体質は人それぞれ
「んぎゃぁああああああ! にょろにょろ!」
「ダニール!」
「わかってるっつの!」
自分でもひどい声! って思いながら絶叫! からのラチイさんに腕を引かれて後ろに下げられてかばわれる! ダニールさんが魔法で突風を吹かせて、ロランさんが剣を抜いて威嚇する!
この一連の流れ、わずか五秒!
「あわわわっ」
「智華さん、大丈夫ですか? 走れますか?」
「だ、大丈夫じゃない〜っ! は、爬虫類〜!」
「大丈夫そうですね。あれが白大蛇です」
「でかくない!?」
「まあ成獣ですからね」
あの地面をえぐってた痕跡の主〜!
蛇だと聞いて覚悟してたけどやっぱり爬虫類! こわい! シャーって威嚇してくる! こわい!
「今回の目的は討伐ではなく採取です。智華さん、このまま逃げますよ」
私は高速で首を縦に振る。
最近ね! ラチイさんの工房のね! レッドドラゴンの生首がね! 見慣れて、平気になってたからね! 調子のってたけどね!
無理! 爬虫類・むり!
ひぃ〜って半泣きになりながら必死に走る。
でも、スタイル良くて足の長いラチイさんとダニールさんとでは、当然普通の女子である私の歩幅は違うわけで、だんだんと私が遅れはじめて。
私の後ろではロランさんが白大蛇を牽制してくれているけれど、このままじゃ追いつかれちゃう!
必死に走っていたら、気がついたラチイさんが速度を落としてくれて。
「失礼」
耳元でラチイさんの声が聞こえたと思ったら、ふわっと足が浮き上がる。
「ひょうわっ!?」
「しっかりつかまってください」
ラチイさんは軽々と私を担ぎ上げると、そのままダニールさんに並走しはじめちゃった!
「ラチイさん、重くない!?」
「大丈夫です。智華さんは羽のように軽いですよ」
うわ〜〜〜! イケメンに言われてみたいセリフナンバー・ワン〜〜〜!
ラチイさん、細身なのに私を軽々と担いじゃうとか! なんなの! なんなんですかこのイケメンムーヴ!
私の心臓は今の今までの全力疾走のせいでドッドッとしてるし、ラチイさんのしっかりとした腕に担がれて、別の意味でもドッドッしてるよ! イケメン心臓に悪い!
「ダニール、目眩ましできるかい!」
「おぉおおう!? しゃーねぇっ、十秒!」
「いいとも!」
ロランさんのかけ声で、ダニールさんが後ろを振り向く。足を止め、まっすぐに白大蛇と対峙して。
「よっ、と!」
ダニールさんのかけ声とともに、葉っぱや土を巻き込んで突風が巻き起こり、白大蛇の前に立ちふさがった……っ、んだけど。
それを見た瞬間、ラチイさんに担がれていただけなのに、まるで立ちくらみを起こしたかのように目がまわって、心臓が引き絞られたかのように痛くなって。
「ら、ちい、さ〜ん……」
「智華さん?」
「きもちわるぃ……」
きゅう、と目を回してぐったりすれば、ラチイさんは慌てて私を担ぐのをやめて、横抱きにする。
お腹への圧迫感はなくなったけど、心臓の痛みは相変わらずで、ぎゅっと胸もとを握り込んでれば、ラチイさんがハッとした。
「ダニール、魔力操作をやめてください!」
「はぁ!?」
「第一魔法は智華さんと相性が悪い。魔力操作で荒れた魔力を感知して、過敏反応しています!」
これ、前にもあった気がする〜、どこだっけ、と思ったところで、ラチイさんが私を横抱きにしたまま立ち上がる。
「ロラン、陽動を。ダニールは俺たちが離れてから魔法を使ってください」
「ちょ、どうするつもりだよ!」
「短距離転移するだけです。ちゃんと帰りの魔力も温存しますので、そう遠くには行きません。後で連絡します」
「あっ、待てコラ、コンドラチイ!」
ダニールさんが叫んでるけど、ラチイさんは問答無用。ぐったりした私を抱えて、なにごとか呪文のようなものを唱えると、足もとがぱあっと光り輝いて。
ちょっと待ってよラチイさん! 今の私に、この浮遊感はだめだよ! 吐くよ!?
「うっぷ……」
「智華さん、大丈夫ですか」
「だいじょうぶくないれす……」
車酔いしたような気持ち悪さと、ズキズキしていた心臓のダブルパンチの中、大丈夫な人がいたら教えてほしいかな!
「なんでこんなことにぃ……!」
「ムーンの時と同じ原因でしょう。魔力の密度が高まると、智華さんの身体に負担をかけるようです」
「うえぇ〜、でも、ラチイさんだって魔力使うじゃん〜」
ラチイさんが私を抱いたまま、適当な木の根元に腰を下ろした。転移先は安全地帯。ぐったりした私は、ラチイさんの胸に寄りかかるようにしてかかえこまれる。
「魔法には三種類あるとお伝えしたのは覚えてますか?」
「うん」
第一魔法は純魔力の放出や操作によって起こす魔法のこと。妖精の魔法とかがそう。
第二魔法は魔法陣や魔術回路を使用した、複雑で系統立てられた魔法のこと。
それから第三魔法は、魔力と素材の混合による魔宝石のこと。
どれもラチイさんの受け売りだけどね!
