魔宝石はエリクサー?
ロランさんが帰ったあと、ちょっとおねむになってしまったらしいムーンを私のお部屋でお昼寝させる。
ふにゃふにゃ言いながらベッドでくてんと正体をなくして寝ているムーンはとっても可愛かったけれど、私はラチイさんに聞きたいことがあったから、後ろ髪を引かれながらも居間に降りた。
ちょうどラチイさんも採取の道具を片づけたり、飲み物が入っていたグラスを片づけ終わったようで、ソファーに座ってくつろいでいるところだった。その手にはさっきと同じ紙束がある。
「ラチイさん、お仕事中?」
「いえ、急ぎではないので。どうかしましたか」
声をかければラチイさんはいつものように応えてくれる。私はその隣にすとんと座ると、さっきから胸の奥でくすぶってることを聞いてみた。
「どうしてロランさんに魔宝石を作ってあげちゃだめなの? オディロンさんのときは良かったのに」
夏休みの最初の頃、妖精女王ティターニアさんのために魔宝石を作ったばかり。全力で私情をはさみまくりで作った魔宝石だったんだけど、あれが良かったのに、ロランさんの話を断ったのがちょっともやもやしてるんだよね。
だから思い切って聞いてみたんだけど。
「あれは特例ですよ。相手が妖精女王でしたから。人間の理の外にある存在で、こちら側が故意に干渉しようとしてできるような存在ではありません。とはいえ、智華さんの作ったものが禁忌すれすれでしたから……それなりに危ない橋だったんですよ」
そ、そうだったんだ……。
何も考えずに、あれやりたい! こうしたい! って我儘言ってたけど、実はラチイさんにかなり迷惑かけていた感じ……?
だらだら冷や汗を流しながら反省していれば、紙束に視線を向けていたラチイさんの顔が上がる。琥珀色の瞳が私をまっすぐに映すから、私は反射的にしゃきっと背筋を伸ばした。
そんな私を笑うことなく、ラチイさんは私に問いかけてくる。
「智華さんはエリクサーを知っていますか?」
「エリクサー?」
「万能薬です。この万能薬をめぐり、過去、たくさんの犠牲者がでました」
万能薬! すごい! と思ったのも束の間、その万能薬を巡る逸話に、ひぇっと変な声が出てしまう。
ラチイさん曰く。
エリクサーはあらゆる病気や怪我を治してしまう万能薬。それに救われた命も多くあったけれど、希少な薬はなかなか手に入るものでもなくて、争いの種にもなったんだって。やがてエリクサーは不老不死の薬という噂もでまわって、材料の一つが採取され尽くしたとき、最後のエリクサーを巡り、国同士の戦争が起きるほどだったとか。
似たようなものに、賢者の石と呼ばれるものもあるらしい。賢者の石は私でも知ってる。ハリウッドの魔法使いの映画の題材にもなってたからね! その賢者の石も、エリクサーと同じように争いの種になったそうで。
ラチイさんはそう話をしてくれたあと、いつにもまして真剣な表情で私と視線をあわせてくる。
「もし魔宝石がエリクサーや賢者の石になってしまったとき、危険なのは智華さんなんです」
「私?」
「現状、願いを叶える魔宝石を作れるのは智華さんだけです。万能薬を作れる貴女を手に入れたい人は大勢いるでしょう。ですから第三魔研は智華さんの名前をできるだけ伏せていますし、流通させる場所も限定しています」
私は目を丸くする。
私の知らないところで、そんな配慮があったなんて知らなかった。
思いがけない危険性に目をまたたいていると、ラチイさんはさらに追撃するかのように大変な事実を教えてくれる。
「だからこそ、王女殿下にお作りになった魔宝石は賢明だったと思います」
突然話題に上がった、王女様に作った魔宝石。
それは、私が作るアクセサリーが魔法のアクセサリーだと知って、初めて魔法を意識して作った魔宝石だったんだけど……。
「えっ、私、なにかやらかしちゃった!?」
「いいえ、その逆ですよ。人の心を操る魔宝石なんて、王女殿下へ献上できないでしょう? 智華さんが見込んだとおりの人で本当に良かった」
