バタフライ・イアーリング
満天の星が降り、流星もたなびく、満月の夜。
これからティターニアさんのお誕生日祝いに行くというフィールに、贈り物の魔宝石を見せてあげた。
『アラ、素敵ネ。でもコレ、必要かしらン?』
「フィールの体じゃ、ちょっと大きかったかなぁ」
『ニンゲンって分かんないン。中身だけでイイじゃないノン』
包装まできっちりした魔宝石の入った箱は、フィールの体と全くおんなじサイズになっちゃった。
文句を言うフィールに、私が笑っていると、私たちの背後でオディロンさんがそわそわとしきりに耳元を気にしていて。
「オディロン氏。そんなに触ると、落ちてしまいますよ」
「いやぁ……どうもこういったものを身につけるのは、慣れなくてね……」
オディロンさんの耳に飾られているのは、三つのビーズが連なった先に揺れる、アメジストの蝶。
私が作った、ティターニアさんに贈る魔宝石の、対になる蝶です!
ラチイさんの鑑定をギリギリクリアした蝶の片割れは、無事オディロンさんの手元に届いた。中に籠められていた魔法も、私の思い描いたものと同じで、ここまで上手くいくとは思っていなかったらしいラチイさんは、とってもびっくりしていた。
ただ、魔宝石の魔法が妖精界でもちゃんと発動するかどうかはまでは保証できない。
フィールに協力してもらって、一応妖精界でも使えるのは分かってるんだけど……人間でも同じようにいくのかまでは分かんない。
特に時差。妖精と人間の感覚が違うから、これがどう作用するのかが本当にわかんないだって。一応、私の魔宝石には、その時差を調整するような構築が入ってるらしいのは読み取れたらしいんだけど……ラチイさんでも、それがどの程度の時差調整ができるのかまでは予測できなかったみたい。
オディロンさんもそれを覚悟の上、でも一縷の望みがあるのならと、私たちに運命を託してくれた。
だからこうして、ティターニアさんの生誕祭だという今日、オディロンさんに何かあってもいいように、ラチイさんの家で一緒にスタンバイしておくことになったんだけど。
ラチイさんの家の庭先で、オディロンさんはずっとソワソワしている。
蝶のイヤリングがティターニアに届いてからが本番だからね。私もついついオディロンさんと一緒にそわそわしちゃうよ!
『行ってくるワ。チーカ、戦果を祈ってねン』
「うん! いってらっしゃい!」
そう言って、フィールは森のほうへと飛んでいった。小さな緑色の友人が、暗い森の中へ消えていくのを見送ると、森の遠くのほうで、淡く何かが輝いて。
胸のときめきが、一瞬だけ強くなる。
「妖精界への道が開きましたね。妖精の大移動だけあって、魔力の動きが凄まじいです。智華さん、体調に変化は?」
「私? 平気だよ! ちょっと胸がドキドキしたくらい?」
「……段々と智華さんの感知能力が強まっていますね。これが吉と出るか、凶と出るか……」
ラチイさんがなにか難しいことを考えてる。まぁ、この間のムーンの時みたいな極端なのは嫌だけど、別にそんなに気にすることかなぁ?
「まぁ、いいでしょう。とりあえず今は、中へと入って、フィールの帰りを待ちましょうか。オディロン氏もどうぞ中へ」
「はーい!」
「すまないね」
庭から、あの居間につながる大きな窓をくぐって家の中へ。ラチイさんのあとに続いて、私も家の中に入る。
後ろに続くはずのオディロンさんを振り返ろうとして、急に視界が強烈な光に覆われた!
「っ、これはっ……!?」
「魔宝石が発動しました! 智華さんはこちらへ! オディロンさん、落ち着いて魔力を魔宝石に込めてください!」
「早くない!?」
フィールたち、今々行ったんだよね!?
「言ったでしょう、妖精界と人間界では時間の流れが違うと。体感時間の流れを見る限り、おそらく物理的な距離による時差ではないはずです。時間法則がそもそも違うのかと」
「ごめん、言ってることがわかんない」
「以前智華さんの仰っていた、ウラシマ効果というものの距離の原理は、妖精界に使えないということです」
「なるほど、分かったかも!」
半分くらいは!
