ラスボスの貫禄
私は考える。すっごく考える。めちゃくちゃ考えた。
考えた結果。
「ムーンが月ノ路を繋げられないなら、私が繋げてあげればいい」
麻理子のことだってそう。
私はジローと麻理子を繋げてあげることができた。
ティターニアさんとオディロンさんの時だって、私はそれができたんだから!
そうと決まれば、私がやることは一つ。
「レオニダスさん、私をラウニーさんの旦那さんの工房に連れて行ってください」
「なんだと?」
「ムーンじゃ、ラウニーさんの番いを見つけられない」
レオニダスの顔がむっとした。約束が違うとでも言いたげだけど、そもそもできるかどうか分かんなかったんだもん。それを確認して、できないって結果が得られただけ。
でも、できることはまだあるわけで。
私は胸を張って、ガーネットの瞳をまっすぐ見つめた。
「私は魔宝石職人です。私なら、もしかしたら番いを見つける手助けができるかもしれない」
できない、とは言わない。
できないなら、できるまで作ってみせる。
それが職人ですから!
ラウニーさんの旦那さんも魔宝石職人だったのなら、材料があるかもしれない。それを使って魔宝石が作れたら一番なんだけど。
頭の中でデザインがくるくる回る。どんな形がいいのか、どんな色がいいのか、どんな素材が必要なのか。
私は色々と考えるけれど、レオニダスの反応はちょっと思っていたのと違った。
「魔宝石だと? んなもの魔石の劣化だ。番いを見つけるどころじゃねぇだろ」
魔石の劣化?
そう言えば最初の頃に説明されたっけ。魔石は純粋な魔力のエネルギーで魔術の補助に使うって。人工魔石である魔宝石も、基本的には魔力の貯蔵くらいの効果しか得られないって。
でもそこは私、智華さんですよ!
ラチイさん期待の職人さんですよ!
「私ならできます! あ、いや、できないかもしれないけど……でも、可能性はゼロじゃない!」
たとえ遠回りでも、誰かの願いを叶える道標になれるのなら。それくらいの努力は惜しみませんとも!
私はまっすぐにレオニダスを見る。
レオニダスも私をじっと見返して、何かを言おうと口を開きかけて。
急に部屋の雰囲気が変わる。レオニダスが警戒するように私の腕を引っ張って、自分の背中に隠した。
突然現れた紫色の魔法陣が床で発光する。
あ、いや、もしかして、この見覚えのある魔法陣は――!
「智華さん」
ひと際明るく発光すると、聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。
私はひょえっとレオニダスの背中で冷や汗を流す。
お、怒ってる……! 絶対これは怒ってる……! ダニールさんがふざけたときとかに稀に聞く怖い声だ! 自分に向けられるとめっちゃ怖いよぉっ……!
レオニダスが闖入者に身構えているけど、忽然と現れたその人は涼しい笑顔で一歩を踏み出した。
「お留守番をお願いしてましたよね……?」
「ら、らららラチイさん……っ!」
気持ち的にはブリザードが吹き荒れてそうな雰囲気! これはもうラスボスの貫禄では!?
後ろめたいことがありすぎてレオニダスの後ろに隠れていると、ラチイさんの背後にはうさ耳麻理子と犬耳ジローもいた。
レオニダスも二人に気がついたみたい。
「知り合いか」
こくこくと頷く。あの、ちょっと、想定以上のお怒りなので、ぜひともここは誘拐犯としてレオニダスが説得してくれたらなぁって。
「智華さん」
「はぁいっ! 智華です!」
「おかしいですね……? お留守番をお願いしていたはずの智華さんがこんなところにいるのは」
あああー! ラチイさんの背後に般若が見える気がするぅー!
私はレオニダスの前に出ると、全力で頭を下げてごめんなさいした。ちなみに駆け寄ろうとしたらレオニダスが首根っこを掴んでいたので、一瞬ぐえってなった。今日一日、首根っこを掴まれすぎてる気がする。
そんなことより、私はごめんなさいの勢いで弁明を試みる。
「あのっ、ラチイさん! これには深い事情があってぇ……!」
「俺は悲しいです。智華さんに嘘をつかれて。俺はそんなに頼りないですか……?」
「違うっ! 頼りないとかじゃなくって! あの、私が考えなしに突っ込んじゃったっていうか! ノリと勢いというか! 思い立ったら吉日っていうかぁっ!」
どうしよう。
言えば言うほど墓穴をほっている気がするよぉ!
