妖精の国の女王【前編】
私が小さな友人との再会を喜んでいると、ラチイさんがソファへ座るように促してくれた。素直にうなずいて、ソファに座る。フィールが私のすぐ側で、ひらりと身体を一回転させた。
『ゴメンねン、チカ。コンドラチイにお願いしたラ、チカにも聞くって言うカラ』
「謝らなくていいよ? ティターニアさんっていう人へのプレゼント探しなんだよね。私で良いならいくらでも力になるよ」
『頼もしいワ!』
フィールがさらにもう一回空中で一回転すると、ひらひらと私の顔の前で留まる。
それから「どうしましょ」と言いたげに、空中で頬杖をついた。
『あのねン、もうすぐ女王の生誕祭なのン。女王はネ、生誕祭でステキな贈り物をするト、贈り物をした妖精の森を祝福してくれるのン。デモデモ、最近ワタシたちの贈り物ってツマンナイみたいデ、祝福もらえてないのヨ』
「ふんふん。祝福ってのがよく分からないけど……つまりは素敵な贈り物を贈って、その祝福ってのが欲しいってこと?」
『そーなのン』
なるほどなるほど!
毎年プレゼントをあげてるなら、段々と贈り物に困るっていう気持ちはよく分かる。
私もここ数年、麻理子に誕プレ選ぶの苦労してるしね! 無駄なものをあげたくはないから、相手が持ってなくて尚且つ相手が欲しそうな物っていうと中々選択肢が狭まっちゃうんだよね~!
しかも、良いものをあげれば見返りがあるというんだから、これは気合いも入るというもの。フィールだけじゃなくて、他の妖精さんたちも気合い入ってるだろうから、並大抵の贈り物じゃ霞んじゃいそう。
「贈り物の定番といえば、その人の好きな物だけど……ティターニアさんは何が好きなの?」
『女王は珍しいモノやヒトの子が好きなノ。ダケド、ワタシたちの森はコンドラチイと共生ノ契約をしてるかラ、ヒトの子は連れ去れないワ。デモデモ、ワタシたちの森もティターニアの祝福が欲しいしィ。ダカラ、コンドラチイにイイモノがないか聞いてみたってコト』
おおっとなんか物騒な言葉を聞いた気がするんだけど? え? 人を連れ去るつもりだったの?
ぎょっとして固まっていれば、ミルクティーを淹れてきてくれたらしいラチイさんがキッチンから戻ってくる。私がマグカップを受けとると、ラチイさんは向かいのソファーに座って改めて説明してくれた。
「ティターニアは妖精の国の女王です。母なる存在として、同族の姿に一番近い存在である人間も愛するのです。チェンジリングを知っていますか? 妖精の国はあらゆる異界に繋がっているので、もしかしたら智華さんの世界にも同じような逸話が残っているかもしれません」
聞いたことあるような、無いような……?
チェンジリングって何? って聞けば、ラチイさんは「妖精の取り替え子のことです」と教えてくれる。生まれたときに赤ちゃんが妖精と取り替えられて、人間として育てられた妖精や、妖精として育てられた人のことなんだって。
んん~、もしかしたらティターニアも知ってたジローなら知ってるかもだけど……私はあんまりピンとこないや。
「連れ去ると言うと聞こえは悪いですが、まぁ、それくらいティターニアは人のことも愛しているのです。時と場合にはよりますが、人の世で不幸に生きるくらいならば、妖精の国で幸せに生きるのも一つの生き方だとは思います」
ラチイさんの話しぶりに私は微妙な気持ちになる。
私たちの世界でも皆が皆、幸せとは限らないからこそ、ラチイさんの言いたいことはなんとなく分かってしまった。
「それで? そんなティターニアさんへのプレゼントって結局どういうのが良いの? ちょっと好きなものをストレートに渡すには障害がありすぎる気がするし……」
「それを一緒に考えていただこうと思って、智華さんをお呼びした次第です」
『チーカ、頼りにしてるワ』
キラッキラと満面の笑顔を向けた一人と一匹。
確かに二人は最初からそう言ってたよね! でも私、そのティターニアさんって人……いや妖精? 知らないしなぁ……。
うんうん、唸って考えた結論。
「いっそのこと、ティターニアさんに聞くのは?」
『ダメよン。貰う楽しみがなくなっちゃうワ』
「え~、難易度高いよう。せめてその人がどんな人なのか分かればもうちょっとどうにかなるけど……」
あまりの無茶振りに両手を上げて降参すれば、ラチイさんも天井を見上げながら大きく息を着く。
「フィール・フォール・リー。ちなみにですが、今までは何を贈っていたのです」
『ナナホシグサの髪飾り、人の子の作ったあま〜いお菓子、ワタグモヒツジのケープ、人の子の髪で編んだ紐飾り……』
「待ってストップちょっとタイム! なになになに、人の? 髪の? えっ、ちょ、えぇ……?」
フィールの挙げていくプレゼントでなんかホラーまっしぐらな物があるんですが!?
