テスト前夜の緊急依頼
そろそろテスト対策期間も追い込み期間となって参りました。問題集はなんとか指定範囲を一巡した。あとはもう苦手な英単語も世界史の暗記をどうにか――しようと思いつつ、飽きたからちょっとSNSを眺めていたら、スマートフォンに突然の着信。
あ、ラチイさんだ。
着信をとる。テスト期間なのは知ってるはずだけどな。こんな時間に電話してくるのも珍しい。
「もしもし、智華です」
『こんばんは、智華さん』
電話に出ながら目の前にあるノートと単語帳をぱたんと閉じる。グッバイ英語。明日、最後の悪あがきするよ。
潔く見切りをつけた私は電話の向こうのラチイさんの声に耳を傾ける。
『夜分遅くにすみません。智華さんにお願いがありまして』
お願いごと。
ラチイさんからのお願いごとと言えばアレしかないよね、とちょっと浮き足立つ。テスト勉強に飽き飽きしていた私の前にぶらさげちゃいけないものなのは間違いない。でも聞いちゃう。聞くよ! 何かな!
『テスト期間なのは重々承知なのですが、魔宝石の依頼をしたいのです』
ですよね、魔宝石!
私の瞳がきらりんと輝く。ぱあっと視界が明るくなる。テストが終わるまではないはずだった、魔宝石のお仕事!
二つ返事で「はい、よろこんでぇ!」と居酒屋みたいに返事をする前に、ごっくんと息を呑む。落ち着け、落ち着け。学生の本分を忘れてかまけようとすると、ラチイさんのほうからやっぱりキャンセルでって言われかねないからね。
私はしごく落ち着いたふりでラチイさんに尋ねる。
「急ぎなの?」
『急ぎです』
急ぎならテスト期間中に作っても許されるかな!
大人のお仕事だもんね、颯爽と仕事をこなすできるウーマンに私はなりたい。
私はうきうきする気持ちをなんとかならして、ラチイさんに詳細を伺う。
「どんな魔宝石を作ればいいの?」
『防御結界の魔宝石をお願いしたいのです。反撃効果はいりません。鉄の要塞のような鉄壁の守りができるような魔宝石が欲しいのです。規模は町一つ』
「町一つ!?」
待って、サイズ感! 規模! 町一つってなに!?
簡単に言いますけども!?
頭の中には鉄の要塞と言われて、なんかガショガショ蒸気を拭き上げる感じの、ブリキのロボットみたいなお城が浮かんでる。絶対違う。私のイメージ、絶対間違ってる。でも思い浮かぶのはこれだもん。こんなのを魔宝石で作れって?
「そんなの作ったことないよ!?」
『智華さんの魔宝石の効果範囲の限度の測定も兼ねています。材料はこちらで用意しますので』
「うぇぇ……締め切りいつまで?」
『次の日曜日まで』
「テスト期間! 直後!」
急ぎって聞いたけど、期限短い! 今週末!
今週末までに鉄の要塞みたいな魔宝石ロボットを作るの……? いや、ロボットじゃないね、要塞、要塞……結界……うぇえ……?
『やはり厳しいでしょうか』
「うーん、実際に作れるのは土日になるかも」
勉強の合間にアイディアを練るのはちょうどいい息抜きだけど……試作している時間はないかもしれない。
それを伝えると、ラチイさんは電話の向こうで頷いて。
『分かりました。上にそう伝えておきます』
「上? 偉い人からの依頼?」
『宰相閣下からの依頼です」
さいしょう……最小……宰相!?
めっちゃ偉い人じゃん! なんで!? なんでそんな方からそんな無茶な依頼が回ってきたの!?
戦々恐々としていたら、ラチイさんがどういう経緯でその魔宝石が欲しいのかを教えてくれる。
なんでも、魔獣被害が増えているそうで、ロランさんのような騎士の人たちがあちこちに引っ張りだこなのだとか。各方面に常駐している砦の騎士たちと協力して魔獣討伐をしているそうだけれど、魔獣被害が広範囲過ぎてカバーしきれずに被害が出てしまっているそう。
そこで、魔獣被害が多い地域の防衛設備に魔宝石の使用を検討し始めたらしい。実際にそういうものが作れたら、便利だよね。できる? みたいな感じで、内々にラチイさんへと話が降りてきたんだって。
「なんか大変そうなお話」
『被害が大きくなる前に実用化が可能かどうかを検討したい、とのことで緊急の依頼になります』
「そういうことなら」
あれかな。あるものは何でも使いたい、猫の手も借りたい、石の上にも三年なんて待ってらんない、みたいな感じなのかな。気持ちは災害レスキュー。あのハイスピード救助活動をするためにレスキュー車が欲しいから、ちょっとありもので用意できる? みたいな?
