あなたとわたしの好きなもの
イネッサ様が執事さんにお茶をお願いしてくれて、四人で一つのテーブルを囲む。紅茶はとてもいい香りで、気分はアフタヌーンティー。ちょっと大人の気分かも!
「早速ですが聞きたいことがあります!」
まずは友好を深めましょうということで、合コンさながらの質問ターイム!
私は向かいに座っているイネッサ様に、はいはい! と主張してみる。
「イネッサ様の好きなものはなんですか?」
ずばり、初対面の人の人柄を知りたいなら、好きなものを聞くのはかかせないでしょう!
聞きながらも、眼の前の人を様付けして呼ぶのってちょっと気恥ずかしかったり。でもでも、ラチイさんにイネッサ様は貴族のお嬢様だからって言われたので、きちんとそこは礼節を持たねばということで!
「好きなもの……」
私の唐突な話題の振り方にもイネッサ様はきちんと考えてくれる。ラチイさんはティーカップを口に運びながら微笑んでるし、ロランさんは穏やかな表情でイネッサ様を見守ってる。
イネッサ様は考える素振りを見せながら、ふわりと微笑んだ。
「そうね、刺繍は好きよ。糸と布さえあれば延々にやっていられるわ」
「刺繍! すごいですね! 私、ちょっとしたお裁縫も苦手なので羨ましいです!」
家庭科部にあるまじきことにね!
家庭科部の手芸部チームのくせにね! 針と布の扱いがね! 残念でね!
私がすごいすごい! って褒めると、イネッサ様はちょっと目を丸くして、ほんのりとはにかんで。
「そうかしら」
「はい! 私ってば針の扱いが下手すぎて、よく指にチクチクしちゃうんです。あの、このお部屋に、イネッサ様が刺繍したものってあるんですか? もしあったら、見てみたいです!」
「ふふ。たくさんあるわ。ぜひ見て頂戴」
イネッサ様はそっと視線を部屋に移すと、その視線の先を拾って、執事さんが色々とテーブルの上に小物を運んできてくれた。すごい、映画でよく見るあれだ! 以心伝心なお嬢様と執事の図! リアルー!
私がうっかり感動している間に、執事さんがハンカチを筆頭に、布製の小物入れ、クッションカバーを持ってきてくれた。そのどれもが綺麗な刺繍で、特に植物の刺繍は鮮やかで緻密で、美術品みたいに触るのがもったいないくらい。
「やっぱりすごいなぁ……麻理子と気が合いそう……」
「マリコ?」
「友達です!」
思わずぽろりとこぼれた名前をイネッサ様は拾ったようで、聞き返されちゃう。私は慌てて答えたんだけど、友達と言った瞬間、イネッサ様の表情が少しだけかげったような気がした。
私、なにかまずいことを言っちゃったっ?
内心、申し訳なくあわあわしながら執事さんに刺繍アイテムを返していると、今度はイネッサ様から質問が飛んできた。
「チカは何がお好き?」
私の質問のお返しかな?
イネッサ様に問われて、私は拳を握りしめつつ、力説する。
そりゃあ、もちろん!
「きらきらしてて、つやつやしてて、きれいなものが好きです!」
魔宝石とか魔宝石とか!
お前はカラスかって言われるくらい、光り物が大好きです!
笑顔で答えれば、イネッサ様はくすりと笑う。ロランさんも楽しそうに目元をゆるませるし、ラチイさんなんか分かっていましたと言わんばかりに慈愛の眼差し。ちょっとラチイさん、その視線は恥ずかしいのでやめてくださいませんかー!
ちょっとだけ拗ねてラチイさんに抗議の目を向けていれば、ラチイさんは咳払いしてまた紅茶を口に含んだ。もー、言いたいことあるなら言っていいのに!
そんな私とラチイさんの静かな攻防があるなんて気づかずに、イネッサ様はさらに質問を重ねてくる。
「そう。それなら、チカが一番綺麗だと思ったものは何かしら?」
私が一番綺麗だと思ったもの?
そう言われると、ちょっと難しい。
綺麗なものってひとえに言いきれない。
宝石には宝石の綺麗があるし、綺麗な景色にも朝や夜で綺麗の基準は変わっちゃう。人だって美人さんやイケメンさんもジャンルによって違うし……うーん。
「いっぱいあって決められないんですけど……」
パッと思いつくのってなかなかな〜。
あれもこれも綺麗なものはたくさん思い浮かぶけど、一番って言われるとちょっと困る〜。
なにかあったかなーと、私はいつもの癖でポケットからスマホを出して、アルバムのなかにあるお気に入りコレクションをタップした。
それからそれを、スマホごとイネッサ様に見せて。
「これ、私が綺麗だなって思ったものの写真です! いっぱいあって、決められないんですけど、その時、その瞬間、私がときめいたものがいっぱいつまってますよ!」
これでどうかな、どやっ! としていたんですが。
「智華さん……」
「えっ?」
ずももも、と隣からちょっと圧が。
え、ラチイさん?
