金獅子族の里
私ってばそれなりの絶叫系なら楽しめるタイプだと思ってたんだけど、バンジージャンプとかは死んでも無理だと思った。
「めっちゃアクロバティック。吐く」
「俺の背中はやめてくれ」
レオニダスの言葉通り、あの闘技場がある場所から金獅子族の里まで全力疾走。怖かった。安全装置のないジェットコースターだった。何回か振り落とされかけた。そのたびにレオニダスさんが尻尾で私の手やら足やら掴んで宙に振り上げて、背中という名のお座席に着地させた。何回でも言う。怖かった。安全装置のないジェットコースター駄目、ゼッタイ。
そんなこんなで森やら山やら崖やらを全力疾走したレオニダス。本当に夜がちょっと過ぎたくらいで金獅子族の里に連れてきてくれた。私はぐったり。
ちなみにムーンは、今度こそ迷子にならないように着いてきてくれてる。ムーン、空を飛べるもんね。意識が飛びそうな私を心配してくれる声が時々聞こえたよ、ありがとう。
ライオンモードから人モードに戻ったレオニダスは、グロッキーな私をおんぶしたまま歩き出した。本当は揺らさないで欲しいなんて言えなかった。
金獅子族の里は荒れ地のような場所だ。高い木はあまりなくて、短い草が多い。いわゆるサバンナのような気候の場所。闘技場からちょっと離れただけでこんなにも気候が違うのかってびっくりした。
獣人族のお家は、私が思う家! って感じじゃなくて、建物! みたいなシルエット。日干し煉瓦で組み立てられた真四角の造形と、窓にはガラスじゃなくて簾のようなものが垂れ下がってる。
夜の暗い中でも、家の明かりが煉瓦の隙間からぽつぽつと漏れて見えた。明るいところでもっとじっくり見てみたかったかも。レオニダスの背中で背負われながらそんなことを思った。
レオニダスの足取りは迷うことなく一箇所を目指す。ひと際大きい家の前にくると、扉代わりらしい暖簾のようなのをめくって家の中へ入った。
「長、長。帰った」
「レオニダス」
おお、レオニダスそっくりの大きな金獅子獣人さんがいた。ちょっとお年を召しているのかな? 金髪の中に白いものが、って、えええええ!?
ピッチャー、振りかぶってー、殴りましたー!?
私が背中にいるのに気づいていないのか、レオニダスが長と呼んだ人の拳が、彼の顔面を正面から襲った。
レオニダスはそれを受ける。避けられたら困るけど、でも、真正面からガツンって思いっきり受けちゃった!
心臓がドッドッと走る。怖い。至近距離で炸裂する暴力は本当に怖い。レオニダスさんの顔面が無事か気になるけど、見れない。顔を出せない。
真っ青になっておろおろしていれば、レオニダスはちょっと体勢が悪かったのか、私の身体をちょっと揺すった。私はぎゅっとレオニダスの首にかじりつく。
「申し訳ねぇ、全力を尽くしたが負けちまった」
「軟弱者め。そんな者が次期族長など嘆かわしい。獅子族の面汚しが」
レオニダスの声は淡々としていた。淡々としていて、誠実だった。
それに対して、長と呼ばれた人はひどい言葉を投げかける。カチンときた。
「そんな言い方ないじゃん! レオニダスさんは立派だったよ! かっこ良かったよ! ちゃんとレオニダスさんの雄姿を見てそれ言ってんの!?」
「……なんだこのちんくしゃな羚羊類は。つまみ出せ」
顔は出さないけど口は出しますとも! 何だったらやいのやいのと拳も振り上げて見せますとも!