でも求められているものはすごく大切なこと。
被害が出てるって言われると、本当に解決できるほどのものができるのか不安になる。
だからついつい弱気な言葉が飛び出てしまって。
「もしも作れなかったら、怒られたりする……?」
『大丈夫ですよ。魔宝石の気難しさはお伝えしてますので。それに魔宝石以外にも防衛手段は検討されていますから、大事にはなりませんよ』
「そうなんだ? それならいいんだけど」
ちょっとほっとする。
私の魔宝石が命綱だー! とか言われたらどうしようかと思ったけど、全然そんなことはないみたい。それなら気軽に作れるね! 手を抜くつもりはないけど、気を張りすぎても良いものは作れないというか……何事もほどほどが一番!
良かった良かったと胸を撫で下ろしながら、回転椅子をくるりと回して勉強机に背を向ける。壁際にある三段ボックス。そこに詰め込んでいるのは、私のハンドメイド資材たち。
一番上には道具関係。真ん中は私が自腹で買ってる雑多な資材たち。一番下は綺麗な工具箱。
私は一番下にある工具箱を出して、中身を確認してみる。この工具箱はラチイさんから借りてる資材が入っているんだけど……材料が少し心もとない気がする。
私はちょっと考えた。
テストが終われば自由の身。次の土日で仕上げないといけないなら、ラチイさんの工房に籠もって作ったほうが楽かも。
「ねぇねぇラチイさん。テストも終わるし、作るのはラチイさんの工房でいい?」
『……いえ、材料をお送りしますので。ちょっと忙しくて、俺も智華さんについていられないものですから』
少し考えたあと、断られてしまう。
前にもムーンのことを話した時に忙しいようなことを言ってたけど……研究職でも繁忙期があるのかな?
「お仕事忙しいの?」
『そうですね。色々と手を回さないと行けないところが多くて』
スマホ越しに聞こえるため息。本当に忙しいのかも。声音からも疲れている感じがするし……テスト前の私じゃないけど、ラチイさんにも息抜きが必要だと思うんだ。
私はお疲れなラチイさんを労るように、スマホ越しに言葉を投げる。
「身体、大事にね? クリスマスパーティには来られそう?」
『その日は開けておきますから。楽しみです』
うんうん、クリスマスパーティに来られるなら大丈夫だね! ラチイさんのために美味しいものをいっぱい用意してあげよう。お母さんに、赤いスーツを着た白ひげおじさんの骨付き肉をおねだりしちゃえ!
うきうきしながら、私はテスト後の楽しみに思いを馳せる。
「こっちはもう冬だからね。クリスマスの頃には雪も降り始めると思うよ。薄着で来ちゃ駄目だからね」
『日本には四季がありましたね。防寒対策をしないと。やることが山積みです』
「うちでやるから外には出ないと思うけど、温かい格好しないと廊下とか寒いからね」
ラゼテジュは一年を通して温暖な気候だって聞いてるからね。異世界転移して薄着だと、日本に来た時に凍っちゃうかもしれない。ラチイさんもちょこちょここっち来てるからぬかりはないと思うけどさ。一応ね? ね?
日本の防寒についてつらつら考えていると、ふとラチイさんが思い出したように声をあげる。
『智華さんはプレゼントを決めましたか?』
プレゼント!
そうだよね、クリスマスパーティって言ったらプレゼント交換だもんね!
私はふっふっふっと悪役代官みたいに腕を組みながら、電話向こうのラチイさんに宣言する。
「なんとなく決めたよ〜。テスト終わったら買いに行くつもり!」
『既製品でいいんですか?』
「うん。友達へのクリスマスプレゼントなら、手頃なお値段のやつを買うのが普通かな」
『そうなんですね……なるほど、参考になります』
恋人とかなら手編みのマフラーとか憧れちゃうけどね! ただし、手芸の才能があるのに限る。私はリリアン編みくらいはできるけど、かぎ針編みは麻理子先生にご教示していただかないと無理だってことが判明しているので。手編みマフラー、麻理子ならジローに渡しそうだな、と思いつつ。
ふと獣人の国のことが気になった。