そう苦笑するラチイさんに、私もはっとする。
似たようなことを、私はお姫様に言った気がする。
人の心を操るような魔宝石は作れないって。
だからあなた自身の魅力を磨くべきだって。
まだたった数ヶ月前のことなのに、もう懐かしくなる。あの時のことを思い返していると、ラチイさんの声で現実に意識が引き戻された。
「ロランには申し訳ありませんが、彼が欲しがっている魔宝石は種の本能を捻じ曲げるような魔法になるでしょう。そうなれば必然的に、人間という枠組みが魔宝石によって狂わせられるかもしれない」
吸血鬼としての先祖返りの体質を魔宝石でどうにかすることは、病気や怪我を治すこととは意味が違ってくる。それこそ、それができてしまえば、エリクサーが不老不死の薬だと言われたようなことが起こりえる。
ラチイさんはその可能性を考慮すると、第三魔研の室長として安易に許可は出せなかったんです、と言った。
それに。
「それに智華さんは、責任持って俺が守るとご両親と約束しましたから」
ラチイさんは異世界での私の保護者代わり。
日本にいるお父さんとお母さんとの約束だと言う。
たしかに高校生とはいえ、私はまだ未成年で、大人の庇護が必要かもしれない。
でも、どうしてかな?
ラチイさんがロランさんのお願いを断ったときと同じくらい、ちょっと胸がもやっとした。
◇ ◇ ◇
夏休みも残り三日。
異世界と部活を行ったり来たりな私はちょっぴりお疲れモードだけど、やらないといけないことが渋滞してるので頑張りたい所存!
とはいえ、ラチイさんのところではち合わせたロランさんの話は未だ不完全燃焼のままだったり。
いやね? わかってはね? いるんだよ?
ラチイさんが私のことを守ってくれてるのだとか、異世界の倫理的な問題だとか。
でもそれとは別で、もやもやしてるのは。
「治療法があるのに治せないなんて、おかしいと思わない?」
文化祭準備のために学校に来ている私は、麻理子と一緒にお昼休憩中、ぽろっとそんなことをこぼしてしまった。
「またなにか悩みごと?」
「うーん、そうなんだけどー」
麻理子にロランさんとその婚約者さんの話をしてみる。
要約すると、不治の病を患った恋人を救いたい人が、薬になるかもしれないものを譲って欲しいと言ってきた、みたいな?
麻理子はうんうんと私の話を聞いてくれて、私が納得するようにラチイさんの話も噛み砕いてくれる。
「聞いていて思ったんだけどね、コンドラチイさんが持ってる薬って、きちんとした治療薬じゃないんでしょう?」
「んー、まぁ、そうだね?」
むしろ私がその薬、イコール魔宝石を作るんだけど、ほんとうにそれで体質改善ができる見込みもないんだけどね!
あははー、自分の無力さに乾いた笑いしか出ないです。
そうやって無力感に打ちひしがれる私を、麻理子は慰めてくれる。
「日本もそうじゃない? 臨床試験とか、非認可とか。お薬がちゃんとできるまで時間がかかるし、量産するのにも大変で、薬が追いつかないなんてこともあったよね」
新型の流行ウイルスとかね。新薬のニュースが毎日のようにテレビで流れてたな〜。
まさに麻理子の言うとおりなんだけど、やっぱり釈然としないのも事実で。
多分一番もやもやしてるのは、薬代わりの魔宝石を作ることができるのに、私が危ないからだめって言われているのがなぁ。
「……ロランさんが可哀想」
「智華ちゃん……」
ぽつりとつぶやくと、麻理子も困った顔になる。あーもー、こんな困らせたいわけじゃないのにー!
現実的に自分の無力さがいやなんだよっ!
余命宣告されても結婚する人たちは映画の中だけだと思ってた。でもロランさんも婚約者さんも、現実にいる人なんだよ。ロランさんからは婚約者さんを大切に思ってることがひしひしと伝わってきたんだ。それなのに運命は残酷で、ロランさんと婚約者さんをいじめようとする。助けを求めに来てくれたロランさんの力になれないことが、悔しいんだようっ!
