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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
バタフライ・イアーリング

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月光と夜風の妖精

 フィールの誘いで、私たちはもう一度、森の奥へと入る。


 胸のドキドキはどんどん強くなっていくけど、さっきみたいに心臓が痛いくらいにまではならなくて、ちょっとほっとした。


 森の木々の合間、さっきよりもぐっと減った銀の粒子。その中心で、地面に座り込んでいる白銀の妖精を見つけた。


 全身がまるでプラチナでできているみたいに輝いている妖精は、小さな男の子みたいだった。フィールは鳥と女の子を合体させたような子だったけど、この妖精は月の化身と言われても納得しちゃうくらいの美少年。


 そんな彼もまた、フィールやティターニアさんたちと同じで、体と服の境目がわかんない。ベルスリープのトップスに、ワイドパンツを合わせたみたいな、ちょっと近未来的な輪郭。そこに天女の羽衣みたいな羽が、背中から生えていて。


 あんまりにも綺麗な妖精に見惚れていると、妖精がこちらを見た。


 ばっちり、私と目が合う。


『こんにちは。にんげんさん。あなた。ぼくのはね。ほしい?』

「あっ! こ、こんにちは! そうです! 羽っていうか、鱗粉が欲しくて……っ」

『ふふ。いいよ。でもね。あのね。おねがい』

「お願い?」


 綺麗な月光の妖精が、微笑む。


『なまえ。ほしい。フィール・フォール・リー。みたいな。くれる?』

「名前? えっ、いいの?」


 思わずラチイさんを見上げる。

 ラチイさんは微妙な顔をした。


「普通、妖精は名前を持って生まれてくるはずです。フィール・フォール・リー。これは一体どういうことですか」

『コノお仲間さん、燃費悪いのよン。妖精は魂と魔力のバランスで生まれるケド……魔力のほうが大きくて、自我がアンマリ保てないのン。だから一夜だけの仔なのン』


 燃費が悪いっていうのがイマイチ理解できないけど、なんだかバランスが悪いからすぐに死んじゃう、みたいな感じ……? それは可哀想だよ!


「名前をつけたら、もうちょっと長生きできる?」

『アリエナイ。デモ、この仔がそうして欲しいと言うのナラ、叶えてあげて欲しいノン』


 短い命だからこそ、叶えてあげて欲しいというフィールの言葉。

 私は月光の妖精に近づいた。


「私、笠江智華です。智華って呼んでね。あなたは、なんの妖精ですか?」

『ぼくは。げっこう。ぼくは。よかぜ。ぼくは。ようせい』

「えっと……月光と夜風の妖精だね。名前、私がつけていいの?」


 月光と夜風の妖精は、こくりとうなずく。

 うん。それじゃあ……。


「月光と夜風かぁ……ムーンってどうかな?」

『ムーン……。ぼく。ムーン?』

「そう、ムーン。私の世界で、月っていう言葉でね。ムーンストーンとかムーンクォーツとか……自分の可能性を引き出す、そんな前向きな石言葉を持つ宝石に使われている言葉なの」


 月のエネルギーは心に強い影響を与える。宝石で月の名前を持つものは、持ち主の心を揺さぶって、潜在的な能力を引き出すって言われてるものが多い。

 ムーンっていう名前は、そういった神秘的なものの象徴なんだ。


「安直だな」

「ですが、とてもいい名付けですよ」


 ジローには安直だと言われたけど、ラチイさんには褒められた。

 まぁ、そもそも私が、名付け親なんて大役ができるようながらじゃないし……でも、これでもちゃんと、この子に相応しい名前だと思ったんだよ!


『ムーン。ありがとう。チカ』

「どういたしまして」

『終わったン? ナラ、そろそろ採取、しちゃいまショ』

『いいよ。どうぞ。ぼくのはね』


 そう言って、ムーンが背中を見せてくれる。

 ふわふわ揺れる、羽衣のような羽。

 私はラチイさんに視線を向けると、ラチイさんが採取用のリンデンの葉と布を出してくれる。


「智華さん、どうぞ」

「えっ? 私がやっていいの?」

「この妖精は、智華さんを気に入っているようです。何事も信頼関係が大切ですから」


 そっかぁ。それなら、私がやるしかないよね!

 私はリンデンの葉を手に取ると、地面に座って、膝の上に布を広げた。


「ムーン。羽、触るね」

『どうぞ。チカ』


 ムーンの羽に触れる。マシュマロみたいにふあふあで、溶けちゃいそうなくらい柔らかい。

 傷つけないように、丁寧に、丁寧に、リンデンの葉で撫でていく。キラキラと、銀の粒子が膝の上に優しく積もっていく。


 羽から始めて、背中、腕、と鱗粉を採取した。

 だいたい採取し終わった頃には、なんとか小瓶の半分くらいの鱗粉が採取できて。


「これ、フィール何人分くらいの量かなぁ?」

『チーカ? ひどいわン。身体の大きさがチガウのにン』

「あはは、ごめん、ごめん」


 フィールと笑いながら軽口を話していると、ラチイさんが採取道具を丁寧に片付けてくれる。


「これで念願の鱗粉の採取ができましたね、智華さん」

「うん! これで作れるものの幅も増えるよ! でも量が少ないから、大切に使わないとね」


 小瓶をラチイさんに渡しながら、私は満面の笑みを返す。ラチイさんも微笑んでいて、満足な結果になったのは一目瞭然だよ!


