迷子のお知らせです
はぐれたムーンを探すために、宿の外にも出てみた。
宿の外は色んな獣人がいた。狼っぽい人や熊っぽい人、兎もいるし、猪っぽい人もいる。その人並みに真っ白な妖精がいないか、私は目を凝らした。
「ムーン、どこー!」
「ムーンちゃーん」
名前を呼びながら探すけど、声が届いていないのか全然反応が返ってこないー!
宿の周りから来た道をたどるように探していると、ジローが遠くを見通しながら思いついたように言う。
「なぁ、あいつ、力を使ってまた寝たとかないか?」
「寝てても聞こえるはずだよっ! 今ならそんながっつりぐっすりじゃないはずだもん……!」
うっ、と喉がひくついた。
あ、なんかおかしい。
ひっく、ひっくと喉がなる。
ジローがぎょっとしたようにこっちを見た。
「ちょ、泣くな! 泣くなって!?」
視界がちょっと膜張ってる。こんもりと涙が出てきた。魔宝石のせい? 子供になっちゃったせいで感情のブレーキができなくなってる? よく分からないけど、なんだか急に悲しくなってきた!
「智華ちゃん、よしよし」
泣くのを我慢していたら、麻理子が頭を撫でてくれた。麻理子、大好き!
ひっくひっくと、喉を鳴らしていると、ジローが自分の後ろ頭をガシガシとかき混ぜて。
「あー……闘技場に行ってみるか」
さっきのスタジアムのことかな。
ここで呼んでも出てこないなら、そっちではぐれちゃってる可能性のほうが高い。
こっくりと頷くと、目の前に小さなお手々が差し出された。
「智華ちゃん、手つなご」
「麻理子、俺とも手をつなごうぜ!」
差し出された手に飛びつこうとしたのは私じゃなくてジローだった。ジローとの間で視線がバチッと火花を散らした。ちょっとこの手は私に差し出された手なんですけど!
じゃりっと砂を踏みしめる。やるか、やるか? と挑発をかけ合って飛びかかろうとしたのを、麻理子がしれっと私たちの間に入った。寸前で私もジローも臨戦態勢を解く。
「智華ちゃんはこっち、ジローはこっち。仲良くね?」
右手に私、左手にジローを持った麻理子が最強だった。麻理子のそういうところ、好き。
三人で並んで手をつないで、私たちはスタジアムこと闘技場へと戻った。大会が終わったけど、闘技場の外はまだ人がいっぱいいた。関係者以外はもう闘技場を締め出されているんだけど、ジローが関係者権限で入れたのでとてもラッキーだった。
ムーンを呼びながら三人並んで闘技場の通路を歩いていると、奥から黒くて大きな人が歩いてきた。今日はよく会う日ですね、ゲルグさん。
「ジロー、こんなところでどうした。試合は終わったぞ。その子たちはまだ帰していないのか?」
「落とし物を探しに来たんだよ。こいつの契約妖精。はぐれたんだと」
ジローが私を親指で示すと、ゲルグさんは驚いたように目を丸くして、すぐに優しそうな表情になった。
「そうか。その年で契約妖精を得られたのは誇らしい。だが、使役できていないのはまだまだ未熟な証拠だな。精進しなさい」
ちょ、頭わしわししないで! 力強い! 頭もげる! 角折れるー!
ぐわんぐわん頭を揺らされている上で、ジローはゲルグさんに話を聞き出してる。ゲルグさんはそっちに耳を傾けると、ようやく私の頭から手を離してくれた。危なかった、お腹の中からよろしくないものが飛び出してしまうところだった。
「兄者は妖精の気配を感じたか?」
「いや、感じていない。ここはまだ人の気配が多いから、紛れ込んでると探し出すのは至難の業だぞ」
大会は終わったんじゃないの? と訝しげにジローを見上げていると、どうやらゲルグさんが新首長に決まったものの、お披露目までに各部族間の協定を見直さないといけないそう。細やかな協定は個々で取り決めはしているものの、獣人族の共通協定を改訂するのは新首長就任時だと決まっているんだとか。
今は休憩中だそうで、もう少ししたら会議室に逆戻り。こういう会議は血の気の多い肉食系獣人族よりも、草食系獣人のほうが知恵が回るそう。ほとんど聞いているだけなのも体が凝ってしょうがないと笑いながらゲルグさんは去っていった。
私たちはまた三人で顔を見合わせる。
「笠江、どうする」
「探すし。ムーンいないと帰れないし」
「ごめんね、ジロー」
「麻理子と散歩できるなら俺は嬉しいからな!」
そういうわけで、またてこてこと闘技場内を歩いて回る。
それにしても子どもの足で歩き回るのはつらい。魔宝石をとって元のサイズに戻ろうかとも思ったけど、よくよく考えたら服がなかったので断念した。
てこてこと歩いていると、ジローがふと立ち止まる。私は気にせず前進。
「笠江ストップ」
「んうぉわ!?」
「なんだその悲鳴」
「あんたがいきなり首根っこ捕まえるからでしょ!?」
T字路の廊下を右に曲がろうとした瞬間、ジローに首根っこを引っ張られて後ろに引きづられた。そんな犬猫みたいな扱い。首が締まって危ないんですけどと抗議の声をあげたら、黙れと両頬を片手で掴まれてアヒル口にされた。ひどい。
ジローは様子を窺うようにそろりと顔をのぞかせる。私も同じようにのぞかせる。麻理子も器用に首を伸ばして顔をのぞかせた。
ジローの視線の先には、さっき見た試合でゲルグさんと戦っていた獅子族獣人がいた。確か名前は、レオニダス?
