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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
バタフライ・イアーリング

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妖精の国の女王【後編】

 夜。

 すっかり日が沈んで、どんな生き物も眠る時間。

 だけど現代っ子の私にとっては、まだ寝るに早いくらいの時間。


 月明かりを頼りに今日のフィールの話から幾つかのデザイン画を起こして、異世界の夜をひっそりと過ごしていたら、窓の外が突然陰った。


 手元が見えないくらいに一気に陰ったのに驚いて顔をあげれば、小さな影が幾つも窓の外で月明かりを遮っている。


 その小さな影のうち、先頭にいる緑の小さな友人が代表として窓を叩いた。


『こんばんワ、チーカ』

「フィール! こんばんわ。こんな時間にどうしたの?」


 月明かりで逆光になっても、鮮やかな緑色か暗がりに映える。そんな神秘的な色合いの友人がくるりんと外で宙返りした。

 窓を開けて迎えいれれば、フィールは口元に翼の腕を当てて静かにのポーズをして。


『チカ。今かラ、ワタシたちと来るン? 少しだケ、女王(ティターニア)と会えるかもしれないわン』

「えっほんと!?」


 フィールの魅力的なお誘いについつい食いついてしまう。


 あっ、でも。


「それって、妖精界ってところじゃないの?」

『ダイジョーブ』


 おいでおいでと手招きするフィールだけど、お泊まりさせてもらっている以上、さすがにラチイさんに何も言わずに出掛けるのも気が引けるよね。


 ラチイさんに一言……と部屋の扉へ行こうとすると、フィールがついついとパジャマの袖を引いてくる。か、可愛い~!


『アノ頑固モノなんてイイかラ。早くしないト、月が陰っちゃうわン』

「お月様?」


 窓から空を見上げれば、フィールがこくこくと頷く。


『今なら月ノ路が使えるワ。女王(ティターニア)もソレを使ってル。ニンゲンのトコロに今、来てるのン』

「えっ、そうなの?」

『ソレをコッソリ、見たくナーイ?』


 正面から会うのがダメなら横からこっそり。

 やっぱりアクセサリー作るなら、その人がどんな人か知っておきたいから、フィールのお誘いはすっごく魅力的だ。


 私は急いで窓から離れると、パジャマを脱ぎすてて着替える。動きやすいシャツとジーパンを着たら、廊下からこそっと出ようとしたのをフィールがこっちこっちと窓へと引っ張って。


「えっ? ま、窓からっ? さすがにこの高さは……」


 私がラチイさんから借りてる部屋は二階にある。二階の窓から飛び降りるように言ってくるフィールにぶんぶん首を振るけど、フィールは大丈夫の一点張り。


『窓から出たラ、ワタシたちが魔法で支えるワ』


 ふと初めてフィールに出会ったときのことを思い出した。そう言えばあの時、崖から落ちたのを風で支えてもらったんだっけ。でも、それを思い出しても、やっぱり慣れないことをするには足がすくんでしまう。


 窓枠に足をかけて逡巡していれば、しびれを切らしたのが、フィールじゃない妖精が私の背中を押す。


「ひゃっ……!?」


 大きな声をあげそうになるのを、すんでで口を抑えて我慢する。窓から落ちた浮遊感は一瞬で、すぐにふわふわと身体が浮き上がった。


 ふわぁ、ど、ドキドキする……!


 このドキドキはどのドキドキか分かんないけど、とりあえず心臓が脈を打つのが早い気がする! 地面に降りたつこともなく頼りない空にあわあわとしていれば、妖精たちがころころと笑いながら私の隣を飛び交った。


『さ、コッチ』


 フィールが先導きって飛ぶ。

 妖精たちの周りからキラキラとした粒子が散って、とても綺麗。


 うわぁぁとその光景を見ながらふよふよ移動されていけば、火の輪くぐりのわっかみたいなのが森の中にぽつりとあって。


 色は銀色で炎ではないのは分かるんだけど、わっかの向こう側がまるで絵画の額縁で切り取ったかのように周りの景色とは違うものを映してる。というか別の森っぽいのが見えている。


 もしかしてこれがフィールの言ってた『月ノ路』ってやつなのかな?