ラチイさん? あの? えっ? 背中から黒いオーラ的なものが出てませんか!?
私なんかまずいことしちゃった!? と慄いていれば、ロランさんがイネッサ様と一緒にスマホをのぞき込んでいて。
「これは……絵、かい?」
「なんて精巧な……これはチカの故郷の絵なのかしら。まぁ、触ったら絵が変わったわっ」
ロランさんとイネッサ様が、おっかなびっくりスマホを触っている。その言葉を聞いて、ラチイさんの言いたいことを察した。
ごめんねラチイさん! スマホなんて異世界の文明の利器のトップオブザトップだったね! ごめんね!
あわあわしていれば、イネッサ様が写真のうちの一つに吸い寄せられたかのように、指を止めてじっくりと画面を見つめている。
「素敵ね……」
ほう、とため息をつくイネッサ様はなんの画像を見ているのかな。
じっとイネッサ様を見ていると、その赤い瞳が明るく輝いたのが見えたけど、すぐに諦めの色を宿してしまった。
「ありがとう。チカの故郷は素敵なものであふれているのね」
「そう思うでしょう? でも、これってごく一部なんですよ。私のご近所なんてごみごみしてて、無機質で、たぶんイネッサ様が来たらびっくりするくらい汚いと思います!」
スマホを返してくれながら、イネッサ様が感想を述べてくれる。スマホに映っているのは、家族で遊びに行ったネモフィラ畑の写真だった。
一面、綺麗なスカイブルーの絨毯が広がって、ネモフィラと空の境界線が曖昧になるくらい綺麗な風景。
イネッサ様はこの画像が気に入ってくれたのかな?
スマホをポケットにしまいながら、イネッサ様の想像力にストップをかけておく。たしかにネモフィラ畑みたいに綺麗な景色もいっぱいあるけれど、日本はどっちかというとそういう場所のほうが珍しいからね!
でも私の言葉でイネッサ様が気にされたのは、日本の汚い風景とかではなく。
「まあ、そうなの。もしかしてチカは平民なのかしら」
平民、と言われて、あっ、と気づく。
もしかして貴族とか平民の身分制度による偏見とかあります……?
ちょっとそわっとしたら、隣から穏やかな声が聞こえてきて。
「智華さんの母国では、身分制度が随分昔に廃止されているそうです。なので身分という概念がありません。とはいえ、それだと都合が悪いので、ラゼテジュでは俺が後見人になっていますし、国王陛下より国賓として身分も保証されていますよ」
なんてことないように説明するラチイさんの声は、優しくて咎めるような口調じゃない。
その声に元気づけられるようにしてイネッサ様を見てみれば、イネッサ様は別に私を見下すような素振りもなくて。
「まぁ、チカは国賓なのですね。それなら私こそ粗相しないようにしなくては」
「えっ!? そんなことないよ!? イネッサ様、とっても上品じゃないですか! というか私が国賓ってなに!? えっ!? ラチイさん!?」
「なんで当の本人が知らないんだい」
ラチイさんの言葉を拾ったイネッサ様の言葉に、私も気がついて慄く。国賓って!? 私、ただの女子高生だよ!? 国賓女子高生ってなに!?
混乱の極みに突き落とされた私を見たロランさんが呆れたように言うけれど、いやほんと、本人にそういうことは早めに教えてくれないかな!?
「智華さんのことは魔術師長を通して、国王陛下と宰相様に身分の保証をしてもらっていますから。初めてお招きしたとき、身元不明者として王宮にあげれませんでしたからね」
魔術師長ってあの人だよね……私のことをめちゃくちゃ見下してきたいけ好かないおじさん……。ラチイさんと同じ苗字で、初めて会った時に私の魔宝石を踏みつぶして壊した、大の苦手な侯爵様……。
苦々しい記憶が蘇ってきちゃって、かなり複雑な気分でいると、くすくすとイネッサ様から笑い声がした。
「チカは目まぐるしい人生をおくられてるのね」
「いや、もっ、普通ですよ!? 普通の女子高生ですからっ! あっ、でもラチイさんのせいでここ最近は、ファンタジー世界に足踏み入れまくりで普通の女子高生って言い切れない気もする!」
「気もする、じゃなくて、もうすでに智華さんは普通の学生とは言えないのでは? ほら、智華さんの国の物語で流行りにもなってるじゃないですか、こういうのは」
「ラチイさんよく知ってるね!?」
最近流行りの異世界ものね! ほんとね! あれ!? じゃあ私、今まさに主人公級の人生送っちゃってる!?
全然全く意識してなかった事実に行き当たり、愕然としていると、イネッサ様が声を上げて笑った。
「面白い人ね、チカったら」
あああっ! 私の第一印象、面白い人になっちゃった気がする!
こんな綺麗で上品な人に面白い人って言われるの、ちょっと複雑だようっ!




