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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
ドッグ・ドリームブレイク

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異世界の妖精たち

 工房の中からリンデンの葉と大きめの敷布を持ってきた私は、居間に広げて座った。


 ムーンにおいでと手招きしたらにこにこと近寄ってきて、ちょこんと私の前に座る。私は目の前に座ったムーンの身体を、こしょこしょとリンデンの葉でくすぐった。銀の粒子が敷布に滑り落ちていく。


 麻理子はソファーに座って、鱗粉の採取をしている私たちを眺めていた。


「慣れてるね」

「うん。ムーンと出会ってもう半年くらいかな? ムーン以外にも妖精がいて、こうやって鱗粉を採取させてくれるの」


 一番仲良しなのはそよ風と落葉の妖精、フィール・フォール・リー。緑色の鱗粉を落としてくれる。彼女との出会いを麻理子に教えてあげたら、麻理子はこてんと首を傾けた。


「そういえば前に、ティターニアさんのプレゼントを探してるって言ってなかった?」

「そうそう。ティターニアさんへのプレゼントを考えてって言ったのがフィールなの。で、魔宝石を作ろうと思って材料を探してたんだけど、その時にムーンと会ったんだ」


 銀ラメが欲しくて、かなり無茶を重ねたよね。ラチイさんのおかげで無事ムーンと出会えて、銀ラメをゲット。ついでにジローの実家情報もゲット。あの時は本当に怒涛の一夜だったよ。ラチイさんが魔王みたいに怒ってた気がする。


 懐かしいなぁ。あれからもう半年といえば良いのか、まだ半年といえば良いのか。なんて考えてたら、麻理子がちょいちょいと私の肩をつついた。


「ティターニアさんって本当に妖精女王だったの?」

「うん。すっごく綺麗な人だったよ!」


 記憶の中にいるのはとても綺麗な妖精。蔦で編み、白い花で飾ったような髪に、大地に根づく根のような足。肌色じゃなくてほんのり桜色っぽい肌。身体にぴったりと沿うドレスを着たようなシルエット。顔の両側にオーロラのガラスのような羽を持つ蝶が留まっていた。


 あんなにも綺麗な人を私は知らない。

 あんな人と恋人になった人がいるんだから、びっくりだよね。


 麻理子にもティターニアさんのプレゼント騒動の顛末を詳しく話してあげる。簡単には話していたけど、実際に異世界の存在を知った今では、百八十度くらい話せる内容が変わるからね!


 麻理子は私の話を聞くとちょっとだけ寂しそうに笑った。


「智華ちゃんはすごいね。新しい世界にどんどん行っちゃう。怖くないの?」


 不思議な質問をされた。

 私は目を瞬くと、ムーンから目を離して麻理子と視線を合わせる。


「怖い?」

「うん。知らない世界に行くこと」


 知らない世界というと、異世界のことかな。

 私はこの半年で、そこそこ色んなところに行ったと思う。


 ラゼテジュの陸の海宮殿。

 ラゼテジュの王都。

 第三魔法研究室。

 オディロンさんの画廊。

 赤狼族の里のそば。

 素材採取のために行った、なんかヤバそうな森。


 うん、行動範囲は狭いはずなんだけど、異世界での活動はすっごく濃厚だったなって思うラインナップ。


 新しい場所に行くにはけっこうエネルギーがいる。麻理子が言いたいこともなんとなく分かる。分かるから、私は笑った。


「あんまり怖いって思ったことはないかなぁ。怖いって思ってる暇がないくらい、色々あるからさ」

「そっかぁ」

「麻理子は怖いの?」


 聞き返してみる。その話題をする人は、同じ話題を振って欲しがっているっていう話を聞いたことがあるから。聞きにくい話題だけど、麻理子の気持ちを知りたいなら、今しかないと思った。


 麻理子は少しだけ考えると、こくんと小さく頷く。


「少しだけ。だから、かな。ジローに本当のことを聞きたくても、聞けなくて。ジローもそんな私に気づいてると思うの。呆れられちゃってるかも」


 絶対ない、それだけはない、断じてない。

 あれだけ麻理子を溺愛しているあの男がそんなこと思うはずないと思う。これは麻理子のせいじゃないです。へたれて本当のことをいえないジローのせいだと思うのは私だけ?


 とはいえジロー本人にそれを言えるならともかく、麻理子に言ってもそんなことはないと言われそうなので。


「麻理子は慎重派なだけだよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ」


 自信がなさそうな麻理子はソファーの上で膝を抱える。体操座りで膝に頭を置いて、所在なさげにつま先を見つめた。


「でもね、そのせいで色んなことに悩んじゃうのは悪いことだと思うの。お母さんやお父さん、先生に、私、うまく言えないままで……私の進路、どうなっちゃうんだろう」


 二年生になったら進路を少しずつ意識し始めた。親や先生と、進路先について面談があった。うちは良い意味で放任主義だからやりたいことをやりなさいって言われてる。成績は中の上。内申はまぁまぁ。なんの取り柄もない私。高望みさえしなければ志望校を探すのは三年生になってからでもいいだろうという、先生のお墨付き。