「うっし、じゃあ用事は終わったな? ならお前たちはさっさと帰れ」

「ちょっとジロー、そんな風に追い返そうとしなくてもいいじゃん」

「追い返してんだよ。お前、俺じゃなかったら不法侵入者で八つ裂きにしてたぞ」

「ちょ、こわ! ラチイさん! ジローが脅す!」


 それまで後ろのほうで大人しくしていたジローが、さっさと帰れと言い出した。それに言い返していたら超脅されて、ついついラチイさんに言いつけてしまう。

 そのラチイさんといえば、ちょっと笑ってた。


「まぁ……赤狼族に限らず、獣人族は縄張り意識が強いですから。今の若い世代はそうでもないですが、俺よりもっと上の世代の方々の時代は普通にあったそうですよ」


 えっ、なにそれ物騒!


「ちょっとジロー! こんな所に麻里子を嫁がせる気!?」

「麻里子は別だ。俺の番いだし。……こっちきたら、外には出さねぇし」

「監禁宣言!? ますます危ないじゃん!」

「あー、もううっせぇ! おいコンドラチイさん、こいつ持って帰れ! うるせぇ!」

「あはは。それでは智華さん、帰りましょうか」


 なんだか納得いかないけど、ラチイさんに手を握られてしまえば大人しくせざるを得ない。手を握られている状態でもジローに文句をいうほど見境はありません。というかもう暴れないので手を離してください、ラチイさん!


「じゃあね、ジロー。夏休み明けたら絶対に説明してもらうからね!」

「あーあー、うっせぇ。さっさと帰れ」


 行きと同様、ラチイさんがスクロールを取り出した。それに皆で手を触れて……ん?


 いち、に、さん、よん? 手が四つ?


 見れば、ムーンがにこにこと笑顔で私たちの真似をしていて。


「え、えっと、ムーン?」

『ムーン。だよ』

「うん、ムーンだね。じゃなくて……えっと、ラチイさん?」


 たぶんこれ、ムーンはこれから何するのか分かってないと思う。説明をラチイさんに求めれば、ラチイさんは苦笑してフィールを見た。


「フィール・フォール・リー。生まれたての妖精は転移に耐えられますか?」

『ワタシに聞かないでン! ニンゲンの転移は、妖精ノ路とはチガウのでショ?』

「そうですね……」


 ラチイさんがムーンに向き直る。


「ムーン。よく聞いてください。これから我々は帰ります。家が遠いので、転移魔法を使います。貴方を連れて行くことはできません」

『いえ。かえる。チカ。かえる?』

「そうです」

『ムーン。かえる。チカ。いっしょ』

「……智華さん」

「えっ、私!?」


 巡り巡って私に戻ってきちゃったよ!

 しぶしぶ、私はムーンに向き直る。これも名付け親の責任かもしれない。面倒を見れないのに名前をつけちゃ駄目だった。


「ムーン、ここでお別れ。バイバイ、だよ」

『ばいばい』

「そう。バイバイ。次があるかわかんないけど……また会えたら、会おうね」

『バイバイ……おわかれ?』


 ムーンの顔が悲しげなものになる。

 うっ、これ、すごく罪悪感が……!


 私がたじたじになっていると、ムーンの体がひょいっと持ち上がる。視線を上げれば、ジローがムーンの首根っこをつかんで、猫みたいにつまみ上げていた。


「ちょっとジロー! 何してんの! かわいそうじゃん!」

「お前がうだうだしてなかなか帰らねぇからだろうが。こいつは俺が面倒見とく。魔力がめちゃくちゃ不安定なら、そんなに長くはないだろ。一日二日くらいなら任せろ」


 ふん、と鼻を鳴らすジロー。

 私は感動に身体が震えてしまう。


「ジロー……! 初めてあんたを頼もしいと思ったかもしんない! ありがとう!」

「貸し一つな?」

「ちゃっかりしてる!」


 でもありがとう! 助かった!