で、それが……?
「智華さんは、自然魔力への感度が異常に高いんです。魔法陣や魔術回路を使用した魔力統制のとれた魔術であればさほど影響はうけないのですが、第一魔法や、高密度の純魔力には、過剰に身体が反応するんです」
「えぇ、と、つまり?」
「全盛期の『陸の海宮殿』に入ったらたぶん心臓が破裂しますし、妖精の魔法を直接かけられたら死にますし、さっきのダニールのように魔力操作でゴリ押す第一魔法の作用対象になったら死にます」
「ひいっ!」
ちょっとそれやばくないですかー!?
私が恐れおののいていると、ラチイさんが顔をのぞき込んでくる。琥珀色の瞳がほっとしたように優しく眼尻を下げて。
「顔色が戻ってきましたね。ムーンの件があったのに、そのことをすっかり忘れていた俺に非があります。すみません」
「えっ、あ、ううん、私こそ、自分で気づくべきだったのに」
「魔法のない世界で智華さんは育ったのですから。俺が気づくべきでした」
ラチイさんはそう言って、私の身体をそっと抱きしめる。あ〜、あったかーい、って思った瞬間、その距離感に、気がついて。
待って。
待ってラチイさん。
距離が近い!
距離感バグってるぅ!
「あ、あの、ラチイ、さんっ?」
「はい?」
「あの、その、私、大丈夫なんで! あの! そろそろ離してくれるかな!?」
近いよ!? せっかく助かった心臓がまたダイナマイトになっちゃうよ!?
と、私が大変年頃の女子高生らしい恥ずかしさで頭を沸騰させていれば、ラチイさんはくすりと笑う。
あああっ、待って! 耳! 耳近い! 吐息が! かかってるよ!?
「もう少しこのままで。触れていたほうが、智華さんの心臓に優しいかと」
どこが!?
私の心臓、今にも走り出してしまいそうですが!?
「過剰な魔力感知を鈍らせるように、智華さんの身体に俺の魔力を覚えさせます。次からは俺がそばにいれば、ダニールが第一魔法を放とうと、うっかり高密度の魔力地帯に放りこまれようと、俺の魔力を壁にして、急激な負荷がかからないようにできますから」
あ、そういうこと……?
良かった! 先走って変なこと言わなくてよかった!
ラチイさんは私のことを思って、今後の対策をしてくれてるんだね。あいにく、私にはそれがいまいちわかんないんだけど……。
あ、でもなんか。これかな?
ラチイさんにぎゅってされて、ぽかぽかするこの感覚。きちんと意識すれば、なんだかくすぐったくて、心臓がうずうずしている感じがして。
とくん、とくんと、優しく鼓動する心臓が、ラチイさんの心音と重なるようにすら、錯覚して。目を瞑ってその感覚に身を委ねると、なんだかとても落ちついた。
「んぅ……」
「これくらいでいいでしょう。智華さん、立てそうですか」
「ふぁっ!? う、うん、大丈夫!」
あっぶなーい! 寝落ちするかと思った!
ラチイさんの包容力がハンパなくて寝落ちしかけた! よだれでてないかな!? 大丈夫!?
「大丈夫そうですね」
そう言って、同じく立ち上がったラチイさんは、指を宙でくるりと動かした。ぽわっと魔法陣が輝いて。
「コンドラチイです。合流可能であれば来てください。座標を送ります」
前にも見た、メッセージを届ける魔法。
じっとその様子を見ていたら、ラチイさんは心配そうに私の表情をうかがって。
「智華さん、大丈夫ですか?」
「へっ? え、うん、大丈夫!」
「魔法陣を使用するのは第二魔法なので、智華さんに負担がかかることはないはずです。安心してください」
「うん? うん! ラチイさんがそう言うなら安心!」
了解! っとサムズアップすれば、ラチイさんは困ったように笑って。
「智華さんが素直すぎて、たまに不安になりますよ」
「えぇ? それってどういう……」
ラチイさんの意味深な言葉に聞き返そうとした時だった。
私たちのいる場所のすぐ近くで、ドゴォン! と何か重たいものが倒れる音がした。
風向きのせいか、土埃がこっちにまで飛んでくる。慌てて顔をかばうように腕をかざした。
「な、なに!? なにごと!?」
「白大蛇が倒された?」
ラチイさんが土埃の中、目を凝らして音のしたほうを見ている。ぽつりと漏らした言葉に目を丸くしていれば、ふっと頭上に影が差す。
「へ?」
「智華さん!」
ラチイさんに腕を引かれて、倒れるようにラチイさんの胸に飛びこむと、いままで私の立っていた場所に、人と――赤く光る、銀色の。
「お前たちも、同じ獲物を狙っていたのか?」
血に濡れた剣を目の前に突きつけられたことに気がついたのは、土煙が完全に晴れたあと。
黒髪に獰猛な金色の瞳した男性が、私とラチイさんの眼前に剣を向けていて。
――今日の私、もしかしなくても運勢最下位ですか!?




