ハンドメイド作家とそよ風と落葉の妖精
「お腹空いたぁ~」
チャイムが鳴って、ようやく四時間目の中間テストが終わった。
私はくてっと机に伏せて、きゅるると空腹を訴えるお腹をおさえる。ようやくお昼ご飯だー!
「智華ちゃん、今日はどこで食べる?」
「教室でいいんじゃないかな。麻理子は急ぎの作業ある?」
「ないよ~」
親友の麻理子とお昼を食べる場所を相談して、私は立ち上がる。
一週間の終わり、金曜日。
あとは午後のテストだけなんだけど、明日は休み、さらにはもうすぐ夏休みだって思うと、この午後のテストが長く感じちゃうんだよねー。
麻理子と近くの机を向かい合わせでくっつけて、お弁当を広げる。
今日のお弁当は、なーにかなー?
野菜炒めとポテトサラダ。
テストを頑張る私のために、さくらんぼも入ってる~!
「いただきまーす」
午後のテストも良い点数が取れるようにと、悪あがきのために教科書を開きつつ。背中とくっつきそうなお腹をおだてながら、手を合わせてやっと箸を持った時だった。
ぶるぶるぶる。
「ん?」
ブレザーのポケットのスマホが震える。
すぐに止まったからメールかな?
私はスマホを取り出す。
「どうしたの?」
「んー……。あ、ラチイさんからだ」
画面を確認してみると、ラチイさんからのメールだった。
通知をタップする。
テスト前日だから、お仕事関係は調整してもらってるんだけど……どうしたんだろうね?
えーと、なになに……。
『テスト期間中にすみません。仕事とは別で手を貸していただけないでしょうか。フィール・フォール・リーからティターニアへの贈り物を頼まれてしまい、困っているのです。テストは今日まででしたよね? 週末の予定がなければ、明日の朝十時にお迎えに上がります。』
週末……明日、明後日ね?
別に予定は空いてるけど。
「智華ちゃん? 何かへんなことでも書いてあるの?」
「うーん……いやね? 知らない名前があるなって。ティターニアって誰だろ……」
一度だけしか会ったことがないけど、フィール・フォール・リーは分かるよ。長い名前だけど、衝撃的な出会いをしたから覚えてる。
彼女はエメラルド色をした妖精さん。異世界の、ラチイさんの家の近くの森に住んでいる。でも、このティターニアって人には心当たりがないなぁ。
スマホの画面とにらめっこをしながら、メールの本文に書かれた知らない名前について考えていると。
「ティターニア。妖精の国の女王。そんなことも知らないのか宝石女」
「はぁー?」
この言い様。
こんな言い方する奴なんて一人しかいないでしょ!
うしろからした声に振り向く。
そこにはやっぱり。
「遅くなったな麻理子!」
「ジロー。購買、早かったね?」
「チャイムと同時にダッシュしたからな!」
私の後ろには、購買のパンを両腕に抱えたジロー・山田・バルテレミーが、恋人である麻理子に向かってキラリとした笑顔を向けていた。
ジローはそのまま近場の机を寄せて、私たちの机にくっつける。そこにパンをばらまいて、私たち女子二人の中に堂々と混ざってきた。
「ちょっと、山田ジローはお呼びじゃないんですけど」
「ミドルとファーストつなげんじゃねぇって何回言ったら分かるんだこの宝石女」
「二人とも、喧嘩はやだよ」
麻理子がへにょりと眉を下げる。
うぐぅ、麻理子にそんな可愛い顔をされたら喧嘩なんてできないよね!
「そうだね、ジローと喧嘩するより麻理子とお話ししたほうが有意義だよね!」
「良い度胸してんじゃねぇか。麻理子は俺の恋人なのに抜け駆けすんじゃねぇよ!」
「あはは、恋人なんかより私たちの親友としての絆の方がかたいんだよ!」
「笠江、てめぇ……!」
「二人ともっ」
ジローとちょぉっとだけにらみ合ってると、麻理子が困ったようにわたわたし始めた。それに気づいたジローが、麻理子の頭を撫でて、そのイケメンフェイスに花が咲くようなとびきりスマイルを作る。
「ごめんよ、麻理子。本当は困らせたくないんだけどな」
「お願いだよ、ジロー。智華ちゃんとは仲良くしてほしいの。ジローと同じくらい、智華ちゃんは私にとって大事な人だから」
「……善処はする」
私は二人から目をそらす。あんな甘い空間直視なんて堪えられないもん!
あぁ、かわいそうな麻理子。
この顔だけ男に見事に騙されてるよ!
