きっといつかの可能性
「ラチイさん、お待たせ!」
「はい、お待ちしていました」
学校帰りのおしゃれなカフェ。
今日も今日とてラチイさんのキラキライケメンフェイスにひかれて集まる視線のなか、私はラチイさんのいるテーブルへと座る。この視線にもわりと慣れてきたよね!
「遅くなってごめんね、ラチイさん。英語の小テストがうっかり再テストになっちゃって……」
「学生さんの本分ですからね。そちらを優先してもらって全然かまいませんよ」
「私は英語のテストよりアクセサリーを作ってたいんだけどなぁ」
待ち合わせに三十分も遅れてしまった私に、いつものように優しく声をかけてくれるラチイさん。うぅ、今はその優しさが身にしみるよぉ……。
言い訳をするならば、私は決して勉強をサボっていた訳じゃないんだよ? でも、先週ごたごたしてたのを理由に、すっかり頭から抜け落ちていたツケがまわってきてしまったというか、なんというか……。
大きくため息をついて、私はメニュー表を手に取る。テストは終わったんだし、やめやめ! 美味しいおやつでも頼んで忘れよう! なーにを頼もうかなぁ~。
賑やかな夕方のカフェのなか、メニュー表とにらめっこをしながら、私はラチイさんに声をかける。
「ラチイさん、ラチイさん」
「はい?」
「あれからどう? お姫様の婚約式はうまくいったのかな?」
アイスコーヒーを飲んでいたラチイさんが、ストローから口を離した。
「はい、つつがなく。智華さんも来られたら良かったんですが」
「むりむりむり。あのメンツの中で息してるのむりー」
そこまで肝は据わってないからね私!
私が作ったアクセサリーを身につけて、王子様と将来の約束をするお姫様。その姿はぜひとも見たかったんだけど……あの偉い人たちに囲まれたまま婚約式に出るのって、場違いにもほどがあると思う。やっぱ無理。
ぷるぷる頭を振っていると、ラチイさんがくすくすと笑って。
「智華さんの魔宝石、とても王女殿下にお似合いでしたね。よく身につけられているそうですよ」
「ほんとー?」
魔法があるとはいえ、アクセサリーだもん。似合ってこそ、使ってこそ、だよね!
ラチイさんの言葉に満足した私は、テーブルにあるベルを鳴らして、店員さんにミルクセーキとシフォンケーキを注文する。
店員さんが注文をとって去っていくのを見送って、もう一度私はラチイさんに声をかけた。そういえばずっと疑問に思ってることがあったんだよね。
「ねぇねぇラチイさん」
「はい」
「ダニールさんの研究報告書、あれどうしたの?」
「普通に書かせただけですよ」
普通に書かせただけ?
いやいやいやいや。
ラチイさんがお披露目の場で持っていたダニールさんの研究報告書は、およそ半日で完成させたのがびっくりなくらいしっかり綴じられてるものだったし、なんたってあのフォミナ侯爵が一目おいたくらいだよ?
「ダニールさん一人で大変だったんじゃない? 今度お礼しなくちゃ……」
「必要ないですよ。むしろダニールのほうが智華さんに感謝していたくらいなので」
私の顔を見て微笑む琥珀色の瞳。
その瞳に映った私の顔がきょとんとしてる。
ダニールさんが私に感謝?
「どういうこと?」
「智華さんのおかげで、太陽の樹液の魔力伝導率と魔宝石の最終魔力含有量がこれからの魔宝石作りでの最大の課題になりそうですからね。魔宝石研究がまた一歩、前進したと言っても過言ではありません」
「……へー?」
難しくてよく分かんない。
まぁ、ラチイさんたちのお仕事に役に立ったのならいいや!
「あれにはフォミナ侯爵も驚かれていましたしね」
「あの嫌味なおじさん?」
「お、おじさん……」
ラチイさんの言葉に反射的に返すと、ラチイさんが苦笑する。
「……並大抵の論文では論破されてしまいますが、報告書という結果のみであればフォミナ侯爵は認めてくれます。厳しい人ではありますが、結果を重んじる人ですので、フォミナ侯爵の智華さんを見る目は変わると思いますよ」
そういう人なんだ、と思いつつ。
ラチイさんてば、一番大事なことを忘れていない?
「私なんかのことはどうでもいいんだよ。あのおじさんに会いたくないなら日本に帰ればいいんだもの。それよりもラチイさん! ラチイさん、これでクビにはならなさそう?」
今度はラチイさんがきょとんとする。
首が微妙に傾きかけて、目がまぁるく開かれた。
それからラチイさんは笑顔になって。
「忘れてました。そういえば俺のクビもかかってましたね。あはは」
「それ忘れちゃダメじゃない!?」
ちょっとラチイさんー!?
もう、せっかく私頑張ったのに、ラチイさんはクビですって言われたら私泣くよ!?
