アメジストのような魔宝石を
オディロンさんの協力により、無事、魔宝石の型を手に入れましたー! やったー!
透明スライムは乾燥させるとちょっと白っぽい半透明になって、見るからにシリコンモールドみたいな素材になってしまった。ラチイさん曰く、地球のあのシリコンを再現しようとしたら、スライムに行き着いたそうです。すごいね。
そんなこんなで、オディロンさんによる型作りは丸一日かかってしまった。その後もスライム産のモールドは後処理があるらしくて、ラチイさんの手による加工でさらに一日ついやした。その間私は、学校の宿題に精を出しましたとも。夏休みの課題、ちょこっと進んだよ!
そうしてようやく。
「レッツ・魔宝石!」
「お待ちかねですね」
「本当だよ!」
長かったー! ここまで長かったー!
これでもトントン拍子で来てる方だと思うよ。夏休み前のデザインも何も決まらなかったあの一週間に比べたら、超前進してる!
ラチイさんの工房を借りた私は、さっそく意気揚々とオディロンさんに作ってもらったモールドを取り出した。
「蝶々のアクセサリーを作るにも色々あるけど……でも今回はシンプル・イズ・ザ・ベストで行こうと思うんだ」
「しんぷるいずざべすと、ですか?」
「そう! オディロンさんが身につけるからね。派手なものにはしないよ」
ラチイさんにそう宣言して、必要なものを作業台に並べていく。
まず調色用パレットは三つ用意。
そのうちの一つに、透明な太陽の樹液を入れて、と。
「ラチイさん、これ、濃い紫色の樹液にできる?」
「紫ですか……やってみましょう」
ラチイさんにパレットを渡す。
ラチイさんはそれを机に置いて手をかざす。
パレットに紫色の魔法陣が浮かび上がる。
いつ見ても綺麗な魔法陣。淡く輝く魔法陣の上で、じんわりと薄紫色になっていく太陽の樹液を見つめる。
「緑とか赤とかと違って、全然色が変わらないね」
「紫は空間魔力の色です。特殊魔力なので、生成が難しく……適正のある俺でも、純度の高いものをとなると、難しいですね」
「そうなんだ」
ちなみにだけど。
「普通の絵の具だったら、赤と青を混ぜれば紫になるよね。樹液でそれやったらどうなるの?」
最初の頃に、別種の色を混ぜるのはラチイさんの許可を得てからじゃないと駄目って言われたんだよね。それ以来、着色済みの樹液を混ぜるときはラチイさんに聞くようにしてる。
ほら、薬品を混ぜるな危険のアレかなって思って、私もその言いつけ通りにしてたんだけどさ。こう、ファンタジーな事情を知っちゃうと、何かあるんじゃないかって思ったちゃうよね。
特に紫。オレンジや緑くらいならいいんだけど、紫は絶対に駄目って言われたんだよねぇ。
その理由って?
「属性にもよりますが、相反する属性を混ぜると、魔力爆発を起こします」
「爆発するの!?」
「樹液程度なら、それほど大事にはなりませんが……器が破裂する可能性がありますからね。特に火属性と水属性は対極の位置にある属性ですから」
「ひぇ……混ぜて紫作ろうって思わなくてよかった」
忠告してくれていたラチイさんありがとう! 次からも紫は混ぜて作らないようにします!
「智華さん、濃度はこれくらいでいいですか?」
「もっと! 黒く見えるくらいまで!」
「おっと……」
ラチイさんの笑顔が引きつったよ!
ごめんね、ラチイさん! でもそれくらい濃いのじゃないと駄目!
「型の厚さがあんまりないでしょ? 着色するときに黒くなるくらいの濃さにしないと、型に流して伸ばしたとき、綺麗な紫にならないの」
「そうですか……がんばります」
頑張る宣言いただいちゃったよ!
特殊な魔力だって言うからには、太陽の樹液に色をつけるのも大変だと思う。変わってあげられたら良いんだけど、こればっかりは私には難しい。
「……智華さん」
「まだ」
「…………智華さん」
「まだ」
「………………智華さん、そろそろ」
「もう一声!」
「……………………」
「いいよー! ありがとう、ラチイさん!」
ラチイさんが太陽の樹液に手をかざすのを止める。
うん、いい塩梅!
笑顔でラチイさんに振り向けば、ラチイさんの額には大粒の汗が。
「ふぁっ、ラチイさん!? 大丈夫!?」
「……ちょっと、ちょっと休憩します。智華さんは、作業を進めていてください」
「えっ? いや、大丈夫!?」
「大丈夫です。空間魔力を補助なしでここまで精製することがなかったので、少し疲れただけです。俺もまだまだ修行が足りませんね」
そう苦笑しながら、ふらりと工房を出ていくラチイさん。
ごめんね、ラチイさん……。
ラチイさんの犠牲は無駄にはしないよ!
「樹液が駄目になる前に作ろう!」
これをもう一回ラチイさんにお願いするのは可哀想だしね!