背中から密かに闘志を燃やしていると、レオニダスが首を振って私を擁護してくれた。
「やめてくれ。姉貴の客人だ」
「客人だと?」
「姉貴の番いを探してもらうために連れてきた。まだ子供なんだから、乱暴はよしてくれ」
長は私をじろじろと疑わしげに見ると、ふんっと鼻を鳴らして家の奥へと引っ込んでしまった。
私はよいしょっとレオニダスの背中から降りて、レオニダスの顔を下から覗いてみる。すごい勢いで殴られたと思ったのに、レオニダスの顔は強面のまんま。全然、変形していない。
レオニダスの頑丈さに慄いていると、彼は私の手を引いて家の外へと出た。てこてことどこかへ目指して歩いていく。
「……私、あの人きらい」
「言ってやるな。親父殿も色々と心労が絶えねぇんだよ」
心労ねぇ。
夜の金獅子族の里はぽつぽつと明かりが漏れていた。煉瓦の隙間から、簾の隙間から、暖簾の隙間から。その明かりを頼りに、レオニダスはまっすぐと歩いていく。
おんぶされていた時は気が付かなかったけど、思ったより建物が大きい。あっちも壁、こっちも壁、みたいな感じで、今の私の身長だと迷路に見えちゃう。
レオニダスの手に引かれるままでいると、日干し煉瓦の家の一つにたどり着いた。レオニダスが中に声を掛ける。
「姉貴、入るぞ」
ここがお姉さんの家みたい。
私もレオニダスの後ろから、お邪魔しますとこっそり入る。
レオニダスはまっすぐに部屋を進むと、煉瓦で仕切られたさらに奥の部屋へと入っていく。
まず目に入ったのは彩り鮮やかな絨毯。その上に積み重なるクッション。そこにはお腹を膨らませた金髪の女性が寝そべっていた。
「……レオニダス?」
「よぉ。気分はどうだ」
レオニダスは遠慮なくクッションの山に近づいていく。絨毯があるからちょっと躊躇っていたんだけど、土足のままでいいようで後ろ手に手招きされる。
金髪の女性は苦虫を潰したような表情でレオニダスに答えた。
「元気だよ。お袋様も親父様も過保護なだけ。まるで人を病人扱いするんだ」
「病人みたいなもんだろ」
「あんたもあたしを病人扱いするのか」
「起きんな起きんな。ほら、客だよ」
「客?」
絨毯の上で胡座をかいたレオニダスに腕を引っ張られて、私もちょこんと絨毯の上にお座りした。そうですね、私はお客さんです。
「こんにちは。智華です」
「レオニダス、誰だいこの子。あんたもしかして攫ってきたのかい?」
お姉さんの顔がすっごく渋い感じになる。ジトッと半目で睨まれたレオニダスはむっとしたように答えた。
「人聞きの悪いこと言うな。ほら、首長を決めるために首都に行ってただろ。そこで捕まえてきた」
「やっぱ攫ってきたのかい」
「違うって」
お姉さん強い。そしてまさしくその通りです。一応脅しありの合意で攫われてきました。たぶん今頃、保護者様がかんかんに怒ってます。今から怒られるのが怖いです。でも見捨てられませんでした。
「チカだっけ。私はラウニー。この粗忽者に乱暴されなかったかい?」
「いやーまー……」
そうはいっても、絶賛脅迫中なので歯切れは悪くなっちゃうよね! 第一印象大事! 誰のってレオニダスのだよ!
ラウニーお姉さんから同情の眼差しをいただきました。女子には女子にしか通じないものがあるのかもしれない。ちょっと申し訳無さそうなラウニーさんに、私はいえいえと笑っておく。
そんな私たち女子組に気づかない金獅子獣人さんが一人。
「それより姉貴、もう一人面白いやつを連れてきたぞ」
レオニダスに「おい、だせ」とつんつんされた。
はいはい、分かってますよ。
「ムーン、おいで」
呼びかけると、私の前にじんわりと銀色の粒子が集まりだす。やがて銀色の粒子は真っ白な男の子の姿になって、私の前に姿を現した。
『よばれてとびでて。ムーン、だよ』
にこにこと笑顔のムーンは決め台詞まで決めてくれましたよ! うちの子、かわいいね!
