番い狂い
レオニダスの懇願に、私はちょっと困ってしまった。
「探して欲しい人って……?」
「俺の姉の……番いだ」
「つがい」
「そうだ」
番いってあれだよね、ジローが麻理子によく言う。なんだか獣人にとっては普通の恋人以上の関係だった聞いた記憶があるけれど、ムーンの力を使ってその番い探し?
「なんでその人を?」
「……姉貴を、助けるためだ」
レオニダスが苦々しそうに教えてくれる。
レオニダスのお姉さんは三年ほど前に番いを見つけたらしい。二人の仲は順調で、一年で結婚まで漕ぎ着けたそう。
結婚した二人は仲睦まじく過ごして、レオニダスのお姉さんは子供を孕んだ。だけど一ヶ月前に旦那さんが行方不明になったのだとか。
「夜逃げとかじゃなくて?」
「わからない。自分の意志なのか、事故なのか……。あいつは魔宝石職人だった。作りかけの魔宝石が工房にそのままになっていたんだ。匂いを追ったが、途中でぷつりと消えていた。まるで転移したかのように」
なるほどね。だから行方不明だと。ふむふむと私は頷く。とはいえ、そんな行方不明の人を探してと言われても……。
「どうにかならねぇか。姉貴も頑張ってるがこのままじゃ手遅れになる。そうなると腹の子も危ない」
「手遅れになるってどういうこと?」
「嬢ちゃんは番いの本能が薄い種族だから分からねぇだろうが……番いの本能は俺たちを狂わせるんだ」
んん? どういうこと?
番いの本能は獣人を狂わせる……?
あんまりピンときていない私に、レオニダスは丁寧に教えてくれる。
「たまにいるんだ。番いが他種族だと、獣人の番いの本能を理解しないやつが。そういう奴は過去に浮気したり、悋気に耐えれず夜逃げしたり……まぁ、色々と問題を起こした。そうなるとどうなると思う」
どうなるって聞かれても。
浮気されたら怒るし、夜逃げされたら悲しくなるし……日本だったら訴訟だったり示談だったり、色々解決方法はあるけど。
やっぱりピンとこない私に、レオニダスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「喧嘩ですめば可愛いもんだ。狂うんだよ。四六時中、番いを求めてやまない。浮気したやつは浮気相手を殺されてむしゃぶり尽くされる。逃げた奴は良くて監禁、悪くて心中。死別なんかは衰弱死につながる」
そんな。
そこまで? みたいなオンパレードを聞いた気がする。ヤンデレなのかメンヘラなのか。分かんないけど、なんかそんな感じ? いや、それよりももっとひどい感じ……?
レオニダス曰く、そうなってしまった人たちのことを『番い狂い』と言うらしい。
私はちょっと反応に困る。
ねぇ、もしかしてだけどさ。
それって、ジローから麻理子が離れちゃったら、あいつもその番い狂いっていうのになっちゃうってこと? そんなの、逃げ場がないじゃん!
獣人からしたら番いっていうのは運命の人なんだって。たった一人、赤い糸で結ばれた運命。それを得たいがために、部族によっては巡り合わせるための秘術を持っていることもあるとか。
狼族がそれを持っているというのは有名らしい。今回レオニダスが首長になれたら、首長権限でそれを使わせてもらうつもりだったそう。
でもそれができなくて、状況は行き詰まった。
その矢先のムーンご登場。
ムーンはレオニダスの眼の前に忽然と現れたらしい。しかもどこから来たかを聞けば、自分で転移したことをぺろっと話しちゃったとか。ムーンに、知らない人についてっちゃいけませんって教えておくべきだったよ……!
私は色々と思うところがありながら、ふとレオニダスに聞いてみる。
「ねぇ、その探したい人と会ったらどうするつもり?」
「姉貴に会わせるだけだ。あとは姉貴がどうにかするだろ」
「どうにかって」
「さてな」
な、なんだろう。さっきかなり不穏なことを聞いたせいか、すっごく不安な返答が帰ってきたんだけど!
私はちょっと顔を引き攣らせながら、向かいのクッションで寛ぐレオニダスを見る。
「協力できないって言ったら?」
「うちに帰るのは当分先だろうな?」
「さっき、部下の人に脅すなって言ったじゃん!」
くるっと返された手のひら。私は手近なクッションを掴んでぱふぱふと床を叩くと、レオニダスは口の端を吊り上げて、すっごい悪役ライオンみたいな感じでニヤリと笑った。
「俺はいいんだよ。この群れのボスだ。他国にいようが、嬢ちゃんのボスも俺だ」
「横暴!」
「なんとでも言え」
はんっと鼻を鳴らすレオニダス。
横暴だ……! 横暴だわ……!