私は黒に近い紫の太陽の樹液を、もう一つのパレットに少しだけ移す。そこに透明な太陽の樹液を加えて、淡い紫の樹液を作り、さらに最後のパレットには透明な太陽の樹液を出しておく。
「樹液はこれでオッケーだね。じゃあ、型に流して、と」
私は調色スティックを持つと、濃い紫の樹液を蝶の羽の上部と、蝶の胴体に丁寧に流す。
蝶の羽の模様が細かいけれど、樹液がさらさらと流れていくから作業がとても楽。ふふふん、予め細かい作業になるのを見越して、ダニールさんに粘性の低い太陽の樹液をもらっておいたんだ!
蝶の羽の下部には、淡い紫の樹液を流す。濃い紫と淡い紫の合流地点には透明な樹液を流して、グラデーションにして。
グラデーションの配合をちまちまとしている間に、ラチイさんが戻ってくる。手にはマグカップ。作業の邪魔にならない棚のほうに陣取って、私の作業を見守る体制に入った。珈琲の香りが鼻をくすぐってくる。
「ラチイさん、しんどかったら向こうで横になっててもいいよ?」
「そこまでするほどでは。お気になさらず」
ラチイさんがそこまで言うなら、いいけどさー。
私は作業の手を一度止めると、机の上を見渡した。
「何かお探しですか?」
「この間の……ムーンの銀ラメ?」
「それでしたら、こちらに」
ラチイさんが棚の中から一つの小瓶を出してくれる。きちんとしまわれていたんだ。
ムーンの……月光と夜風の妖精の鱗粉。
一夜限りの命と言われた妖精の、神秘の輝きはとても綺麗だ。
「内包物はこれだけですか?」
「うん。シンプル・イズ・ザ・ベストだからね!」
私は小瓶を受け取ると、調色スティックでほんの少しずつすくって、淡い紫の樹液の上に銀色の鱗粉を乗せていく。きらきらと輝く銀色が、蝶の羽ばたきに合わせて星のように輝きますように、願いを込めて。
「硬化するよ!」
「はい、どうぞ」
蝶の型をUVランプの中に入れて、スイッチを入れる。
さぁ、その間に!
「小さい玉の型ってある? ビーズみたいに、穴が空けられるやつ」
「こちらでしょうか」
ラチイさんが別の棚からお目当ての型を出してくれる。
半球型のモールドには中央に柱のような細い棒が立っていて、二つの半球を重ねれば丸いビーズができる仕様になってる。
うん、これこれ!
私はそれに適当にグラデーションになるように太陽の樹液を混ぜて入れて、これも硬化させる。
その間に硬化のおわった蝶を取り出してチェック。
「モールドと接してる面がくすんでるねぇ。ここはちょっと液塗って艶出しかな」
モールドから外して、艶出しのために蝶の裏にも樹液を塗ってさらに硬化。同じように、紫のグラデーションと銀の鱗粉の蝶をもう一匹作る。
玉状の樹液も忘れちゃいないよ。こっちは一度、硬化させたやつを。
「割る」
「は?」
ラチイさんがぽかんとしてる。
信じられないかもだけど、必要なことだから!
「これ割ったのを、ビーズの中に入れたいんだ。きらきらして、複雑な光り方をするんだよ」
「なるほど。そういことなら」
ラチイさんが指をひと振りする。
指の先に淡い緑色の魔法陣が浮かび上がって、今から割ろうとしていた玉状の樹液がパリンと砕かれた。
「わ、便利!」
「これくらいの細かさで良かったですか?」
「うん、いいよ!」
金槌で割ろうかと思ってたけど、ラチイさんのおかげで金槌要らずだね! 超便利!
半球状の型に砕いた欠片を入れて、さらに透明の樹液を流し込む。
それを硬化して、半球を球体にしてくっつけて、丸いビーズに仕上げれば……!
「できた、アメジストの結晶みたいなビーズ!」
満足の行く出来になった! 良かった!
あとはこれをもう一つ作って……。
「智華さん、アクセサリーの金具はこちらで良かったですか?」
「うん、ありがとう!」
完成間近の様子を見計らって、ラチイさんが次の道具を用意してくれる。
イヤリング用の金具。
蝶に金具をつけて、ビーズにピンを通して、一つに仕上げれば。
「できた……!」
銀の鱗粉をまとう、アメジストの蝶。
きらきらしてて、つやつやしてて、高まった心のときめきが不思議と落ち着くような魔宝石。
情熱を象徴する赤色と、冷静を意味する青色が合わさってできる紫色。その二つの相反する色を抱きしめて生まれる、アメジスト。
アメジストの石言葉はね、「誠実」「心の平和」「真実の愛」。
オディロンさんが約束を果たし、二つの世界を心置きなく行き来できるように。
そしてティターニアさんへと想いを届けられるように。
私が込めたのは、そんな願い。
「ラチイさん、鑑定お願いします!」
愛の守護者と言われるアメジスト。
惹かれ合う二人が、月の下でもう一度出会うためにも。
その二つ名にふさわしい魔法が、込められていますように。