ぎょっとしてラチイさんの方に顔を向ければ、ラチイさんは微妙な顔をして私から目をそらした。
え、なにその反応。
ちょ、ラチイさん!?
「……そういえば数年前に、俺の家に来た何人もの魔術師がフィール・フォール・リーに髪をむしられるという事件がありましたね……俺ももれなく被害に会いましたが……あれか」
ものすっごい心当たりがあったらしいラチイさんが独り言のように教えてくれる。なるほど、それが紐飾りの正体か……いやいやいや、良識的に考えようよ! 不気味だよ! そんなの持ってたら呪いの異物だよ!?
「え、その紐飾り、ティターニアさんは喜んだの……?」
『モチロン! デモォ、その年は西ノ湖のが人の子に作らせた、銀リンゴの蜜細工がイチバンだったのン! 悔しかったワ』
もし人間だったらハンカチでも噛んでそうな感じでぷりぷり怒るフィールをどうどうと落ち着かせる。
フィールはすいーっと空中を滑ると、私の肩に乗って。
『ダカラ、チカ。お願いン。今年こそは祝福が貰えるような贈り物にしたいのン』
ネェ、お願いよン、とフィールに耳元でお願いされる。そんなこと言われてもなぁー。
力になって上げたいけど、やっぱりティターニアさんがどんな人か分からないことには、私も贈り物を決められる自信ないし……。
「いっそのこと、魔宝石贈るのは? 珍しさは断トツなんじゃないかなぁ」
『アラ、素敵! チカが作ってくれるのン?』
「ラチイさんが材料くれるならね」
私が作る魔宝石の材料は、全部この異世界のもので、しかもそれはラチイさんが所属しているという第三魔法研究所から提供されてる。だから私が気軽に作ってあげるとは言えないんだけど。
フィールと二人で上目遣いにラチイさんを見上げる。
ラチイさんは一瞬だけ思案するように目蓋を伏せたけど、すぐにその琥珀色の瞳を開いて柔らかく微笑んだ。
「いいでしょう。第三魔研から素材を含めた必要経費を提供します。俺の私物でもいいですが、第三魔研を通せば使用できる素材の種類も増えますし。ただし、条件付きですよ」
「条件?」
フィールと顔を見合わせる。
えー、条件ってなんだろ? そんな難しいことじゃないと良いんだけど。
私の内心を読んだのか、ラチイさんが目を細めてふっと笑った。
「智華さんへの条件は簡単ですよ。以前と同じく、その作業工程と完成した魔宝石の魔法効果を、記録に残させてください」
「そんなことでいいの?」
「はい。むしろ第三魔研としては一番大事なことなので」
それなら全然オッケー! なんだ結構楽勝な条件じゃん、と思ったら、ラチイさんが悪い笑みを浮かべた。
え、なにその顔。
ラチイさん、そんな顔するの。
「フィール・フォール・リー。あなたにも条件を」
『……なんだかとってもイヤな気がするワ』
フィールが私の肩にかかる髪にくるんとくるまるようにして隠れる。
フィールのその動きが可愛くて、ちょっとあとでツーショット撮らせて貰えないかなとか考えていれば、ラチイさんがフィールに条件を言い渡して。
「こちらも簡単ですよ、素材入手の手伝いです。それであれば我々が持つ素材なんでも提供いたします。女王に生半可なものは渡せないでしょうから」
『……素材は素材で交換をってコトねン。ちなみにナニが欲しいのン?』
「銀色の妖精の鱗粉です」
『ハァ?』
フィールが私の肩から飛び出した。エメラルド色の飾り羽が宙にふわりとなびいて浮かぶ。
『ムチャ言わないでよねン! そんなお仲間、見たコトないワ』
「今は、でしょう? 今後もし見つけたら教えてくださればいいのです。あなた方が囁く『風の噂』はどこまでも広がり、どこからでも届きますから」
にこにこと笑うラチイさんに、フィールがとても嫌そうな顔をする。
『コレだからこのオトコは食えないのヨ……イイワ、約束してアゲル』
背に腹は変えられないと言いたげにフィールはラチイさんに頷いた。ラチイさんがますます笑みを深めている。これで取引成立かな?