激甘カップルのイチャ甘空間からすい~っと視線を泳がせれば、ジローのイケメンスマイルの流れ弾をくらったクラスメイトの何人かが顔を赤らめているのを見てしまった。
……名前は没個性だけど、やっぱり外国人とのハーフだからか、顔だけはいいんだよなこの男。
気を取り直して、お弁当に箸をつける。
メール画面を開いたスマホは、お弁当箱の横へ。
「で、山田ジロー。ティターニアを知ってるの?」
「だからその呼び方ヤメロ」
ジローは私をじろりと睨んでから、買ってきたらしい焼きそばパンの袋を開ける。
「ティターニアは妖精の国の女王の名前。アニメや漫画でも結構使われてるな。シェイクスピアの『夏の夜の夢』っつー戯曲が元ネタだそうだ」
「ジロー、すごいね。詳しいんだね」
「まぁな! こんなの一般教養だからな!」
「一般教養のくくりが広すぎる」
少なくとも私の教養知識の中には入ってなかったよ!
まぁ、ジローの豆知識はさておいて。
「ティターニアさんへの贈り物選びかぁ。なんだろう。誕生日プレゼントとか?」
「コンドラチイさんはプレゼント選びを智華ちゃんにお願いしたの?」
「正確には、ラチイさんと共通の知り合いでフィールって子がいるんだけど……その子からのお願いみたい」
ティターニアさんへの贈り物。
フィールからのお願いで……ティターニアは妖精の女王の名前……。
………………いや、まさかね?
私はちょっとだけよぎった可能性に頭を振る。いくら地球でティターニアが妖精の女王を指すって言っても、異世界でまでそれが一致するとは限らないでしょ。
とりあえず、ラチイさんには『週末空いてます』ってメールして、と。
お昼ご飯、食べちゃお!
◇ ◇ ◇
土曜日の朝十時。
テストから開放された私がささやかな自由を満喫していると、時間通りにラチイさんは来訪のチャイムを鳴らした。
「おはよう、ラチイさん!」
「おはようございます、智華さん」
ゆるく束ねた銀の髪が朝日にまばゆく輝いて、琥珀色の瞳が優しく細められる。
水色のシャツに黒のスラックスといういつもの出で立ちで、ラチイさんはにっこりと微笑んだ。
「急にすみません。ちょっと俺だけじゃどうしようもなく……智華さんなら良い考えが無いものかと思いまして」
「私で良いなら全然っ力になるよ!」
「ありがたいです」
ほっと胸を撫で下ろすラチイさん。
その様子に本当に困ってたんだなぁなんて思う。
「それで今日はどこでお話し?」
「できれば俺の工房で。フィール・フォール・リーも待っていますから」
「オッケー」
私がうなずくと、ラチイさんがさっそく魔法を使おうとして。
「待った。外じゃ光って目立っちゃうから、中に入ろう」
今の時間、人の往来が多いからね!
ついさっきも犬の散歩をしているご近所さんが通ってったし。
ラチイさんを家の中にいれると、離れないようにと私の腰に腕がまわされて、ぐっと抱き寄せられる。
だからこの距離感!
だんだん慣れてきたとはいえ、やっぱりまだ照れちゃうよ!?
「それでは。まぶしいので目を開けないように」
ドキドキと速くなる心臓の音と、静かなラチイさんの声に耳を傾けると、床がぱあぁっと怪しく光る。
足元には紫色の魔法陣。
いつもの浮遊感。
そしてまばたきの後には、ラチイさんの工房に居座っているレッドドラゴンの生首と視線が合ってしまった!
「ひぃやぁぁぁっ!」
「智華さん、悲鳴がひどい」
インパクトのある生首を前にして叫ばずにいられないでしょ!? ていうかラチイさんこそ何気に言葉がひどいよね!?
「もう何度も出入りしてるんですから、そろそろ慣れてください」
「無理。絶対無理。爬虫類はほんとうに無理」
「爬虫類……」
だってあれはどう見ても爬虫類の仲間でしょ!? ヘビとかトカゲとかが大の苦手な私にはとうてい慣れっこないよ!
ぶんぶん首を振っていると、ラチイさんが苦笑をして工房の出入り口の扉に手をかける。
「とりあえず居間のほうへ。座りながら話を……」
『チカ~~~っ!』
「うぐっ」
扉を開けたとたん、私めがけて小さな緑色が飛んできた。ラチイさんの顔面に、サギの飾り羽のような羽の一部をぶつかったのを見逃さなかったよ!
そんなハプニングがありつつも、彼女と目が合えば自然と笑顔があふれてくる。
頭にエメラルド色のトサカをのせた、小さな妖精。
「フィール! 元気だった?」
『モチロン! チカこそ元気だったかしらン?』
そよ風と落葉の音から生まれた妖精と額を合わせて再会を喜ぶ。
またこの小さな友人に会えて、私は嬉しいよ!