レオニダスの横暴さにちょっとムカついたけど、じゃあ見捨てるの? お腹に赤ちゃんがいる人を? って思っちゃうと、無視もできなくて。
んんん、どうしよう……どうしようかなぁ。
ちょっと可哀想だし……少しくらいの寄り道はできる? 今の時間ならまだセーフ?
私は隣でクッションの模様迷路で遊んでるムーンを見る。
「ムーン、月ノ路ってあと何回いける?」
ムーンはきょとんとして私の顔を見た。
それからえーと、と宙に視線を彷徨わせて。
『いっかい』
「片道切符! やっぱむり!」
人探しで月ノ路を使っちゃったら、私が帰れなくなっちゃうからね! どうしよう!
うーん、うーん、と悩む。悩みに悩んで、結局。
「またここ来るから、今日は見逃してくれませんか? 家の人に黙ってきちゃったから、心配してるの」
「駄目だ。戻って来る保証はねぇ」
「そこをなんとか〜!」
両手を合わせて頼み込む。
一回! 一回だけ家に帰れば、怒られるのも覚悟でなんとかラチイさんに相談して解決方法がきっと見つかるからー!
異世界一年生にこれは荷が重い!
私はお願い、お願いとレオニダスに頼み込む。
でも、レオニダスは。
「駄目ったら駄目だ」
「いけず!」
「騒ぐな騒ぐな。ほれ、菓子やるぞ。うまいぞ」
「そんなことではぐらかされな――あ、おいし」
なんか口に放りこまれた。焼き菓子? ドライフルーツがいっぱい入ってて、甘くて、歯ごたえもあって、あ、すっごい美味しい。
「んまんま」
「な、頼むよ嬢ちゃん」
さっきまで私がしていたように両手を合わせて頼みこんでくるレオニダス。私は一生懸命口の中のものを咀嚼する。ドライフルーツがちょっと硬くて飲み込みづらかった。でも美味しい。
私はごっくんと口の中のものを飲みこむと、レオニダスにぼそっと伝えた。
「……家の人に対する言い訳ちゃんと考えて。帰るのが遅くなった理由をちゃんと説得してくれるなら」
「いいぜ」
それくらいなら、とレオニダスは頷いた。ガーネットの瞳が期待で少し明るい色になる。
あ〜も〜、私ったらお人好し!
帰ったあとのラチイさんが怖い! ラチイさんが怒るとブリザードが吹くんだもん!
そう思いながら、私はムーンに向き直る。
もう一つ、確認しておかないといけないことがある。
「ムーンはできそう?」
『う?』
「レオニダスさんのお姉さんの番いを見つけられる?」
ムーンはさっきと同じように宙にふよっと視線を向ける。うーん、うーんと唸ってるのも可愛い。あ、ムーンの視線がこっちに戻ってきた。
『ムーン、わかんない。知らない』
そうですよね、知らないものはわかんないよね。
「どうやったら分かる?」
『つながり。見たら』
つながりかぁ。こういうのって、見たら分かるものなのかな?
ムーンに聞いてみたら、お姉さんに会えたら分かるかも、って言う。それなら。
「お姉さんに会わせてもらえますか」
「いいが……言ったように狂人になってる。会うのは危険だぞ」
カウントダウン中じゃなくて、手遅れな感じですか?
またまた顔が引きつりそうになったけど、仕方ない。やらないと帰してくれないなら、やるっきゃない。
「会わないとできないなら、会うしかないでしょ?」
「……そうだな。分かった」
レオニダスはちょっとだけ逡巡したあと、クッションの山から立ち上がった。さっきジャックと呼んだ獣人さんに何ごとか指示をする。ジャックは不満そうな顔になった。何その顔。何が不満なんですか。
レオニダスはといえば、そんなジャックの様子なんてなんのその、私のほうへと大股で近づいてくる。
「獅子族の里に行く」
「遠い?」
「全力疾走すれば深夜には着く」
「ぜんりょくしっそう」
「舌、噛むなよ」
一瞬のうちでレオニダスの姿が立派な肉食獣の姿へと変わる。私は悲鳴を上げた、ごめんなさい。
だってサファリパークでも、ライオンとのふれあい体験は柵とか檻ごしだよ!?