じと目でラチイさんを見ていると、ラチイさんが表情を和らげる。
「智華さんが心配することじゃありませんよ。それにおそらく、今回の件は無事フォミナ侯爵に認められたと言っていいでしょうから」
「どうしてそんなことが言えるのさ」
分かんないじゃん! それこそ独裁者みたいに、ふらっとやってきてクビを言いつけに来そうだよあの人!
理解ができないと唇を尖らせれば、ラチイさんは困った顔をしてアイスコーヒーのグラスをストローで混ぜる。
「フォミナ侯爵は厳しいだけなんですよ。言葉選びも不器用で、表情筋も固くて内心が読み取れにくく、そのせいで敬遠されがちですが……功績は素直に認めてくださいます。それも国王陛下の御前で証明したのです。なかったことにはいたしませんよ」
「……ひどいことをされたのに、ずいぶん肩を持つね?」
「智華さんの国にもあるでしょう? 終わり良ければすべて良し、ってね?」
ラチイさんが笑顔でウインクをする。
もー、そーゆーことじゃないんだけど!
でも、ラチイさんがこれでいいなら私もそれでいいや。私はちゃんとお姫様に魔宝石を渡せたんだから。目的達成は出来たし。これ以上、蒸し返してあのいけすかないフォミナ侯爵に目をつけられたくないし!
はぁぁと深くため息をつくと、店員さんがやってきてミルクセーキとシフォンケーキを置いていく。私はミルクセーキをちゅーっとストローで飲む。
「……それで、ラチイさん。今後はどうする感じ?」
「今まで通り魔宝石の研究を続けますよ」
「うん、そうだけど、そうじゃなくて……」
ミルクセーキを飲みながら、ラチイさんをチラリと見る。
「……私はお仕事を続けさせてもらえるのかなーって……」
そう、それなのです。
今回の件、色々あったわけだけど、元々私のアクセサリーって、研究目当てで作らされてたわけじゃん? それでダニールさんの研究もぐんって進んだわけじゃん?
……私の魔宝石は、いつまで必要とされるのかなって思っちゃうわけですよ。
「私のアクセサリーってさ、研究のために使われてたんだよね。それなら、研究が進んだら私のアクセサリーって」
「智華さん」
もう要らないよね、という言葉を遮って、ラチイさんが真っ直ぐに私を見据える。
「研究は進みましたが、終わったわけではありません。それに、智華さんには作ってもらいたい魔宝石があるんです。智華さんの可能性を、俺は期待してるんですから」
そう微笑むラチイさんの言葉が、私にある記憶を思い起こさせる。
それは、あのハートのマカロンの魔法で炎に包まれた時に、ラチイさんが私に伝えてくれた言葉。ラチイさんの、心の奥底に眠る本当の言葉。
なんだか、嬉しくなってきた。
まだ、私はアルバイトをやめなくていい。
まだ、私は魔宝石の秘める力を引き出せる。
まだ、私はラチイさんと一緒にアクセサリーを作っていられる!
だから、私は。
「そうこなくっちゃ! ラチイさん、それならどんどん依頼を頂戴ね! ばんばん魔宝石を作ってあげちゃうんだから!」
「頼もしい限りですね。では早速、次の依頼をお願いします」
ラチイさんが手帳を取り出すと、私も姿勢をただす。その手帳は、ラチイさんが私にお願いする魔宝石の依頼内容が書いてあるやつだから、私も真剣に聞かないとね!
キラキラしてて、つるつるしてて、宝石ってすごく綺麗。
でも、綺麗なだけじゃ輝けない。
宝石が一番綺麗に輝く瞬間は、誰かが強い想いを持って身につける時だって私は知っている。
魔法を込めた、不思議な力を持つ宝石ならなおさらに。
異世界の魔法使いは、その輝きの可能性を見つけるためにやってきて、私にその可能性を見いだしてくれたんだ。
『智華さんを宝石に例えるなら、無限の可能性を秘める、青薔薇のサファイアですね。誠実で深い青のきらめきは、俺の心をひどく揺すぶって、諦めていた願いへの可能性を期待させる。貴女は異世界で見つけた、俺の大切な宝物です。願わくば、俺の叶わぬ願いも、貴女の作る魔宝石で叶えて欲しい』
魔宝石の蜃気楼を通して伝わってきた、奇跡を願うラチイさんの強い気持ち。
私、頑張るよ。
ラチイさんの期待に添えるように。
きっといつか。私が。
異世界の魔法使いの願いを叶える魔宝石を作るんだって、思いながら。
私は今日も、世界で一つの魔宝石を作っていく!
【ハートマカロン・プリンセス 完】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
評価、ブクマ等、励みになります!
次章「バタフライ・イアーリング」もよろしくお願いします。