ムーンが現れるとびっくりしたのか、ラウニーさんの目がきょとんと大きく丸まった。
「おやまぁ、妖精かい」
「ムーンって言うの。妖精を見るのは初めてですか?」
「ああ。ここらにはあまり妖精がいないからね」
そういえばラチイさんのところは妖精がいっぱいいた。妖精の好む場所や生まれやすい場所があるらしいけれど、獣人の国はあんまりそういう場所がないのかもしれない。
ご挨拶を済ませたら、レオニダスがラウニーさんと話しはじめた。
私はじりじりと離れて、少し離れたところから様子を伺う。私がここに呼ばれた理由は忘れていないよ。
「ムーン、どう?」
『どう、って?』
「あの人の番いの人のところまで、路を作れる?」
『う〜ん……こまっちゃう』
うーん、困っちゃうか〜。
「会ったことのない人のところまで行くんだから、やっぱり難しいのかなぁ……」
『こまっちゃう。かなしい?』
「そうだねぇ」
私がお家に帰してもらえない可能性が出てきたので、悲しいです。
そうじゃなくても、何か力になりたいって思うんだけど――
「あああああっ! あの人は! あのヒトはッ! どこ! あたしの! あたしはッ! ここよぉっ! ねぇっ! アアアアアッ!」
突然の大きな声に身体がビクッと震えた。
ぎょっとして声のするほうを見ると、レオニダスがラウニーさんの身体をクッションに埋めて押さえている。
じたばたと手足を動かすラウニーさんは、さっきまでの穏やかさの欠片はどこにもなくて、なりふりかまってはいられないように全身でレオニダスの拘束を振り切ろうとしていた。鬼気迫る表情に心臓がきゅっとなる。
「ど、どうしたのっ」
「発作だ! そこら辺に鎮静作用のある香がある! 焚け!」
「ええっ」
そこら辺ってどこ!?
私はレオニダスに言われるままそれっぽいものを見つける。香を焚くってどうするの? 線香みたいに火をつければいい感じ? 待って火打ち石!? せめて、せめてマッチが欲しい! この世界、マッチないの!?
レオニダスに早くしろと怒られながら、カッチカッチ頑張って火をつける。なんとか火をつけて、香木を炙ることができた。それを香炉にいれて……オール電化のアロマディフューザーが欲しいよう!
なんとか香炉ができて、ラウニーさんの近くに持っていく。だんだゆとラウニーさんの発作は落ち着いていく。
目のやり場に困っておろおろとしていたら、ラウニーさんと目が合った。
背中に悪寒が走る。
目の前を見ているようで、どこか違う場所を見ているような視線。瞳は虚無を映しているようで、どろっとした感情に身体が自然と震えて。
……どうしても動けずに固まっていたら、ラウニーさんはやがてすこんと眠りに落ちた。
こ、怖かったよぉ……!
「これ、って……」
「番いを失うとこうなる。姉貴はまだいいほうだ。赤子が理性を繋いでる。だが……生まれたあとは、分からん」
「そんな」
レオニダスの言葉に絶句した。
軽んじてたわけじゃないけれど、番いを失うということがこんなにも悲惨なものだったなんて。
私の想像力は全然、足りなかった。こんなの、私が軽々しく触っていい領域には思えなかった。
レオニダスがどこか迷子のような表情で眠るラウニーさんを見つめながら、ぽつりと呟く。
「獣人の性だ。だがまぁ、運命の番いなんてもんは滅多に見つかることはねぇからな。閉鎖的な里なら特に。……うちの姉貴は幸運だったが、不運だっただけだ」
幸運だったけれど、不運だった。
レオニダスの言葉に考えてしまう。
頭によぎるのは、大好きな親友とその彼氏。
異世界まで来て運命の番いを見つけたジロー。
あいつも麻理子を失ったら、ラウニーさんのようになってしまうのかな。