「オディロン氏、慌てなくて大丈夫です。魔力が繋がれば、あとは導きに従うだけです。自分という意志だけを保つことに集中してください。約束通り一日経っても戻られなければ、イヤリングを通じて干渉し、強制転移させますから」
「あ、ああ……」
「オディロンさん! ティターニアさんによろしくね!」
強烈な光はオディロンさんの耳に飾られた蝶から発されているもの。オディロンさんが耳元に手を添えて魔力を込めると、徐々に強烈さが落ち着いて、紫の光だって認識できるくらいにまでトーンダウンした。
そうして、蝶が。
まるで生きているかのように、オディロンさんのイヤリングからアメジストの蝶が外れる。
皆が息をひそめる中、銀の鱗粉を散らしながら、ゆっくりとオディロンさんの周囲を飛び回って。
銀の鱗粉に溶かされるように、オディロンさんの姿もまた、粒子になっていく。
それがなんだか惹かれるくらい綺麗で、私が一歩踏み出そうとしたのを、ラチイさんが止める。
私のお腹に回る、ラチイさんの腕。ぐっと体ごと引かれて、ラチイさんの顔を見上げれば、彼はまっすぐにオディロンさんを見ていて。
「成功ですね」
その言葉につられるようにもう一度オディロンさんのほうを見れば、オディロンさんはもういなかった。
あとに残るのは、窓が全開の部屋に取り残された、私とラチイさんだけ。
「オディロンさん、無事に妖精界に行けた?」
「おそらくは。想定していた魔力量と魔力の流動を確認しました。それになにより」
ラチイさんが指をさす。そこに視線を向ければ。窓の外でひらひらと飛んでいるアメジストの蝶を見つけた。
「フィール・フォール・リーに魔宝石の試験をお願いしたときと同じです。あの蝶がいる限り、戻ってこれますよ」
「そっかぁ、良かった」
ほっとしたら、身体から力が抜けちゃった。
後ろに倒れかけたのを、ぽすっとラチイさんが受け止めてくれる……って、え?
「わわっ! ごめんラチイさん! 近いよね! ごめん!」
「気にしませんよ。むしろオディロン氏に近づく智華さんをとっさに引き寄せたのは俺ですから。俺のほうこそ、無遠慮に触れてしまってすみません」
「いやいやいや! 私がうっかりしてたのが悪いよね! ごめんね!」
あわあわしながら離れようとすると、さっきからずっとお腹に回されていた腕にぐえっとつかえてしまう。ラチイさん!? この腕は!?
「智華さん」
「はい!?」
「智華さんなら俺の――」
ラチイさんが何かを言いかける。
琥珀色の瞳が何かに縋るように揺れて、私の胸がとくんと跳ねた。
それはまるで魔宝石に感じるようなときめきとはちょっと違っていて。
きゅっと胸が詰まるような、そんな切ない気持ちになる。蜂蜜のようにとろりとしたラチイさんの瞳に吸い込まれそう。
ラチイさんは今、何を想っているんだろう。
それはまるで、随分と前に見た、お酒を飲んでいるときの夜の時間に感じた気持ちにも似ていて。
耳を澄ませて次の言葉を待っていると、ふっとラチイさんが笑った。
「時間を操るなんてこと、今回限りですよ。この魔宝石に関しては報告書も所々誤魔化しましたが、悪用でもされたら世界が滅びます」
「えっ、滅ぶ!? 滅んじゃうレベルなの!?」
「時間崩壊と言って、地球でいうタイムパラドックスという現象が――」
そこからはもうお説教のような、お勉強のような、難しい言葉のオンパレード。
私がやるやる! って言って、でも現実的に形になるのは五分五分と高をくくってたみたいなんだけど、実際にできちゃったから、これにはラチイさんも呆れを通り越してちょっとまずいって思ったらしい。でも私のやる気を削ぐのも、オディロンさんも同意していたのと、魔宝石の発展を天秤にかた結果、安全策を練るのに忙しくて、お説教は後回しだったとか。
あの大きな窓のある居間のソファーに座らされて、滾々とどれだけ私が危ないものを作ろうとしていたのかを教えられました。
ラチイさんだって、グレーゾーンどころか真っ黒よりのことしてるって言ってたじゃん! っていう私の抗議は「それとこれとは別です」というラチイさんの笑顔とともに一刀両断された。
それでもどういう条件下で時間操作可能な魔宝石が作れるのかというのも分かったから、ある意味危険な魔宝石構築の見本にはなったらしいんだけど。
褒められても、理論武装で滾々と諭されてしまえば嬉しさも半減だよぅ。
