるので、異世界食材はそちらで味をつけてみますね」

「そっかぁ」


 どうしよう、突っ込みが、突っ込みが追いつかない……!


 中華丼の由来ってなんだっけ? 味付け? 味付けが中華丼なのかな? 食材が変わっても、味付けが中華丼なら中華丼なのかな? それとも食材ひっくるめて中華丼? それなら異世界の食材を使ったら異世界丼になるの……?


 一生懸命考えるけど、どうしよう、難しすぎる!

 中華丼がまさかの哲学の始まりだったなんて……ラチイさん、おそるべし。


 私は一人戦慄しながらラチイさんの手元を見る。食材が次々と皮むきされて、切られていく。私は渡されたうずらの卵ではないだろう小さな卵を茹でるのを手伝ったりした。


 ラチイさんの手際はすごくよくて、トントン拍子で調理が進んでいく。気がついたら、レトルトの中華丼と中華丼っぽい何か丼ができあがっていた。これこそ異世界ファンタジー。


 私たちは二種類の中華丼を半々ずつにすると、食卓についた。


 いよいよ実食が始まります。

 気持ちは昼食というより実験だ。


「いただきます」

「……いただきます」


 私もラチイさんも手を合わせる。

 私はまず、安牌であるレトルト中華丼を食べた。普通に美味しい。

 ラチイさんも同じようにレトルト中華丼から手をつけたみたい。ぱくぱくと食べている。


「日本の味つけは色々とレパートリーがあって、本当に美味しいですね」

「ラチイさんの口にあって良かったよね。地球だって広いから、外国に行くと食が合わないって聞くよ。地球規模でそうなんだから、異世界でも食が合わないってこともあり得そうなのに」


 ラチイさんはどんどん日本食マニアになっていってるけど、ジローはどうなんだろう。あいつも日本食の虜になってるのかな。赤狼族のご飯事情がちょっと気になる。麻理子が本当にもし万が一嫁いだとして、ご飯が合わないとかで苦労したら可哀想だよね。


 色々と考えながら中華丼を食べ進めていると、半分食べたところで、ラチイさんは異世界版中華丼へと手を向けた。


 私はついそれをガン見してしまう。

 美味しいか、美味しくないか。

 それが問題だ。


 ラチイさんは異世界中華丼を食べた。

 ぱくっと食べた。

 静かに咀嚼する。ちょっと眉間に皺が寄ったかな?


 私はおそるおそる伺った。


「お味はどう……?」

「ふむ……少し横着した味ですね」


 少し横着した味!?

 なかなか聞かない味の表現に、私は自分の分の異世界中華丼を見る。


 横着? 横着ってなに? 味が横着したって何!?

 私は未知の物に対する好奇心と恐怖心がないまぜになりながら、異世界版中華丼に匙を入れる。


 味つけは中華丼の素を使ってるし、見た目も変ではないから、そんなにおかしな味にはならないと思うんだけど。


「――っ!?」


 口に入れた瞬間は良かった。中華丼だった。

 噛んだら駄目だった。未知の味だった。

 口の中いっぱいに広がるえぐ味に、私は慌てて水を飲む。


「な、何、この味……!」

「これですよね」

「それ!」


 ラチイさんが自分の匙でオレンジ色の人参っぽいのをすくい上げる。それそれと頷いていると、ラチイさんは神妙な顔で教えてくれた。


「こちら、食用マンドラゴラです」

「マンドラゴラ!? 食べれるの!?」

「はい。人参に相当するものがなかったものですから。類似するマンドラゴラで代用できるかな、と」

「見た目じゃなくて味で代用してほしかったな……!」


 まさかの材料に、私は涙を飲んだ。ラチイさん、もしかして料理下手なの? 下手なの? あれだけ手際いいのに? でも泊まりに来る時は普通に美味しいご飯用意してくれたし、今日の朝ご飯も美味しかったし……混乱していると、ラチイさんはくすくすと笑った。


「ふふ、お付き合いしてくれてありがとうございます」

「えっ、なにに!?」

「これは俺のちょっとした楽しみなんですが、普段から日本の美味しい味をどうやって異世界(こちら)の味に落としこめるのかというのを一人で考えているんです。その一環を智華さんにも味わってもらいたくて」

「いや、うん、えっと、それくらい全然いいんだけど……なんでマンドラゴラなんて入れたの? 絶対に美味しくないよね? ラチイさんは食べたことあるよね!?」

「もちろん。このえぐ味に打ち勝てる味つけ一割、智華さんへの罰が九割ほどで考えて採用してみました」

「非道!」


 どうやら確信犯だったらしい。

 ラチイさんったら、なんということをしてくれたんだろう!


 とはいえ、時間差で罰を貰ってしまうくらい、今回はラチイさんに色々と迷惑や心配をかけてしまったということで。


「これに懲りたら、次からはちゃんと相談してください」

「はぃ……」


 私は戒めとして、異世界版中華丼を完食した。

 今日一日、味覚が死んだのはご愛嬌です。


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