 でも麻理子は。

 麻理子の作ったドレスを知っている。見るだけで心が浮き立つような素敵なドレス。あれを知った部活の先生が担任の先生をせっついて、担任の先生から三者面談でお母さんにまで話がいってしまった。それで進路はその方向がいいんじゃないかって、望まれていて。


 私はきょとんと麻理子を見上げているムーンの頭を撫でる。麻理子の代わりってわけじゃないけど、頭を撫でればムーンは喜んで、私の気持ちもちょっと落ちついた。


「麻理子はどうしたいの?」


 結局はさ、麻理子がどうしたいのかが大事だと思うんだ。

 だから麻理子に問いかければ、少ししたあとに小さく答えが返ってきて。


「……ジローと一緒にいたいの」

「進路よりも?」

「うん」


 相変わらずその視線は、抱えた膝の先にあるつま先のまま。だけど麻理子の表情はとっても柔らかくなっていて、恋してる顔になっていて。


「ジローといるとね、すごく安心するの。私の居場所はここなんだって思うの。だけど、お母さんや先生に進路のこと聞かれると、胸がぎゅってなって、苦しくなるの。恋愛で人生決めるには早いって……」


 一瞬、明るくなった表情もすぐに陰ってしまった。

 私はじっと麻理子を見る。もっと麻理子の本音を教えて欲しい。


「じゃあジローがいなかったら、麻理子はどうしてた?」

「ジローがいなかったら?」

「そう。ジローがいなかったら、進路はどうしてた?」


 単純な話をしてみよう。

 悩んでいるのは何か、探してみようよ。


 麻理子は少し考えるように目を瞑った。おもむろに瞼を押し上げると、困ったように笑う。


「……服飾の専門に行ってたかも。服を作るの、好きだから」

「ジローと服飾なら?」

「……ジローと、一緒にいたい、けど」


 けど。

 この『けど』が大切なんだよ、麻理子。


 私は麻理子に笑いかけた。

 何も決まってない、何がしたいのか分からない、未来地図が真っ白な私なんかより、やりたいことを持ってる麻理子が、私は大好き!


「じゃあ両方とっちゃえばいいじゃない!」

「えっ?」


 麻理子がびっくりしたように私を見てくるけど、私そんなに難しいこと言ってないよ?


 リンデンの葉に付着したムーンの鱗粉を優しく瓶に振り落とす。さらさらと瓶の中に銀色の粒子が積もっていく。


 最初はうっすらと。

 でも積み重なっていけば増えていく。

 欲しいものがあるのなら、手を伸ばすのを諦めちゃいけないんだよ。


 私は麻理子に伝えた。

 すっごく脳天気な、第三者からの意見だけどって。


「ジローには結婚をもう少し待ってもらえばいいじゃない。勉強してから結婚すればいいと思う。異世界に嫁ぐなら、日本の技術を学んでおいても損はないと思うんだ。手に職っていうのかな? 服を作れるなら、麻理子の学んだことは絶対に無駄にならないと思う」


 ちょっとびっくりしてる麻理子の表情が可愛いって言ったら、ジローに自慢できるかな。

 そんなことを思いながら麻理子の言葉を待つ。

 麻理子は震える声でささやいた。


「いい、のかな」


 私は全力で頷く。ウィンクだっておまけでつけちゃうよ!


「惚れた弱みって言うんでしょ? ジローもそれくらい許容してくれないなら、心の狭い男ってことだよ!」


 ドヤっと言ってやれば、麻理子は小さく笑った。

 抱えていた足をソファーの下にそっと下ろして立ち上がる。私の隣に来て、えへへと笑ってくれた。


「智華ちゃん、ジローにはいつも厳しいねぇ」

「だってムカつくじゃん!? 私の麻理子をたぶらかすの! 腹立つ腹立つ!」

「どうどう」

『チカ。けんか?』


 おっとムーンが混ざってきちゃったよ!

 私はちょっと気まずくなってムーンから目をそらした。


「喧嘩とは違うけど……」

『けんか、だめ。チカ、仲直り、しよ?』


 口ごもる私を見たムーンがひょいっと立ち上がる。

 あ、まだ採取が途中なんだけどっ。

 鱗粉が風に煽られて飛ばないようにささっと片づける。その間も、ムーンが背中の羽を広げて宙に浮かんでいて。


 私はすっかり忘れていた。

 ムーンが何から生まれた妖精なのかを。

 月光と夜風の妖精の力を。


 私と麻理子が立ち上がるタイミングで、ムーンの身体が淡く発光した。


 あれ、と思ったのも束の間。

 ムーンが私たちの周りをくるりと巡って。


 身体中にビビビビって微弱な電気みたいなものが流れた。身体がまるで自分のものじゃないくらいに遠く感じられて、くらりと目眩がする――と思ったら。違う。足場が抜けた!?


 私はお尻から思いっきり着地する。

 まだ身体がゾワゾワしているけど、私は慌てて顔をあげて。


「……麻理子?」

「ジロー?」


 赤いケモ耳とケモ尻尾を生やしたジローが、うさ耳を垂らした小さい麻理子を両腕を使ってキャッチしていた。


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