「笠江が思うほど、ロマンティックなもんじゃないかもしれねぇぞ」
はぁ、とため息をつけば、すぐそばから久しぶに聞く声が聞こえてきた。
トレードマークのような赤っぽい茶髪が、青々とした植物に囲まれた中庭でやけに目立つ。そういえばこいつもクラスの模擬店のために登校してるって言ってたっけ。
「意気地なしジローがなんか言ってる」
「あんだと?」
「こらこら」
ぼそっとつぶやけば、地獄耳なわんこ男子がこっちを睨んで威嚇してくる。私がぷいっと視線をそらせば、どうどうとなだめる麻理子をジローがぎゅうっとめいっぱい抱きしめて、バカップルの本領発揮してるし!
今日も暑いですー、炎天下ですー、カップル模様ですー。ってやさぐれたい気分になっていたら、ジローがさらに火に油を注ぐようなことを言い出して、私はカチンと来た。
「世の中、愛だの恋だので結婚するやつらばかりじゃねぇんだよ。婚約なんてのは政略が当たり前だ。もしかしたらそいつ、金とか名誉狙いかもしれねぇだろ。ま、俺と麻理子は愛ある結婚だけどな!」
このへたれ犬男子、めちゃくちゃ最低なこと言うじゃん……!
「ロランさんはそんな人じゃないし! そういうあんたこそ、麻理子と愛ある結婚したいなら、さっさと本当のことを――むぎゅ」
「口出しすんなよ、宝石女」
ちょっと、女子の顔面鷲掴みとかどういうつもり!?
なんとかジローの腕から逃れて睨みつければ、ジローのほうも見たことないくらいの眼力で私を睨んでる。ひえっ、瞳孔開いてないっ? ちょ、怖いんですけど!?
ジローはいまだに自分が異世界の人間で、それも普通の人間じゃなくて獣人だってことを麻理子に言えていない。
ジローにとってこの話は相当デリケートな話みたい。分かってはいるけど、分かってはいるけど〜!
これも私の中でもやもやしてる一つだったり。
とはいえ、ジローの言うとおり、部外者である私が口出しして良いものではないんだけどさー!
ぐぬぬぬ、とジローと視線で見えない火花を散らし合っていると、麻理子がジローに抱えられたまま、よしよしとその手を撫でた。
「もう、また喧嘩? ほらジロー、落ちついて。ぎゅうしよう?」
「ああああっ、麻理子可愛いなっ!」
麻理子になだめられて、一瞬で表情が崩壊して見えない尻尾をぶんぶん振りまくるジロー。バカップルだ、この炎天下にバカップルがいるよーぅ……。
やってらんなーいと思って、私はお弁当を広げることにした。普通の登校日と違ってお昼休み終了のチャイムはならないけど、午後からの作業の時間は減らせないからね! ちゃっちゃとご飯食べて、作業に没頭すれば余計なことを考えずに済むし!
そうしようと一人で納得していれば、ジローが麻理子を抱きしめながら、こっちを見ているのに気づく。
「なにさ」
「まぁ、これこそ余計なお世話かもしれないけどな。その話、お前以上に悔しいやつがいるかもしれねぇぞ。そいつが何も言わないなら、お前がとやかく言う資格はねぇよ」
ジローの言葉が胸に刺さる。
ロランさんの件で、私以上に悔しい思いをしている人。
頭の中に、琥珀色の瞳が思い浮かぶ。
きっと、ロランさんを助けてあげたいという気持ちは、ラチイさんのほうが強いと思う。だってロランさんはラチイさんの友達だ。せっかく頼られたのに、色んなしがらみのせいで助けてあげられないなんて。
「……やっぱり、治してあげられるなら治してあげたいよ」
私を理由に、ラチイさんにつらい選択をさせたくない。それに魔宝石じゃなくたって、婚約者さんを助けられる方法があるかもしれない。
異世界にはなくても――たとえば日本ならさ。
「ん、決めた!」
ダメ元でラチイさんにメールしてみよう!