 されるがまま、運ばれるがままでいると、不意にわっかの前を遮るように人影が現れた。


 こんな夜中のサプライズに心臓がきゅっと縮まったけど、よくよくみればオバケでもなんでもなくて。


「まったく……夜中に抜け出すなんて、智華さんも悪い子ですね」


 やれやれといった体で私たちの前に立ちはだかるのは、まさかのラチイさん!

 こっそり出てきたと思ったのになんでバレたの!?


「妖精とはいえ、あれだけ大きく魔力が動けばわかります」


 神妙な表情をしたラチイさんは私たちの前に立ちはだかると、私の隣に浮いているフィールを見上げた。


「フィール・フォール・リー。勝手な真似を許した覚えはありませんが」

『頑固ねン。妖精界に行きはしないわよン』

「そもそも夜中に抜け出すことが常識外れなことなのですよ。特に智華さんは俺が親御さんから預かってるんです。目の届かないところに勝手に連れていかれては困ります」

『ナラ、アナタも来ればイイじゃナーイ? 早くしないト、女王(ティターニア)が帰っちゃうワ』


 するりと、妖精たちが一匹、二匹、とラチイさんの横をすり抜けて銀色のわっかへ入っていく。


 フィールもラチイさんの横まで飛ぶと、くるりと一回転して私を呼んだ。


『チーカ、コッチ』


 フィールとラチイさんを交互に見る。

 えっ、えっ、どうすればいいの?

 空の上でおろおろしていれば、ラチイさんがため息をついた。


「……妖精界に行くよりは良いでしょう。せっかくの機会です。行かれるのでしたら俺の手を取ってください」

「へっ? え、なんで?」

「この『月ノ路』で迷子になると、智華さんの場合、一生出口に出会えない確率のほうが高くなりますがどうしますか」

「ごめんなさいすぐに手を繋ぎます!」


 こんな危ない道だったのここ!?

 そんなことフィール教えてくれなかったじゃーん!


 慌ててラチイさんの手を握る。

 空中に浮いてた私の身体は、ラチイさんの手に引かれるようにゆっくりと高度を下げて、両足が地面についた。


 ラチイさんはふっと表情を弛めて、いつものように微笑む。


「智華さんは素直ですね」

「ん?」


 今、何か言われた?

 聞き返そうか聞き返さないべきか首を捻っていれば、ラチイさんがさっさと歩きだしてしまう。


「では、行きましょう。妖精女王(ティターニア)の元へ」


 ひょいっと。

 あっけなく銀のわっかをくぐる。


 月ノ路とか言うくらいだから、向こう側は何か通路みたいな場所なのかなとも思ったけど。


 銀のわっかをくぐった瞬間、身体中にビビビビってなにか微弱な電気みたいなものが流れた。なんかとてもおかしい。身体がまるで自分のものじゃないくらい、遠く感じられた。


「智華さん、大丈夫ですか」

「だ、大丈夫だけど、え、ななななにいまの!? なんか身体が変だった……!」

「転移魔法の一種ですからね。俺の転移魔法には肉体の保護も組み込んでますが、自然発生するこの月ノ路はそういった補助はありません。妖精ならともかく、本当なら人間が使うようなものではないのです」

「言いたいことはすごくよく分かる気がする」


 もし今からユーターンしてもう一度銀のわっかの中へ入れっていわれたら、ちょっと怖いかも。今度こそ身体と意識が別個になっちゃいそうな感覚があって怖い。


 ラチイさんのいう危険性とやらを十二分に理解してうなずいていると、先に来ていたフィールがついついと私の袖を引く。


『チカ、静かにネ』


 しー、と唇に翼をあてがったフィールが一点に視線を向ける。


 そこには。


「わぁ……」


 月明かりが照らす森の中。

 大きな大樹を背景に、オーロラのガラスのように透き通る羽を持つ女性と、そんな女性の手を握りながら微笑みあう一人の男性。


 うわぁ、うわぁ……!

 すごい綺麗……!


