爬虫類警報に御用心
「魔宝石を作る許可をください!」
ラチイさんに向けて、私は両手を揃えて、頭も下げて、誠心誠意を込めてお願いする。
魔宝石を作るには素材も必要だし、なによりラチイさんの協力も必要。だから私は、なんとしてもラチイさんを味方にしないといけないんだけど。
「だめです」
ですよね!
「そこをなんとか!」
一回だめって断られたくらいじゃへこたれない!
怒られるのも覚悟、呆れられるのも覚悟、我がままだと嫌われるのも覚悟!
だって私が、イネッサ様を助けたいって思ったから……!
どうやってラチイさんを説得すればいいのか、必死に考える。さっきの主張で許可を貰えなかったなら、他に説得できる材料はなにがあるの?
手厳しいラチイさんに挑むように顔を上げれば、ラチイさんの表情は思っていたものと違っていて。
「智華さんのそういうところは、美点と言うか、なんというか……まっすぐで、時々、困ってしまいますね」
困ったように笑うラチイさん。
怒ってもいなければ、呆れてもいない。困るっていうのは、迷惑そう……なのかとも思ったけど、それとも違う感じで。
ラチイさんはくすりと微笑を浮かべると、人差し指を立てて、私の言葉を言い直した。
「智華さんが作るのは、美容に良い魔宝石なんですね? 世の中の日焼けに悩むご令嬢を助けるような、そんな魔宝石だと」
ラチイさんの言葉に、一瞬だけ理解が遅れる。
でも、その言葉に隠された意図を理解して、私はなにかが胸の内側でめいっぱいにふくらんだ。
それは魔法に触れたときの、ときめきのような。
がんばったときに感じる、喜びのような。
誰かの優しさにふれたときの、むずがゆさのような!
「そう! そうだよ、ラチイさん!」
私が全力でラチイさんの言葉に乗っかると、ラチイさんはその琥珀の瞳にちょっぴりいたずらめいた色をのせる。
「エリクサーのような魔宝石ではなく、あくまで補助的なものでしたら大丈夫でしょう。ちゃんと報告はしていただきますよ?」
「やったあ! ありがとう、ラチイさん!」
持つべきものは、頼りになるラチイさん!
思わずソファーから跳ねるようにラチイさんに飛びつけば、おっと、っと抱きとめてもらえて。
しようのない子を見るように私を抱きとめたラチイさんは、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でてくれる。
「制作はいつ始められますか?」
「作りたいものはもう決まってるんだ! だから材料がほしいんだけど……」
「どれです?」
魔宝石を作ることが決まったら、あとはもう話が早い!
ラチイさんに材料を聞かれて、私は指折り数えていく。
オーロラのホログラムに、立体的なモールド、チェーン、リングパーツ、えとせとら。
でもその中で、ラチイさんの反応が微妙に良くないものが一つ。
「オーロラのホログラムですか……」
「ある?」
ラチイさんは、私が普段、レジンアクセサリーを作るときに使っている素材もよく見てる。それに相応するものを用意してくれるんだけど、中には魔宝石の素材として代替できるものが見つかっていないものもある。
もしかして今回もそれかな、と思ったんだけど。
「近しいものに心当たりはあるんですが、すぐには用意できないかもしれません」
「えっ、また私、大変なものを要求しちゃった感じ!?」
代替できるものがあるらしいことにほっとしたけれど、すぐに用意できないって言われて慌てちゃう!
「銀色の鱗粉よりは手に入りやすいですよ。それに……」
あわあわとする私をどうどうと諌めるように、ラチイさんは顔をあげると、私たち二人のやりとりをじっと見つめていたロランさんへと視線を向けて。
「ちょうどよいところに、腕の立つ人もいますからね」
ラチイさんに矛先を向けられて、ロランさんも観念したように肩をすくめて笑った。
魔宝石を作ると決めたあとのラチイさんの行動は早かった。素材狩りをするための手配をあっという間に整えてしまう。
手配をするって言っても、もう一人、人を呼びつけて、それぞれの装備を揃えて、素材があるだろう山の中へ転移するってだけなんだけどね!
「いきなり呼ばれて魔獣退治とか、ほんとコンドラチイは人使いが荒いな」
「おやダニール、嫌なら帰りますか? せっかく希少素材の採取に誘ったのに。頼もしい援軍付きで」
「喜んでお供させていただく所存!」
そう、今回の素材採取に呼ばれたもう一人とはダニールさん! 素材採取ならダニールさんが一番適任なんだとか。
そんなダニールさんはラチイさんと同じ、いつもの第三魔研の制服姿。私もラチイさんに言われて、第三魔研の制服を着てる。これを着てればちょっとの怪我くらいなら防いでくれるからだって。
ラチイさんにからかわれながらもダニールさんは先陣を切って歩いていく。その後ろをラチイさん、私、それから騎士の鎧装備をしっかりと着込んだロランさんが続く。すごい、なんだかRPGのパーティみたい。ちょっと魔法職が偏ってるけどね!