「またね、ムーン。ハイタッチ」

『はいたっち?』

「うん。こうして、手をね、合わせてね。ハイタッチ」

『ハイタッチ。またね』

「うん、またね」


 ムーンとハイタッチ。素直に私の言葉を聞いてくれるムーンはとても賢いし、とても可愛い。でもこれ以上、情が移るのはよくないよね。


「行こう、ラチイさん。フィールもごめんね?」

「もう少しくらいなら、お待ちしますよ」

『そうよン、月光と夜風の、寂しがってるン』


 ムーンを見れば、まるで捨てられた子犬のような目で私を見ていて。

 私は揺らぎそうになるけど、頭をふって耐えた。


「ううん、帰る! だってずるずるここにいたら、きりがないもん! それに、ムーンがいなくなるどこまで見ちゃったら……」


 それこそ、悲しくて泣いちゃうかもしんない。

 ムーンにとっても酷かも知んないけど、ここはすっぱり綺麗にお別れしたほうがいいと思うんだ!


「ったく、めんどくせぇ……」


 ジローが何かをぼやく。

 それから首根っこをつかんだまんまのムーンを反転させて、自分と目線を合わせた。


「月光と夜風の妖精」

『ムーン。だよ』

「そんなにあいつと一緒がいいなら、自分で着いていけ。妖精なら、できるだろ」

『ついてく』


 ムーンがにこにこ笑ってる。

 ジローの言葉に、何をそんなに嬉しがってるのか分かんなくて首を傾げていれば、ジローの手から逃れたムーンが、私の足元にくっついてきた。


「え、ムーン? バイバイは?」

『ムーン。ついてく』

「えっと、だから、それは難しくて……」


 うーん、どうしよう。

 私たちはこれから帰る。ムーンは連れていけない。

 これをどうやってムーンに説明しようかと悩んでいたら。


『チカ。けいやく。しよ』

「はい?」

「あっ」

『チカ!?』

「ウケる」


 思わずムーンの言葉に聞き返してしまった。

 ラチイさんは絶句し、フィールもびっくりしていて、ジローははんって鼻で笑った。

 なんで?


『けいやく。だよ。ずっといっしょ』

「へっ?」


 ムーンの体が白銀に輝き出す。

 眩しさのあまりに目を閉じれば、胸のドキドキが止まらなくて。


 なにこれ、なにこれ!

 ちょ、一体何事……!?


 眩い光が収まった後。

 目を開ければ、さっきと同様ニコニコしているムーンが足元にいた。


 ……あれ?


「ムーン?」

『ムーン。だよ』

「目が……」


 白銀一色だったムーンに墨を落とし込んだような真っ黒な左目ができていた。黒曜石のようにキラキラ光る瞳は、とても綺麗。


『チカのいろ。もらった』

「私の色?」

『そう。チカ。あえる』


 なんだかよくわからないけれど、私の色をもらったから、私に会えるの……? よく分かんなくて首をひねっていれば、ふわぁとムーンが大きなあくびをした。


 目をこしこしと擦って、まるで眠たそう。


『ちから。いっぱい。ねる』

「力いっぱい寝る?」

「力を使いすぎたので眠る、という意味でしょう」


 苦笑するラチイさんに翻訳してもらって納得する。

 ムーンは目をこすると、両手を上にあげた。


『チカ』

「んん?」

『バイバイ』


 ハイタッチ。

 ムーンは最後までにこにこして、私にハイタッチをすると、銀色の粒子となって消えていった。


 え、えーと……


「これが、妖精の消滅……?」

「違いますよ。眠っただけです。力が戻ったら、またひょっこり現れますよ」


 ん? んん?

 どういうこと!?


「最初に言っていた一夜限りの命云々は!?」

『チカ、契約しちゃったカラ。ツナガリがあると魂の補強、しちゃうのン』

「うそ!? え!? してない! いつ!?」

「契約しよ、はい、のあたりだな。同意だったんだろ」

「あああ!? 違う! そうじゃない! うっそー!?」


 フィールとジローに諭され、私はようやく自分とムーンの間に何が起きたのかを理解した。いや、実際には具体的になにがどうなってるのかは理解してないけど!


 とりあえず、やっちゃダメだよって言われていた契約的なものをしちゃったのだけは理解した!


「えっ、どうしよう!? どうしよう、ラチイさんっ!」

「まぁ……妖精の約定に類するものですが……自分から離れていったところを見れば、それほど強い制約ではないかもしれませんね」


 あれほど妖精とは気軽に約束しちゃだめって言われてたのに〜!


 うっかりやらかしてしまった私だけど、ラチイさんが言うにはそれほど深刻そうではなさそうだから、まだ良かったかも。これで魔力が代償がとか言われていたら、私死んじゃう! 純日本人の私に魔力なんてないもん!


「とりあえず智華さん。今日のところは帰りましょう。落ち着くことが肝心ですよ」

「はぁい……」

「ジロー君。智華さんのご友人とのことですので、俺ともまた会うかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」

「別に笠江の友達じゃねぇけど……まぁ、よろしく」


 大人のラチイさんにこの場はたしなめられて、私もジローも殊勝にうなずく。


 さっさと行けという態度のジローを後目に、今度こそラチイさんの転移魔法で、私たちはラゼテジュにあるラチイさんの家へと帰宅した。


 あぁもう、なんか色々ありすぎて頭がパンクしそうな一日だったよ!


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