 あんまりにも綺麗でハッとするようなその光景に、胸がドキドキする。ドキドキしすぎて心臓が風船みたいに膨らんじゃいそう! 絵になるようなその光景に、思わず息を潜めてしまう。


 ラチイさんとフィールとこそこそ様子を窺っていれば、男の人と羽を持つ女性は幾つか言葉を交わして、名残惜しそうに別れていった。


 女性が森の中で一人になると、ビー玉を埋めこんだようにつるっとした一対の瞳が私たちのほうを向く。


 なんかっ、生き物って感じの目じゃないからちょっとびっくり……っ!


 あわあわしていれば、女性がゆっくりと手招きをした。

 ラチイさんを見上げればこくりと頷くので、おっかなびっくりしながらも女性に近づく。


 蔦で編み、白い花で飾ったような髪に、大地に根づく根のような足。肌色じゃなくてほんのり桜色っぽい肌。服なのか身体なのか境目が分からないけど、身体にぴったりと沿うようなドレスを着たようなシルエット。顔の両側に、オーロラのガラスのような羽を持つ蝶が耳のように留まって、ひらひらと羽を動かしてる。


 歩くことも飛ぶこともできないけれど、この人が妖精なんだってことは分かるくらいの存在感に圧倒されちゃう。


 そんな女の人を前に私のびびりなところが顔を出して、ついついラチイさんの背中に隠れそうになる。けど、ラチイさんが私の背中を押して前に押し出してくる。ひどい!


「お初にお目にかかります、妖精女王(ティターニア)。人の身でありながら御前にお目通りする不躾をお許しください」

『いいのよ、いいのよ。愛しの仔たち。わたくしに会いに来てくれてうれしいわ』


 ふんわりと微笑んだ妖精女王。

 うっとりしちゃうくらいすごく綺麗。

 ほわーと見上げていれば、フィールがするりと妖精女王の側に飛んでいく。


女王(ティターニア)、ゴキゲンいかがかしらン?』

『そよ風と落葉の。ふふふ、とてもいいわ。今宵はとても素敵な夜ね』


 くすくすと微笑む妖精女王はフィールと挨拶を交わすと、再び私たちに目を向ける。なんかだらしないのは良くないと思って、ぴしっと背筋を伸ばして不動直立!


『愛しの仔たち。あなたたちはどうしてここへ?』

『ワタシがお散歩に誘ったのン。コッチの大きいのがワタシたちの森の契約者なのよン』

『まぁ、あなたが……』


 妖精女王が少しだけビー玉の目を大きくするけど、すぐに嬉しそうに頬を綻ばせた。


『妖精の住まう森が減るなかで、とても良い関係を築いていると聞いているわ。素敵、素敵ね。これからもわたくしの愛しの仔たちをよろしくね』

「もったいないお言葉です、女王(ティターニア)


 うやうやしく礼をするラチイさん。

 隣でそわそわしながらその様子を見てたら、妖精女王が私にも目を向ける。


『あなたも素敵ね。とてもいい匂い。この世界とは違う世界の匂いかしら。すごいわ。人の仔は妖精のように世界を渡れるようになったのね。素敵、素敵よ』


 歌うようにそう言葉をくれる妖精女王。

 すっかり緊張してしまった私はあわあわとするばかりで気のきいたこと一つも返せてない!


『いいわ、いいわね。うらやましい。わたくしももっと外の世界を見て、聞いて、ふれてみたいわ』


 そう言うと、キラキラとした粒子が妖精女王の身体から散り始める。


『もう時間だわ』

「えっ? あっ、身体が……っ?」

『この身体はね、わたくしの分身なのよ。本当のわたくしは妖精界にいるの。分身の魔力が世界に溶けてしまえば、この仮の身体も消えてしまうのよ』


 そう微笑むと、妖精女王はフィールを手招きした。


『わたくしの愛しの仔たち。次は妖精界にきて、たくさんのお話を聞かせて頂戴ね』

『モチロン、女王(ティターニア)


 フィールや他の妖精も嬉しそうにくるりくるりって空を飛びかう。


 そうして妖精女王は、夜の森に溶けて消えてしまった。


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