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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
ドッグ・ドリームブレイク

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スイートパラダイス

 刻一刻と断罪の時間が迫ってきている……なんて言い方しますが、今週はとうとうテスト前週間ということで、どこの部活もお休みウィーク。もちろん私と麻理子が顔を出している家庭部もお休みだ。


 放課後、いつものようにスクールバッグを肩にかけると、麻理子の席に立ち寄った。麻理子はじっと空っぽの席を見つめている。


「今日もジロー、休みだったね」


 麻理子が見つめているのはジローの席だ。私はうん、とうなずく。


「先週からずっとじゃん。テスト、どうするつもりなんだろ」

「お家の事情だから仕方ないけど……一緒に進級できないのは嫌だなぁ」


 中間考査は今週末から。中間だから五教科のみの一日だけだけど。どの教科もテスト前ってことで、授業もシビアになってきてる。欠席が続いているのは、ちょっとまずいと思うよ。


 前期の成績オール五を自慢してきたジローに限って留年はしないと思ってるけどさ。ジローといい、ラチイさんといい、異世界人は勤勉すぎませんか。でも恋人の麻理子はやっぱり心配みたい。


 そんな麻理子も日に日に表情が暗くなっていくから。

 私はここぞとばかりに伝家の宝刀を引き抜くことにした。


「ねぇねぇ麻理子、ちょっと息抜きしない?」

「息抜き?」

「私奢るよ」


 やる気注入するのも大事でしょ!

 そうと決まったら早速行こう、今行こう、すぐ行こうと、麻理子の背中をぐいぐい押して教室を出る。麻理子はちょっと困ったように首をめぐらせて、私の顔を見た。


「お、奢り?」

「アルバイトのお給料がいいからね〜。気にしないで」

「でもテスト前だし……」

「美味しいもの食べて、テスト週間も気合い入れてがんばろ! 栄養補給、栄養補給!」


 しぶる麻理子の背中を推し続ければ、そのうち観念したようで私の隣で普通に歩いてくれた。付き合ってくれてありがとう!


 私が目指すのはいつもとちょっと違うところ。ラチイさんとよく行くカフェも好きなんだけど、せっかくなのでもう少し良いところに行ってみようかなって。


 そうしてやってきました、フルーツパーラー!

 いつもの喫茶店はワッフルが美味しいんだけど、今の気分は果物だったので。夏の果物も美味しいけど、冬の果物も美味しい。年中無休で美味しい果物って最高だと思う。


 パステルカラーな壁紙と、ふんだんに設置されてるフラワーアレンジメントが可愛い内装のフルーツパーラー。学生がたむろする時間を直撃したのか、私たちと同じような女子高生たちが多かった。どこの学校もテスト週間に入るからか、普段より数は少なそうだけど。


 テーブルについてメニュー表を開く。苺に洋梨にシャインマスカット。お値段はちょっと張るけど、どれも美味しそう。メニュー表の写真越しでも瑞々しい果物がつやつやしているのが分かってうきうきしちゃう!


「麻理子は何が好き?」

「私、苺食べたいな」

「いいね!」


 麻理子は苺パフェの写真を見て、ほんのりと頬を赤くした。麻理子のほっぺたが苺みたいに熟しております。ちょっと気持ちが明るくなったみたいで何より!


「あ、パイナップルある」

「智華ちゃんはパイナップル好きなんだ」

「好きだよ〜」


 私は悩む。パイナップルは好きなんだけど、今の季節にパイナップル……というのも季節感がなくてもったいない気がするんだよね。せっかくなら旬の果物食べたいし。


 私は悩みに悩んで麻理子と同じ苺のパフェにした。

 白いホイップクリームのキャンバスに、チョコソースが混ざり合ってマーブル模様が描かれてる。クッションのようなふわふわのホイップクリームに赤い苺が宝石のように鎮座していて、私も麻理子もわぁっと笑顔になった。