慣れない山道をえっちらおっちら歩いていると、ラチイさんが私のことを気遣うように、時々、後ろを振り返ってくれる。
「智華さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫! 山歩き日和だね!」
「都会育ちの智華さんにはつらいでしょう」
「平気! 体力は有り余ってますとも!」
まぁ、慣れないブーツの山歩きで足への負担は大きいけどね!
でもそんなことを言ったら、強制送還されるのは目に見えていたし。自分で言い出した手前、素材採取くらいは手伝いたいからね!
「待っていてくださればよかったのに」
「見つかりにくいものだから、人手があったほうがいいんでしょ? なら私も手伝わないと!」
採取の名人、ダニールさんを呼んだくらいだもん。すぐに見つからない希少なものって聞いてるから、猫の手も借りたいんじゃない?
それになにより、私が早く魔宝石を作りたいし!
私のその下心を見透かしたのか、ラチイさんが口を酸っぱくさせる。
「遊びではないので、くれぐれも気をつけてくださいね。俺は帰りの転移のために魔力を温存しないとですから、あまり戦力にはなりません。ダニールとロランの言うことを聞いて、あと、護身用の魔宝石もしっかり持って」
ラチイさんが過保護!
でもこのために自分で自分用の護身用の魔宝石を即興で作りました!
森の中と聞いていたから草系で、発動すると蔦の壁が出るタイプ。とはいえ、私じゃ自分で魔宝石を使えないので、自動的に発動するようにするのが大変だったんだけど!
イカリソウを詰めた紫色のバングル。
これさえ発動してくれれば、逃げる時間くらいは稼げる! 予定!
「おっ、あったぞ、這った跡だな」
先頭を歩いていたダニールさんが何かに気づいてしゃがみ込む。ラチイさんもしゃがんでくれたので、私はその後ろからロランさんと一緒にのぞき込む。
そこはなにかを引きずったように、地面がえぐれて土がむき出しになっていた。
「……思ったより大きい?」
私が両手を伸ばさないといけないくらいの幅がない?
「白大蛇の成獣はこのくらいだぜ。とはいえ、成獣サイズだとあまり脱皮はしないからなー。痕跡をたどって、巣を探すか。そっちなら抜け殻が見つかりやすい」
私の欲しいオーロラのホログラム。
それに近い素材は、白大蛇っていう魔獣の抜け殻なんだって。
白大蛇自体は討伐報告もちらほらあって、鱗とかは素材として出回っているみたいなんだけど、抜け殻はこうやって採取に来ないと見つからないそう。
なのでこうして地道に地面とにらめっこしながら、抜け殻探しをしてるんだけど。
うーん、なかなか見つからない!
「くっそー、野宿はしたくねぇんだが! 俺、明日、朝からデートなんだけど!」
「白大蛇がそもそも希少種だからね。巣さえ見つかれば、近くに一つくらい落ちてると思ったんだけど」
ぼやくダニールさんに、ロランさんが苦笑する。
ロランさんが直近の討伐報告のあったところを教えてくれて、そこから巣を探しているんだけど、なかなか目当てのものは見つからない。地道に森をうろうろしていて、ちょっと私も疲れてきた。自分から言い出したから弱音は吐かないけど!
「ねねね、ロランさんは白大蛇を見たことあるんですか?」
「もちろんだとも。魔法が効きにくいから、討伐に苦労したけれどね」
そうなんだ。魔法が効きにくいってことは、剣とかで倒すってこと? 私の頭の中では騎士団の人たちを訓練場でひと薙ぎしているロランさんのイメージが強い。そんなロランさんが苦労する魔獣って相当強いモンスターなんじゃない?
それ以降も雑談しながら抜け殻探しに精を出す。
気分は小学生の頃、四つ葉のクローバー探しをしていた時みたいな。まぁ、探しているのはクローバーみたいに可愛いものじゃないんだけど!
ちょっと開けた場所に出たので、ちょっと休憩することに。ふぅ、と近くの倒木に腰掛けようとしたら、私の手を取ってラチイさんが私を立たせる。
あれ? 休憩では?
「ラチイさん?」
「静かに」
ラチイさんの厳しい声。
気がつけば、ダニールさんとロランさんも、なにかを警戒するように一点を見つめていて。
私がこくりと喉を鳴らせば。
『キシャ――――――!』
「へびー!」
噂をすればなんとやら!
白大蛇が牙を剥く!




