妖精画家は夢の中【前編】
雑貨屋さんみたいな外装の建物の中は、クリーム色の壁紙に、明るいブラウンの木の床。シャンデリアで明るく照らされた部屋の壁には等間隔に絵画がかけられていて、広くスペースを取った床には大きなキャンバスが置かれていた。
入り口のところには受付カウンターが設置されていて、そこに一人の男の人がいる。
「いらっしゃい。ごゆっくりどうぞ」
たぶん四十代くらいの人だと思う。眼鏡をかけて、優しく微笑んでくれたナイスミドルな受付の男性に、私は首を傾げた。
「智華さん? どうしましたか」
「えっ? あ、ううん、なんでもないよ!」
なんとなく、見たことのあるような人。この世界で私が面識ある人なんて限られているし、ちゃんと紹介された人のことは覚えてるんだけどなぁ。
芸能人とかの他人の空似かな?
白髪交じりの金髪に、深い海の色の青い瞳。会ったことないとは思うんだけどとしきりに首をひねっていれば、受付の男性は手を差し伸べて、一枚の絵を指さした。
「順路はそこからだ。私の絵を樂しんで行ってくれると嬉しいよ」
「あ、もしかして個展の画家さんですか?」
「もちろんだとも。こじんまりとした個展だからね。私の絵を見に来てくれる人たちを見てみたくて、こうして受付をさせてもらっているんだ」
やんわりと目元を細めて微笑む画家さん。
自分の作品を見に来てくれる人の顔を見たくなるその気持ち、なんとなく私もわかる。
私なんてアマチュアだし、個展なんて出せるようなクオリティなんてまだまだ遠いと思ってるけど、でもバイトとはいえ、こうしてラチイさんにお仕事をもらってる身だもの。どんな人が私のアクセサリーを使ってくれるのか、作るときはいつだってそのことを考えてる。
私のアクセサリーを見て、どう思ってくれるのかな。どう感じてくれるのかな。私のアクセサリーを身に着けて、どう思ってくれるのかな。どう感じてくれるのかな。
いつだって私は、まだ見ぬ誰かのために、その人のためのアクセサリーを作ってる。
だからこそ、通りすがりに私のアクセサリーを見つけて、目を留めてくれた人のことを知りたくなる。自分のためじゃなくて、売るものとしてアクセサリーを作るようになって、ずっと思っていること。
「あ、あの!」
「ん? どうしたんだい?」
「その、自分の作品を見に来てくれる人の顔を見たくなる気持ち、なんとなくわかります! 私も絵じゃないんですけど、アクセサリーとか作ってて! 私の作品を手に取る人がどんな顔してくれるのか、いつも考えちゃうので!」
「そうなのかい?」
あああっ、違う! そうじゃなくて!
言いたいことがまとまらなくて、なんだかおかしなこと喋っちゃった気がする! これじゃあ自己主張の激しいだけの変な人じゃん!
わたわたしながら、私が言いたいことをまとめようとしていれば、画家のおじさんはちょっと驚いたように目を丸くして、優しく笑ってくれた。
「こんな若いお嬢さんに共感されるとは、不思議なものだね。私達のような芸術家は、美を求めるほどに排他的な人が増えていく。至高の美を求めこそすれ、こうして他人に自分の成果を認めてもらおうとするのは二流のすることだと思われてしまうんだが」
「えっ、そうなんですかっ?」
私もしかして画家さんを不快にさせちゃった!?
確かに私のイメージする芸術家ってお高く止まっている感じがするけど、もしかして画家さんもそういう人!?
余分なこと言っちゃったと慌てて口元を抑えれば、画家さんだけではなくて、ラチイさんまでも小さく笑っていて。
「……なんでラチイさんが笑っているの?」
「いえ。智華さんらしいなと思いまして」
「どういうこと!?」
「お嬢さん。お兄さんは貴女を馬鹿にしているわけではないよ。むしろそれは貴女の長所だ。大切にするべきものだよ」
画家さんはそういうと、もう一度順路へと手のひらを向けた。
「さぁ、お嬢さん。ゆっくり私の絵を見て行ってくれると嬉しい。帰りに一言、感想を言ってくれると、もっと嬉しいがね」
「は、はい!」
そうだよ、私なんかのお気持ち表明なんかより絵を見るべきだよ!
