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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
サンライズ・サンキャッチャー

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吸血鬼の本能【前編】

 文化祭の準備や、イネッサ様のことでドタバタしてたけど、いよいよ新学期が始まった。


 数日前、紫外線対策グッズを持ち帰ったラチイさんが、ロランさん経由でこっそりとイネッサ様にグッズを渡してくれたらしい。


 日焼け止めを筆頭に、傘とか、UVカットの服とか!

 夏ももう終わりがけだったから、セールで良い感じにお安く手に入ったのが嬉しいよね。


 で、今はそれをイネッサ様にお試ししてもらっているんだけど、お昼休みにスマホを見たら、ラチイさんからメールが届いていた。


 いつものように麻理子と机を合わせてお弁当を食べながら、メールを開いてみる。


 ええっと、なになに?


『こちらの国のものに比べて効果はありました。朝方の日差しの弱い時間帯でしたら部屋の中でも過ごせたようなのですが、完全に遮断ができなかったようで、時間が経つごとに火傷の症状がみられたそうです。昼間の部屋でそうだったので、外での直射は厳しいかと』


 メールを見て、私は愕然とする。

 ハラハラしながら最後までメールを読めば、イネッサさんは今、火傷の治療中で、命に別状はないとも書かれていた。


 だけど、私の心臓はドッドッと大きく鳴ったまま。


「ど、どうしよう……私がばかみたいなこと言ったから……」


 イネッサ様、痛かったよね、つらかったよね。

 私の不用意な発言で、こんな。


「智華ちゃん、どうしたの?」

「ま、麻理子」

「体調悪い? 顔色が悪いよ?」


 麻理子に言われて、スマホを握っている自分の手が真っ白になってることに気がつく。ちょっと気を抜くと、身体が震えそうで。


 なんとかとりつくろって、麻理子に笑いかける。

 麻理子に心配かけちゃ駄目だ!


「う、ううん、大丈夫!」

「大丈夫ならどっか行け。俺の麻理子に心配かけさすんじゃねぇよ」


 間の悪いことにジローがやってきた。相変わらずジローの腕には購買のパンがいっぱいで、この人の胃袋、ほんとどうなってるのか不思議に思う。


 とはいえ、私の内心は最悪の事態に動揺しっぱなし。そんなこと、ジローにだけは一番知られたくないから、いつも通りに軽口をふっかける。


「山田ジローくん、嫉妬ですかー? 私のこと心配してくれる麻理子が羨ましいのかなー?」

「お前のそういうところうぜぇ。あと、ミドルとファーストつなげんな」


 ジローが舌打ちしながら私をにらみ返してくる。

 私とジローの間で見えない火花がバチバチとし始めたところで、麻理子がジローのためにもう一つ机をくっつけて、ジローを椅子に座らせた。


「ふたりとも、ご飯食べよう? お昼休み終わっちゃうよ」

「麻理子の言う通りだな!」

「変わり身はっや」


 ジローが麻理子に従順なのはいつものことだけど!

 まぁ、なんとかこの場を切り抜けられたかと思って、憂鬱なメッセージが映るスマホはポケットにしまいこむ。


 メールのことは落ちついて考えよう。そう自分に言い聞かせて動揺した胸を落ちつけるために先延ばしにしようとしたのに、それを見逃してくれない目ざといやつがいた。


「で、カラス女。今度は何に悩んでんだよ」


 私がうまく切り抜けられたと思った隙をついて、ジローが話を蒸し返してくる。


 こ、この男は……!

 だけど私、ジローにだけは弱みを見せたくないんで!


「カラスじゃないし、ちゃんと名前で呼んでくれないかな山田ジローくん」

「てめぇにそっくりそのまま返すわ」


 バチバチにまた火花を飛ばし合おうとすれば、麻理子がまた間に入って。


「ふたりとも、喧嘩はやだよ」

「「喧嘩してないから」」


 私とジローの残念なところは、麻理子に弱いところだよね。うん。


 麻理子の手前、これ以上ジローにも喧嘩を売るのも気が引けるし、今はやっぱりそんなことにエネルギーを使えるほど元気がないのも事実。


 私はお弁当のおかずをつんつんとつつきながら、ジローにそれとなく聞いてみた。


「あのさ、ジローは吸血鬼を信じてる人?」


 ジローはパンの袋を一つ開けると、ばくんっと大きなひとくちでかぶりつく。パンの三分の一がジローの口の中に吸いこまれて、その見事な食べっぷりがちょっと清々しい。


 口の中をしばらくもごもごさせてお行儀よく飲みこんだジローは、口の端についたパンの粉砂糖をぺろりと舐める。


「まぁー、いるかいないかで言われたら、いると答えるほうだな」

「ふふ、ジローってたまに可愛い所あるよね」


 麻理子さん、それはどっちの意味かな? ジローの舌ペロ? それとも吸血鬼信じてるファンタジーな思考?