フィールはくるくると空中を何回転かすると、私の頭の上に着地して寝そべるように頬杖をついた。
『本当なラ、妖精の約定はこんなアイマイでオワリのないモノは無効なのよン』
「知ってます。俺としても賭けのようなものですので、妖精の約定にしていただかなくとも結構ですよ」
『アラ、口約束でイイのン?』
「十分ですよ。むしろあなたの言うように、こんな曖昧なもので妖精の約定を交わせないでしょう」
『ソーネ、そのトーリ。分かったワ。銀色のお仲間サン、見つけたラ教えてアゲル』
ラチイさんとフィールが二人で何かよく分からないやり取りを交わしていたけど、どうやらお互いに落ち所が合わさったようで、話が終わった。
二人の話のキリがついたところで、私はラチイさんに尋ねる。聞きたかったんだけどさ。
「妖精の約定って何?」
「あぁ、そうですね。智華さんも知っておいたほうがいいでしょう。妖精の約定とは、妖精と交わす契約魔法の一種です。先ほどフィール・フォール・リーが俺と共生の契約をしてるって言っていましたが、それも元は妖精の約定で交わした契約です」
知らない言葉を聞いてみれば、ラチイさんが丁寧に解説してくれる。共生の契約の話をされて、そういえばそんなことをフィールが最初に言っていたなっていうのを思い出した。
「妖精の約定は魔法による担保のようなもので、妖精も人間も、約束や契約を反故にすればそれ相応の報いを受けることになるんですよ」
「報いって?」
「魔力が定められた分、譲渡されますね。この譲渡に定めた魔力の分量で、人間も妖精も互いの信頼を買う魔法なんです」
へぇ~、なるほど。
そんな魔法もあるんだね?
聞けば聞くほどファンタジーな世界にうなずいていると、ラチイさんが再びフィールに視線を戻す。
「では、女王への贈り物は魔宝石で決まりということで。俺は素材の申請をしようと思います。お二方はこれからどうしますか?」
「やっぱりティターニアさんに会いに行きたいなぁ、なんて。直接聞かないけど、その人がどんな人かはやっぱり知りたいなって」
『ナラ、これから妖精界に行きまショ。女王にワタシたちのオトモダチって紹介するワ』
フィールと二人でどうする? そうする? って話を進めていると、ラチイさんからストップがかかる。
「智華さん、駄目ですよ。気軽に妖精界に行っては」
「どうして?」
「妖精界と人間界では時の流れが違います。向こうでの一日がこちらの一月になることも、一年になることもあるので」
「えっ!? そうなの!?」
ぎょっとしてフィールを見れば、フィールはこてんを首を傾げてる。
『時間くらい。たいしたコト、ナイじゃなーいン?』
「妖精にとってはそうでも、人間にとっての一日は非常に大切なんです。俺だってこっちの世界と智華さんの世界の時間のズレを修正するための魔法を回路に組み込むの苦労したんですから」
苦虫を噛んだみたいに渋い顔になるラチイさん。
というか、やっぱりこの世界と地球じゃ時間が違うの?
「流れる時間はたぶん同じですよ。ですが単純に空間移動だけをすると時差が数時間ほどあるみたいでして。人体に影響がない程度に時間を歪めて調整をしています」
「理屈は分かんないけど。すごいことしてるんだね?」
えっと、つまり、日本からヨーロッパへ瞬間移動した時に、本当なら昼と夜くらいの時差があるのにどっちも昼にするってことでしょ? よく分かんないけど、すごいことは分かった。
魔法って相変わらずすごいなぁと感心していると、ラチイさんが「ですが」と言葉を繋げた。
「時間の流れる感覚が同じならばこういった小細工もできますが、妖精界は人間の理から外れるので、できません。なので智華さんが行くのは非常に危険なんです」
「そっかぁ。なら諦めるしかないね」
『ザンネンねン』
フィールと二人でがっかりする。
でもがっかりしてちゃ始まらない。
フィールからティターニアさんのお話を聞いておこう。なんとなくでもイメージを固めないことには、何もできないし、作れないから。
「それじゃぁフィール。ティターニアさんについて、たくさんおしゃべりしよっか!」
『モチロン! いっぱいオシャベリしまショ』
ティターニアさんがどんな人で、どんなものが好きで、どんな風に過ごしているのか。
夢中で話をしていた私とフィールは、ラチイさんがお昼ご飯の時間を告げるまでずっと話に花を咲かせていたのだった。




