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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
バタフライ・イアーリング

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妖精画家は夢の中【後編】

 ナイスミドルな画家さんの名前はオディロンさん。

 私とラチイさんとオディロンさんは、個展が終わったあと、近くのレストランで夕食をご一緒することになった。


 しきりにラチイさんに帰る時間は大丈夫かと確認されたけど、スマホで確認した時間はまだ十七時。お父さんとお母さんには遅くなるかもってことは泊まりに来る前から伝えてあるし、日本時間で二十時くらいまでなら問題ないってことを伝えて納得してもらった。


 夕食の時間に合わせてちょうど受付の交代の人がやってきた。オディロンさんの個展は夜までやってるらしいし、一人でずっと受付しているわけじゃないみたい。


「近くに美味しいレストランがあるんです。そちらでどうでしょうか」

「私は大丈夫です! ラチイさんも大丈夫?」

「はい」


 そういうわけで、オディロンさんの案内で美味しいというレストランへ!


 レストランは個展が開催されている建物と同じ通りにあって、オディロンさんの言う通りすごく近かった。


 日本でもよくあるちょっとおしゃれなレストランって感じの内装で、各テーブルがカーテンで仕切られていて個室のようになっている。私にはちょっぴり背伸びな感じのおしゃれなお店にそわそわしながら入店すれば、オディロンさんは店員さんと親しげに話しながら奥のテーブルへと案内された。


「素敵なお店ですね。よく来られるのですか?」

「古い友人の店なのですよ。何かと贔屓にさせてもらっているんです」


 すごい、大人の会話……!

 ラチイさんとオディロンさんの会話を聞きながら、メニュー表を見てみる。ラチイさんのチート級異世界翻訳機能のおかげで、異世界の文字はすいすいっと読めちゃうからありがたいよね!


 飲み物の欄から始まって、食事の欄になる。パスタと描かれた欄を見て、私は天井を仰いだ。


 ラチイさん印の異世界翻訳、メニュー表は固有名詞すぎて、中身が想像できない物が多すぎる。


 ナスとトマトのミートパスタくらいなら翻訳してくれるっぽいんだけど、いまいち名前のわからない食材とかもあって困るなぁ。


「ねねね、ラチイさん」

「どうしましたか、智華さん」

「これってどんなパスタ?」


 メニュー表を見せながらどんなパスタなのか聞けば、ラチイさんはそれがどういった食材で、どんな味付けなのか教えてくれる。せっかくなので、ラチイさんが日本で見かけたことのない食材はどれか教えてもらって、異世界テイストのパスタを注文してみよう!


「チカさんは遠い国から来たのかい?」

「はい! 最近ラゼテジュに来たばかりなんですけど、ずっとラチイさんの工房とお客さんのところを行ったり来たりばっかりだったので、観光は初めてです!」

「そうかい。それなら王都だけとはいわず、ラゼテジュの綺麗な景色をたくさん見ていってほしい」


 オディロンさんにそう言われて、私は全力でうなずく。


 もちろんですとも! 綺麗な景色はインスピレーションの宝庫だからね!


 と、そこで思い出す。

 私達がオディロンさんと一緒に夕食の時間を過ごすことになった理由。


「それでは本題に入りましょうか」


 料理を店員さんに注文したタイミングで、ラチイさんが切り出した。私も膝に手を置いて、ちゃんと聞く姿勢をつくる。


「オディロン氏。貴方の絵に描かれた女性の絵。あれは全て、ティターニアで間違いありませんか?」


 ずばりと核心を突いたラチイさん。

 私も視線をオディロンさんに向ける。

 オディロンさんはその深い海のような青い目をたれさせ、困ったように笑っていた。


「君の言うとおりだよ、コンドラチイくん。私のあの絵には、いつもティターニアがいる。人は彼女のことを、私の妻や妹、母、恋人だと言うけれど……全部違う。彼女は私の夢の人。現では決して出会えない、幻の妖精なんだ」

「夢?」


 どういうこと?


「あの絵は全部夢の光景だ。私は実際にあの場所へ行ったことはない。だけどね、どうやら実際にある場所だというのは私の絵を見に来てくれた人たちの言葉から知っているんだ」


 えっと、つまり?


「オディロンさんは夢の中でティターニアに会って、それを絵に描いてるの?」

「そうだとも」


 オディロンさんはうなずく。

 えっ、えっ? ちょっとまって!


「ラチイさん、私たちが昨日見たのは、夢? でもあそこにオディロンさんいたよね!?」

「いましたが……なるほど、夢……」


 ラチイさんが何やら考え込み始めちゃったよ!

 じっと瞼を瞑り、何かを考えるラチイさん。

 うん、時間がかかりそう!


「さっきも、君たちは昨日、私を見たようなことを言っていたね。どこで会ったんだろうか。私は昨日、個展が終わったあとはまっすぐ家に帰ったんだが」

「えっと、湖です」

「……私が昨日見た夢と、似たような場所のようだね。不思議なことだ」


 本当に不思議すぎるよ!