 思わず麻理子の反応に遠い目になっていれば、ジローが麻理子の頭をわしわしと撫でていて……ああ、もうこのバカップル! 目の毒だよ!? クラスメート、何人か目をそらしまくってるよ!? 私も目をそらしたいよ!?


「で、その吸血鬼がどうした」


 私が内心荒れ狂っていることなんてつゆ知らず、ジローは珍しく親身に私の話を聞いてくれるようで、会話のバトンをまわしてくれる。


 私はどう言おうか迷っちゃって……でも、素直に聞いてみることにした。


「お日様の下に行きたがってる吸血鬼がいたとして、どうやったら太陽の下でもその人が生きていけるのかなって思ってさ」

「無理だろ。お前、魚に陸で呼吸しろって言って殺すつもりか?」

「そんなことしないし!」

「それとおんなじだ」

「ううっ」


 ラチイさんとまったく同じ答え!

 でもつまり、ジローの認識がラチイさんと同じということは、異世界ではそれが一般常識ってことなのかもしれない。


 それを無理やり打破しようとした私は、結局イネッサ様につらい思いをさせて……あ、むり、へこみすぎて泣きそう。鬱。むり〜!


「でも、漫画とか映画とか、太陽が平気な吸血鬼もいるよね」

「麻理子、よく知ってるな! そもそも吸血鬼が太陽に弱いっていうのは後づけの設定だ。元来吸血鬼は、別に太陽に弱くないし」

「えっ、そうなの!?」


 ジローの華麗な掌返しに、落ちこんでいた気持ちがひっくり返る。


 ちょっとそれ、詳しく!


「ほら、検索かけてみろよ。吸血鬼が太陽に弱い設定の初見は、二十世紀に入ってからだな。ここ百年くらいの話」

「ひゃくねん……」


 ジローに言われたとおり検索してみる。

 たしかに、吸血鬼が太陽に弱いっていう設定の初見は二十世紀に入ってからだ、みたいな説がある。それまでに見受けられる伝承では、太陽の光を浴びてる吸血鬼もいるみたい。


 えっ? じゃあ、なんで太陽に弱いなんて言われてるの?


「吸血鬼ってこぇえんだよ。弱点がないんだ。人間の血を吸って生きるから、人間の一番の天敵って言ってもいいんじゃないか。その無敵な吸血鬼に弱点を作っておかないと、人間なんてすぐに滅びたかもな」

「弱点を作るとか、それこそ無理な話じゃん」

「まー、創作だからできることだな。その辺りは書きたいやつのご都合主義だけど。でも、それが真実なのかもしれないし? ヴァンピーノ伯爵とか」


 火のない所に煙は立たないって言うしな、と続けたジローは、そのまま手に持っていたパンをばくんっと食べきってしまう。


「太陽に弱い吸血鬼なんて、夜目の利かない鳥と一緒だ。狼なら鼻か……餌が取りづらくて適わない、かわいそうな生き物だろ。その上、種の本能も忘れてるんなら、ただの搾り滓だ」


 ぽつりとこぼしたジローの言葉は、やけに実感がこもってた。


 狼、という言葉。もしかして、自分のことに置き換えてるのかな? 獣人として、ジローもなにか生きにくさを感じているの?


 つらつらとジローの言葉をかみ砕いていれば、最後の一言が引っかかって。


「……種の本能って?」

「さてな」


 ジローは答えない。

 二つ目のパンの袋を開くと、また見事な食べっぷりでパンを飲みこんでいく。


「ふふ、ジローったら覚え間違いかな? これじゃない、智華ちゃん。ジローが言ってた伯爵。ドラキュラの」


 私とジローが話しこんでいる間、麻理子は吸血鬼ものの映画作品とかを調べてくれたみたいで、私に色々と作品のURLを送ってくれた。その中には実在した伯爵が吸血鬼だったっていう映画もあって。


 それを見て、はたと気がつく。

 ジロー、さっき、なんて言った?

 ヴァンピーノ伯爵って言ったよね?


 じっとジローを見れば、こっちに小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてくる。……これは絶対、私が悩んでることに気がついてるね?


 でもそのおかげで、冷静になれた。

 吸血鬼のこと、もっと調べたほうがいいかもしれない。


 ジローにははぐらかされたけれど、特に種の本能という言葉が、やけに耳に残ってる。


 今さら私なんかが、手出しして良いのか分からない。


 怪我させちゃったこと、謝って許してもらえるようなことではないと思うけど……でも、だからこそ、イネッサ様に痛い思いをさせてしまった分、どうにか償いたいっていう気持ちが強いんだ。


 だから私は自己満足と思いつつ、その日一日、文化祭準備そっちのけで吸血鬼のことを調べたおして。


 イネッサ様の願いを叶えるための可能性に、ひとつ気がついた。


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