ラチイさんを見上げると、どうぞとうながされる。
私は画家さんに行ってきますと告げて、順路へと踏み出した。
個展の絵は風景画がメインだった。
最初はとても手入れのされたおしゃれな庭の風景から始まって、ガゼボがある湖の風景、知らない花がたくさんしき詰まったのどかな花畑の風景、穏やかな陽光の差す森の風景と続いていく。
並べられた絵の中には、必ずどこかに女の人が一人だけいて、風景ばかりの絵の中に一つのアクセントを添えていた。
三つ、四つ、と順路通りに進んでいて気づいた。
「この絵の人、全部同じ女の人?」
白いお花を髪に挿した女の人。
髪の色は落ち着いた緑の色で、肌はミルクのように白いけれど、ところどころ桜のように淡くピンクに染まっていて、場面場面によって色とりどりのワンピースを着ている。
女の人はとても小さく描かれているから、顔までは分かんない。でも髪の色とか、髪に挿された白いお花は全部同じ。
森の風景の奥で、女の人が鹿と戯れているのがちらりと見える絵を見ていたら、ふと手前のほうに描かれた白い花に目がいった。
「ラチイさん、この白いお花はなんて名前?」
白い薔薇にも見えるけど、薔薇にしては花弁の形がちょっとおかしい。真ん中にぽつりと黄色の雌しべ雄しべみたいなのが見えてる、不思議な形の花。
なんとなくその花をどこかで見たような気がして、気になっちゃった。
「この花はおそらく……ガーデニアでしょうか」
「ガーデニア?」
「はい。花言葉は確か『喜びを運ぶ』『洗練』『とても幸せです』だったはずですよ」
「ラチイさん、物知り!」
「花も魔力を含めば内包物として大切な素材になりますからね。勉強しましたよ」
そう言えばそんなことを聞いた気がする!
それでも私が聞いたらすんなりと答えられちゃうラチイさんはすごいと思うので、すごい! っともう一声かけておきました!
もしかしたらこの絵画の女の人の髪もガーデニアなのかな? 違うのかな?
女の人のことが気になりながら順路を進んでいくと、だいたい一周してしまった。小さな建物だし、部屋も一部屋だけみたいだから、見終わるのはあっという間だね。
このままだと、綺麗な絵画だったけれど、なんとなく風景は地球の綺麗な名所と同じような感じなんだろうな、という感想しかでない気がする。なんだかもうちょっと異世界らしい風景もみてみたかったな、なんて贅沢なことを考えていたら、最後の一枚、キャンバスに描かれたモノクロの写生のような絵を見て驚いた。
「これは……」
「え? ティターニアさん?」
ラチイさんも隣で驚いたらしくて、ぽつりと声が漏れてた。私なんかは昨日の今日だったからか、ついうっかりぽろっと口からその名前がこぼれちゃって。
キャンバスに大きく描かれた人の顔は、昨日見たばかりの人の顔。
蔦で編んで花で飾ったような髪に、ガラス玉をはめ込んだような不思議な瞳。大地に根づく根のような足。服なのか身体なのか境目が分からないくらい、身体にぴったりと沿うようなドレスを着たようなシルエット。
今はモノクロだけれど、きっと耳元に留まっている蝶の羽根はオーロラのガラスのように輝いているのが想像できた。
不思議に思いながら、受付の画家さんのほうを向く。
画家さんの横顔を見て、気がついた。
「あっ!」
「智華さん?」
突然大きな声を出した私に、ラチイさんの視線が落ちてくる。受付の画家さんもびっくりしたのか、私のほうを見てるし、他にまばらにいた人たちも私のほうを一瞬迷惑そうに見たみたいなんだけど、私はそれどころじゃなくって!
「ラチイさん、昨日の人だよ! 湖でティターニアさんと一緒にいた人!」
「落ち着いてください、智華さん。昨晩、ティターニアと逢瀬をしていたのは、俺と同じ年くらいの男性でしたよ?」
「あれ? そうだったっけ?」
湖に反射した月明かりで明るかったとはいえ、夜の出来事。一瞬しか見えなかった男性の横顔はなんとなく覚えているけど、年齢とかまではちゃんと気が回ってなかったや。
でもでも、どう見ても昨日の人みたいな気がするって、私の第六感が言ってるんだけど……
「……君たちはティターニアを知っているのかい?」
むむむ、と昨日の記憶を呼び覚まそうとしていれば、受付にいたはずの画家さんが私達の方に近づいてきていて。
声をかけられたのでそちらを向けば、画家さんが今にも泣きそうな表情でこちらを見ていた。