 ラチイさんにどういうことかを聞いてみようと思ったら、ラチイさんはまだ考え中。これはそっとしておいたほうがいいのかな。


 ということで、別の話題をふってみた。


「オディロンさんは、ティターニアと現実で一度も会ったことないの?」

「一度だけ、あるよ」

「いつ?」

「あれはもう……三十年も前か。まだ私が十代の青年だった頃の話だ」


 そう前振りをして、話してくれくれたオディロンさんのお話は、まるでお伽話のようだった。


「あの頃の私もまた、絵を描くことが好きな青年だった。時間を作っては村の近くの森の中で絵を描いていた。その時に、不思議なものを見つけたんだ」

「不思議なもの?」

「ティターニアに教えてもらったんだが、それは月ノ路というものらしい。チカさんは知っているかい?」

「知ってます! 違う場所に行ける、不思議な輪っかですよね?」


 ちょうど昨日通ったばかりのあの道だ! 身体と魂が分離しそうな感じの危ないやつ!


 銀色の輪っかになった境界線の道を思い出していれば、オディロンさんは困ったように笑った。


「あの路を見かけても、あまり使わないほうがいい。その先に続いている場所は人間界とは限らないから」

「ラチイさんにも釘を差されたので一人で使うことはないです! けど、人間界とは限らないって、もしかして」

「君が予想するとおりだ。私は月ノ路を通って、妖精界へ行ってしまった。路はちょうど、ティターニアの棲む世界樹に通じていて、私はそこで彼女に出会い、恋に落ちた」


 懐かしむように、オディロンさんは目を細める。

 月ノ路の先に通じていた妖精界。そこで出会った妖精女王と一人の青年。そうして恋に落ちる二人。なんてロマンチック!


 目を輝かせてオディロンさんの話に耳を傾けていると、不意に尋ねられた。


「チカさんは妖精界に行ったことは?」

「ないです!」

「そうか。なら、ティターニアの本当の姿も見たことはないね」

「ティターニアさんの、本当の姿?」


 聞き返せば、オディロンさんは小さくうなずくようにして、教えてくれた。


「ティターニアの身体は半分、世界樹に埋まっている。だから彼女は人間界に行けないし、妖精界ですら自由に歩けないんだ」

「え?」


 どういうこと?

 昨日、ティターニアさん、いたよね?


 疑問符を浮かべていれば、そういえばティターニアさんが別れ際に、今いる自分は幻だ、みたいなことを言っていたのを思い出した。


「えっと、でも、ティターニアさんの分身なら、色んなところに行けるんだよね?」

「そうみたいだね」


 オディロンさんはうなずく。


「ティターニアは妖精界から出られない。だから私が妖精界を出るとき、私はティターニアにもう一度会いに行くと、そう約束したんだ。だけど、私はまだその約束を果たせていない」


 そう言って表情を曇らせたオディロンさん。

 果たされていない約束。そこには何か事情があると思う。

 たとえば。


「それって、妖精界へ行く方法が分からないから、ですか?」

「それもある。私が妖精界に行けたのは、たまたま月ノ路が開いたからだ。月の巡りによって、路の先は変わってしまう。それ以上に私が躊躇ったのは……妖精界と人間界は時間の流れも違っていたからだ。私が妖精界から帰ったときには十年の月日が経っていた」

「十年!?」


 それ、リアル浦島太郎じゃん! 百年じゃないだけマシだけど!


 びっくりしていれば、オディロンさんは苦笑いする。


「私にとってはたった一日の感覚だった。それが十年。十年は大きいよ。仲の良かった友人は私より年上で、皆大人になってしまったし、私がいなかった十年の間に父が病を患い、帰らぬ人となっていた。私にとっての大切な十年が、泡のように消えていったんだ」


 絶句した。

 十年。

 私たちにとっての十年はあまりにも長い。


 その十年で、オディロンさんの身の回りが変わってしまったのもよく分かった。


 その上で。


「私は残された母に親孝行しようと、筆を捨て、家のために働いた。家を支えるためにがんばって働いて……母が亡くなった頃、夢を見るようになった」


 ここでようやく、夢の話につながる。

 私は姿勢をただした。ラチイさんも何かをうかがうような様子。オディロンさんは食前酒として出されていたグラスの中身をぐいっと飲んだ。


「ティターニアが私に会いに来るという夢だ。月ノ路を通じて、私に会いに来たと言っていた。そうして私に言うんだ。ずっと待っている、と」


 グラスを空にしたオディロンさんは、困ったように笑った。


「その頃からだよ、私が再び筆を持ち始めたのは。私も彼女に会いたい。だけど彼女に会いに行くための道が分からない。それに、次に妖精界へ行ったら友人たちの死に目にも会えないかもしれない。そう思うと、どうしても踏ん切りがつかなくて、ただただ、彼女への思いを筆にのせるだけの日々だ」