 ひと口食べたところでアッと思い出す。写真! 写真撮っておかないと! 素敵なものはいっぱい写真にしてとっておきたいからね。


 麻理子といっしょにうきうきしながら苺パフェを食べ進める。半分くらい食べたところで、麻理子がふと呟いた。


「……私、あんまりジローのこと知らないの」

「知らないって?」


 口の中に入ったザクザク食感のフレークを飲みこむ。麻理子は透明な硝子の器を覗きながら、ぽつぽつと話してくれて。


「どこに住んでるのか、とか、どこの国の人なのか、とか……あ、前にも話してたね、ごめん」

「ううん。あいつ、まだ麻理子に話してないの?」

「聞いても、もう少し待ってくれ、って言われちゃうから」


 私にそう言い続けること約半年。麻理子は付き合ってからだからもうちょっとでまる二年? 山田ジロー、またせ過ぎではないでしょうか。


 はっきりしない態度のジローにイラッとして、異世界にいるだろう本人にささやかな呪詛を送ってみる。箪笥の角に足の小指ぶつけて悶絶すればいいと思うんだ。


 麻理子の表情がまた暗くなってしまう。


「進路のことも、卒業したらお嫁に来てほしいから悩まなくていいよって言ってくれるけど……お母さんたちにはそんなこと、言えなくて」


 学生だし、子供だし。

 高校生の私たちにとって結婚とか、全然想像がつかないもんね。


 恋人と結婚したいって言っても、大人たちはまともに取り合ってくれない。勉強できるなら大学に行くべきだし、進学が難しいなら就職しろという。学生の私たちが家庭を持つのがどれくらい厳しいのか、大人たちは知っているから。


 異世界はたぶん、違うんだろうな。

 ジローは簡単に言う。卒業したら嫁に来いって。家族のことも何も話さないで、麻理子に甘い言葉だけを伝えて、肝心なことは何も言わない。日本のしがらみをジローは理解してなくて、なのに肝心なことは話さなくて。だから麻理子はこんなに不安がっている。


「コンクールもね、そういう不安が色々あって。進路のことを考えたら頑張らなきゃって思ってたんだけど……ジローのことを考えると、私がやってることって無駄なのかなってやっぱり思っちゃって……」


 麻理子がやっていることが、無駄?

 ジローにもう一回呪詛をかけておこう。振り向きざまに柱に肘鉄打ちこんで悶絶するといい。まじ許さない。麻理子にそんなこと思わせるなんてギルティでしょ。恋人にそんなこと思わせるなんて、ダメ男すぎるでしょ!?


 私はむすっとしながら硝子の器の底にいるムースをすくい取る。


「麻理子はなんであんなやつと付き合ってるの。自分勝手過ぎて、嫌にならないの?」

「嫌……な気持ちは、ないかなぁ」

「でも不安なんでしょ?」

「嫌な気持ちと不安な気持ちは違うよ」


 麻理子が困ったように笑う。

 不安ばっかりだと、嫌になったりしないのかなって思うのに、麻理子はふるふると首を振って。


「教えてくれないのは、私が迷ってるせいだと思うの」


 麻理子が迷っている?


「迷うのはあいつが何も教えてくれないからじゃん」

「そうだけど……それを全部ひっくるめて、覚悟しないといけないんだと思うの。智華ちゃん、知ってる? ジローってね、すごく強くて……寂しそうな目をするんだよ」


 言われてもピンとこない。

 私が知ってるジローっていう男子は、麻理子に甘々で、嫌味なくらい顔が良くて、文武両道で、私に対して口が悪い。いつも自信に溢れているような人間だよ。寂しい? 麻理子がいるからそんなことないはずじゃない?


「あいつが? いつも麻理子にべったりなあいつが、寂しそう?」

「うん。なんだろう……うまくいえないんだけどね、ジローは普通の男の子よりも大変なものを背負ってる気がするの」


 思ったことをそのまま言えば、麻理子はまたちょっと困ったように笑った。


 普通の男子よりも大変なもの……心当たりはあるけどさぁ。なんか次期族長だっけ? 族長の息子だっけ?  日本でいう会社や家の後継ぎとかそういう感じの立ち位置っぽいのは知ってる。そういう人たちはそういう人たちなりの悩みもいっぱい持ってるって、ドキュメンタリーで見たことある。


 でも、だからって。


「麻理子が遠慮する必要なくない?」

「そうだね。でも、こういうでしょ……? 惚れた弱み、って」

「麻理子は告白された側じゃなかった?」

「ふふ、智華ちゃんだから言うけど、私も一目惚れ、だったんだよ」


 ふわりと笑う麻理子はとっても綺麗だった。

 恋する女の子なんだなって分かっちゃうくらい、可愛い笑顔。そうですか、一目惚れですか、知ってたけど、知ってたけど胸焼けしてきたぁ……! ホイップクリームご馳走様です!


 私はまだまだ硝子の器に沈められているクリームとムースを見下ろす。絶賛胸焼け中なのは分かってるんだけど、言わずにはいられない。聞きたくないけど。聞きたくないけど!


 でもさ、聞きたくなるの!

 なんにも言わない、隠しごと上手なそんなやつのどこがさぁって!


「麻理子、あいつのどこが好きなの?」

「可愛いところ」


 即答された。

 即答されたよ。


 麻理子の言葉を反芻する。

 可愛い……いやまぁワンコ系のイケメンではありますけど。リアルワンコでもありますけど。


 可愛い……可愛いの……?


「……全然っ、わかんない!」


 恋する乙女の思考回路、私には難しすぎるよ!


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