しょんもりとした気持ちで、その日はベッドに潜り込んだんだけど。
次の日の朝、オディロンさんが晴れやかな笑顔で妖精界でのお土産話を持って帰ってきてくれたので、私の気分は一気に浮上した。
◇ ◇ ◇
「というわけで、めでたし、めでたし!」
「智華ちゃん、楽しそうで羨ましいなぁ」
夏休みも終わりがけ。
久しぶりに部活動に顔を出した私は、夏休み中にあったファンタジーでミラクルな異世界の恋愛プレゼント大作戦の結果を麻理子に話してみた。
麻理子はコンクール用かつ文化祭で途中展示する予定のドレスのビーズ刺繍をちくちくと進めながら、のんびりと私の話に相づちを打ってくれる。
すっかりと話し終わった私が、文化祭展示用の自作アクセサリーのラフを吟味していると、麻理子がくすくすと笑った。
「たまに智華ちゃん、本当にお伽の国に行っちゃってるんじゃないかなって思うよ」
「いやいやいや! 本当に行ってるの! 現に向こうでジ……いや、なんでもないや」
「じ? なぁに?」
きょとんと刺繍の手を止めて首を傾げる麻理子。
そんな麻理子の様子に、私はうっ、とつまる。
い、言いたい。
異世界でジローに会ったって言いたい。
でも、ジローから口止めされてるし……逆に実家に帰っていて、せっかくの夏休みなのにまともに顔を合わせていない恋人の目の前で、その彼氏と実は会いましたなんて言えない……!
いや、感覚はあれだよ? スーパーに行ってお菓子コーナーでばったりな感じたよ? でも、なんというか、口止めされている上に、あっている場所が場所だし……麻理子、信じてくれなさそうだし……。
確かに私の話でもどん引きこそしないでいてくれるけど、非現実的すぎて夢の話だとか誇張表現、比喩表現だと思われてるくらいだし。
で、ためにしに今回のティターニアさんとオディロンさんの件のあらまし、妖精界のこととかも含めて話してみたんだけど、まぁやっぱり信じてもらえなかったよね!
えー、これ、ジロー、どうやって攻略するつもりなの?
実家の話しはちゃんとしてあげて! って言ったものの、ジロー側にこんな爆弾あったなんて知らなかったし……ちょっとだけ同情。
それでもジローが本格的に異世界に麻理子を連れて行くなんて言い出したら、私、大人しくしていられる自信ないけど!
「智華ちゃん、考え事?」
「へぁっ!? あ、あー。うん、ちょっとね! そういえばさぁ、麻理子、ジローから連絡とかってきてる?」
「それは……」
ちょっと寂しそうに顔を曇らせる麻理子。
おや、この反応は……?
「メッセージいれても既読つかなくて。電話を入れても、電波が入ってないのか、電源が入ってないのか、繋がらなくて……。でも大丈夫だよ。ジローからはもしかしたら夏休み中、連絡つかないかもって言われてたし。去年も、そうだったし」
高校一年生の時の夏休みでも同じことがあったと言う麻理子。そういえば去年の夏も連絡つかないって言って、しょんぼりしてたなぁ。
まぁ夏休み明け、休みボケが治ってないのか! って言いたいぐらい、ジローが麻理子につきまとってイチャイチャしてたけど。
え、あれ、今年も同じパターン? え? イチャイチャを目の前で見せつけられるの? え?
「……麻理子、休み明け、ジローの躾はしっかりね。学生の本分は学業だってラチイさんも言ってた」
「えっと……コンドラチイさんが……? うん、もちろん勉強はするけど……躾って?」
心底不思議そうに首を傾げる麻理子。
うん、麻理子はそのままでいいよ。やっぱりあのどこでもバカップル製造野郎は私が止めるよ。カップル成立率十パーセントをきってるクラスメートのためにも!
お茶を濁しつつ、私達はまたそれぞれの作業に没頭した。
夏休みが開けたら文化祭。
部活動の年間スケジュールの中でもいちばん大切な時期!
私も麻理子も張り切って、自分の作品作りに精を出す。
つやつやしてて、きらきらしてて、宝石がつなぐ奇跡はとても綺麗。
でも綺麗な薔薇に棘があるように、綺麗なだけじゃなくて危ないこともある。
それでも私は、誰かのためになるようなアクセサリーが作りたい。
オディロンさんが、ティターニアさんと思いを通じ合わせることができた日の、あの笑顔を見たから。
だから、私が次に作る素敵なアクセサリーも、誰かの思いを繋げられるといいな。
【バタフライ・イアーリング 完】