 聞いているだけでも胸に詰まってくる、やりきれないような気持ち。


 オディロンさんの葛藤が痛いほど伝わった。

 オディロンさんもティターニアさんに会いたい。だけど人間としての生活を捨てきれない。だからくすぶる気持ちを筆にのせて絵にしてる。


 その願い、叶えてあげたい。

 想っているのに踏み出せないオディロンさんの背中を押してあげたい。


 でも、私みたいな小娘が気軽に応援なんかできないくらい、オディロンさんは大切なものを抱えていて。


 ちょうどオディロンさんの話の区切りでパスタが運ばれてきた。美味しい異世界のパスタを食べながら、私は食事中、ずっと考えた。


 私ができることってなんだろう。

 オディロンさんの想い、ティターニアさんにも届けてあげたいと思った。






 結局、夢の話と現実のつながりはよくわからないまま、美味しいパスタを食べて、オディロンさんと別れた。ラチイさんの家へ向かうべく、私たちは馬車をヒッチハイクして帰路につく。


 その最中、食事中もなにか考え事が多かったラチイさんが、ぽつりと言葉をこぼした。


「……妖精の約定、ですね」

「えっ? なにが?」

「お話をうかがっていて思いました。おそらくオディロンさんは妖精の約定を交わされています」

「妖精の約定?」


 目をぱちくりさせる。

 妖精の約定ってあれだよね? 昨日、ラチイさんがフィールと話してた、うっかり妖精と約束しちゃいけないっていう……あっ!?


「約束しちゃった!?」


 すっとんきょうな声を出した私の向かいで、ラチイさんは神妙な顔でうなずく。


「おそらく妖精の約定によって、ティターニアとオディロン氏の間に繋がりができた。ティターニアはその繋がりを使って、夜な夜な、彼の魂を妖精界に招くべく呼んでいるのだと思います」

「た、魂?」


 なんかホラーテイストな話になってきたよ?

 目を白黒させていれば、ラチイさんは一体どういう状況なのかを私にもわかりやすく説明してくれた。


「おそらくティターニア側に約定の天秤が傾いている状況です。このまま約束を果たさなければ、オディロン氏は代償を払うことになります」

「代償って、魔力だよね」

「そうです。ですがおそらく、ティターニアはそれを望まないでしょう。オディロン氏は、妖精の約定に耐えられるほどの魔力量があるようには見えません。魔力が足りず、魔力枯渇の末、死にかねませんから」


 えっ、そんの危険すぎるじゃん! 妖精の約定怖い!


 魔力ないのに交わしちゃうとか、代償払えないなら死あるのみとかどこの闇家業なの! そんなの詐欺だよ! 払えない利子をふっかけられているようなものだよ!?


「そんなのどうすればいいの!?」

「だからティターニアは彼の魂を呼んでいるのです。昨夜、俺と智華さんはティターニアと語らうオディロン氏を見ています。ティターニアは魂だけの状態でも、妖精の約定を果たすために、彼を妖精界に連れ出そうとしているのでしょう。ティターニアほどの高位の妖精であれば、魂を直接誘うことができるでしょうから」


 私は絶句した。

 純情な二人の恋模様が、なんだか恐ろしい話になってしまった。


「ら、ラチイさん! これ、魂のまま妖精界に行ったらどうなるの!?」

「分かりません。ティターニアの加護があれば魂ごと消滅するようなことはないと思いますが、肉体は別です」


 ラチイさんが難しい表情になる。

 肉体……。


 ふと、オディロンさんが、妖精界から帰ってきたら十年経っていたという話を思い出した。


 もし魂がなくなって、十年も身体がそのままにされていたら。


「……ど、どうしよう、ラチイさん! ほうっておけないよ!」

「俺も知ってしまった以上、無視することはできません。なんとかしたいところですが……妖精界については人間の力が及ばない部分も多いので」


 異世界にだって来れちゃうラチイさんなら朝飯前では!? とか思っていたら、首をふられてしまった。そもそも人間界と妖精界では通用する世界の理が違うのだとか。


 異世界の日本と変わらないのでは? と聞いてみたら、同じ種類の二枚の紙に同じインクでラゼテジュと日本は描いてある地図があるけど、妖精界はそもそも紙質どころか、石の板にチョークで描かれたような地図の世界だと教えてもらった。なるほど、ルールが違う世界ってところがネックなんだね。


「妖精界のことについて調べてみるしかないですね。王宮なら、過去に妖精界に行って帰還した人の資料があるかもしれません」

「私にできることはない?」

「智華さんのお仕事はティターニアへの贈り物を考えることですよ。オディロン氏のことは俺に任せてください」


 難しい表情から一変して、ラチイさんはいつもの柔らかい表情になる。

 そうだね、今回の目的はそもそもそれがメインだったんだし。


「分かった。私に任せて!」

「頼りにしています」


 妖精界のこととか私にはわかんないんだから、私にできることを全力でやるまで!

 私はこぶしを握って、がんばるぞ、と気合いをいれた。


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