あわあわしていると、ラチイさんがもう一歩近づいてきた。私の腕を引いて、首根っこを捕まえていたレオニダスの手をはたき落とす。濃さを増した琥珀色の瞳がレオニダスを一瞥すると、ふっといつもの色へと戻って。
ふわっと身体が温かいものに包まれる。
「智華さん」
「はいっ」
「心配するので書き置きくらいしてください」
「は、はいぃ……」
もしかして私、ラチイさんに抱きしめられてる……!?
気がついたら心臓がばくばくと助走を始めた。
分かってる、分かってるよ、ラチイさんはフェミニスト。外国の人だから、ちょぉっとだけ普通の人より距離感が近いだけ!
いやでもそれでも男の人とこの距離感は恥ずかしいけどね!?
あわあわしていると、背後からレオニダスの声が飛んでくる。
「どうして犬っころが居やがる」
「迷子の保護者を連れてきただけだ。文句あんのか?」
ラチイさんの身体の向こう側で、ジローがヤンキー顔負けの迫力でガンをつけてる。たぶんレオニダスも似たような顔をしてるんだろうな。
そんなジローの顔を、子供サイズのうさ耳麻理子がぎゅっと抱きつく。すごいね、うさ耳麻理子はジローの片腕抱っこがデフォルトになりつつあるよ。
「ジロー、喧嘩は駄目だよ?」
「麻理子が言うなら」
さすがジロー、麻理子の言うことは絶対だ。
二人の様子をラチイさんに抱きしめられたまま眺めていると、またもやレオニダスの声が背中から飛んでくる。
「てめぇ、人間か。人間が羚羊族を飼ってんのか? もしそうならこいつはうちの縄張りのモンだ。育ててくれた礼はやるからここから去れ」
ラチイさんの腕が緩んだので、私はよいしょっと身体を反転させる。威嚇するレオニダスに対して、ラチイさんはすこぶる冷静だ。
見上げたラチイさんの表情はとっても静か。無表情でもなく、笑ってもなく、ただただ何かを見つめているだけの表情。
「ふむ……俺が智華さんの飼い主だと思われているのですね」
「違うのかよ」
「智華さんの親御さんから預かっている立場ですので、一時的な保護者なのは間違いないのですが……飼い主ですか」
ふむ、と考えて、ラチイさんがちらっと私に視線を向ける。
「言うことを聞かない子を躾するのは飼い主の仕事ですしね」
「反省してますぅ!」
「冗談ですよ」
にっこり微笑むラチイさん。
暗黒オーラが見えた気がするのは私だけですか!?
内心ひやひやしていると、レオニダスのガーネットの瞳がすぅっと細まった。
「飼い主だろうが保護者だろうが知らんが……どちみち余所者は里に入れるのはご法度なんでな。特に犬っころは。――やれ!」
レオニダスの号令で、部屋の外から、窓から、わらっと狭い建物の中に金獅子獣人が入ってきた。いつの間に、ってびっくりしている間にも私たちは囲まれてしまう。
中には獣化してライオンになってる人もいる。しかも雄のライオンばっかり。向けられる敵意が怖くて、ラチイさんにしがみつく。
「ラチイさん……っ」
「俺は研究職なので荒事は苦手なんですが」
ラチイさんは余裕の笑みを絶やさない。
私の肩に左手を置くと、右手はおもむろに宙へとあげる。
その動きに合わせるように、獣人たち全員の足元に紫色の魔法陣が展開された。
「高低差の計算は無視したので、着地は各々頑張ってください」
ざわめく金獅子獣人たち。
バッチン、と。
微笑を浮かべたまま、ラチイさんは綺麗な音で指を鳴らした。
瞬間、金獅子獣人たちは次々と姿を消していく。
私はぽかん。麻理子もびっくり。ジローはドン引き。
残されたはレオニダスは、恐ろしいものを見るようにラチイさんを見た。
「お前、何者だ……!」
ラチイさんはケープの上から優雅に胸に手を当てた。その手の先には、第三魔研の紋章を刻んだ金の留め具。
何事もなかったように微笑んで、ラチイさんは名乗る。
「自己紹介が遅れました。俺はラゼテジュ王国第三魔法研究室室長のコンドラチイ・フォミナと申します。以後、お見知りおきを」