「なんで隠れるの?」
「あいつの派閥とうちは仲が悪いんだよ。いちゃもんつけられるとめんどい」
「ジロー、喧嘩はだめだよ?」
「そうだな、麻理子。喧嘩しないように、うちの兄者が気張ってくれたんだ。これで大人しくなってくれたらいいんだけどさ」
獣人たちの派閥問題は闘技場内だけじゃおさまらないらしい。触らぬ神に祟りなし。難しい話はスルーする。
三人仲良く様子を窺っていると、レオニダスはどこかの部屋に入るところだったらしい。先に中にいた人がレオニダスを出迎えていた。
「レオニダス様、お帰りなさいませ」
「あの妖精の契約者は見つかったのか」
「申し訳ありません」
「早く見つけろ。近くにいるはずだ。あの妖精が手に入れば、狼族の秘術などもう不要だ」
レオニダスが部屋に入っていく。
私たちは顔を引っ込めて、三人で顔を見合わせる。
色々と聞きたいことがあるんですが。
「ねぇ、狼族の秘術って?」
「秘術は秘術」
「教えてくれないのー?」
「こんなところで言うようなもんじゃねぇよ」
秘術って言ってる割には、あの獅子族の人は存在を知っているような感じがするんだけどなぁ。
半眼になってジローを見ていれば、とってもよい援護射撃が打たれる。
「ジロー、隠しごと?」
「ぐっ……麻理子」
うろたえるジローにちょっと溜飲が下がる気持ち。言いたいことがあるなら言ってしまえ、と私と麻理子でじっとジローに詰め寄るけれど、彼は顔の前でパンッと両手を合わせて謝罪ポーズをとってしまった。
「ごめん。マジでこれは簡単に言っちゃいけねぇことなんだよ……でも簡単に言えば、俺と麻理子が出会うためのもんだ」
ジローと麻理子が出会うためのもの。
私はぴーんと来た。ラチイさんが前に、獣人は魔法が不得意だと言ってたもんね。なるほど、それが秘術の正体と。
「あー、はい、理解。なんとなく理解。うん」
「笠江、言うんじゃねぇぞ」
「分かってるって」
ジローが麻理子に会うために秘術を使って異世界に行っているなんて、わかっても言いませんよー。
それにしても異世界に行く秘術に、契約妖精……それを金獅子族は欲しがっている……?
私はぴこんと頭の中で、とある可能性を思いつく。
ジローのシャツの裾をつんつんと引っ張った。
「ねねねね、もしかしてもしかして、もしかしなくてもさぁ……!」
あのレオニダスって人が言ってた契約妖精って、ムーンだったりしない!?
言葉にすればなんだか確信した。だってムーンは珍しいもん。珍しいし、役に立つとか思われてしまったら、宇宙人の解剖のように捕まったあと、あれこれとされてしまうのかもしれない。
真っ青になっていれば、苦虫を噛み潰したようにジローも呻く。
「くっそ厄介なことになったな……。笠江、お前はさっさと帰れ」
「帰るためにムーン探してるんですけど!?」
「コンドラチイさん呼んでやるよ」
「だめー! 怒られる! 怒られるからぁ!」
駄目! それだけは駄目! めっちゃ怒られるー!
ジローがポケットからスマホを出した。通じないでしょ、通じないでしょそれ! ちょっと電源つけて画面タップしないでよ!?
「お前が帰ればムーンも引っ張られて帰れるはずだ。コンドラチイさんを呼ぶ」
「やだやだ、怒られる……!」
「知るか、怒られてろ」
ジローがコンドラチイさんに電話……はできないのか、メッセージを送ろうとしてる。なんで繋がるの? 私は自分のスマホをポケットからだした。うん、ばっちり圏外なんですけど!?
ジローの足元でぴょんぴょん飛びながら、スマホを奪おうと試みる。あっ、立ち上がって天井にスマホを向けて文字を打たないで!
きゃあきゃあしてたのが悪かったのか、ジローが意地悪をしたのが悪かったのかのか。
ジローの耳がぴくっと動いた。スマホがポケットに突っ込まれる。私の首根っこを掴んでジローが逃げようとしたところで、通路からぬっと人影が現れた。
「騒がしいな」
金色の髪に赤色の瞳を持つ、金獅子獣人のリーダー。
レオニダスに見つかってしまった。




