ノンストップ・深夜テンション
「また失敗した……!」
私は、シリコン型から穴の空いたマカロンを取り出す。
ラチイさんの工房の作業台を占領した私は、夜も更けに更けきった時間からさっそく魔宝石作りを開始した。
道具と素材を並べて、私は砕かれた魔宝石と同じものを作っているんだけど……やっぱりそう簡単にこのマカロン地獄から脱出できはしないらしい。
失敗したマカロンの脱け殻をラチイさんに渡すと、ラチイさんは手のひらで転がしながら観察する。
「これもピエに近い部分の樹液が中央に流れていってますね。……やはり太陽の樹液の硬化速度と粘性が合っていないんでしょう」
さすがラチイさん。いくつか作って失敗したものを見せた結果がこれですよ。的確なご指摘、ありがとうございます。
ラチイさんがマカロンになり損ねた残骸を私に返してくれた。
「智華さん、これはどうしても中身をくり抜かないといけませんか?」
「どうして?」
「この太陽の樹液で、このように立体的で薄い膜のようなものを作るのは至難の技です。時間が足りませんよ」
「ダメ。それじゃあイメージと変わっちゃう」
中には動くとしゃらしゃら鳴るように、ビーズをいれたいの! それがこの髪飾りの一番のチャームポイントなんだもん!
それに魔宝石はイメージが大切なんでしょ?
もっと具体的に。
もっと意味を込めて。
もっとイメージを膨らませて。
「まぁるくコロコロ転がるビーズは思い出の欠片。日々に揺れ、転がり、揉まれながら、透明な色をあなた色に染めていく」
私は素材箱から小さな小瓶を取り出す。
透明な丸玉ビーズが小瓶の中でじゃらりと鳴った。
「それが、智華さんが思い描くこの小玉のイメージですか?」
「うん。だからこの子たちを太陽の樹液で固めちゃダメなの。ここにしまうものは、与えられる愛情で優しく染まる、素敵な心じゃないと」
だからハートの形を選んだんだ。
ハートは心臓の形って言うし、人間にとって一番大切な部分の象徴。目に見えないものを感じ、受け止めるのも、全部この場所。
心には、目に見えない素敵なものがたくさん詰まっているんだ。
小瓶を置いて、手でハートマークを作り、自分の心臓に当ててみる。ラチイさんが不思議そうに首を傾げている。
「ドキドキもトキメキも心で感じてるんだよ。それに恋のマークはハートって決まっているしね!」
良いこと言ったよね自分、とちょっと鼻高々な私に、ラチイさんが笑ってうなずいた。
「ではお菓子の形なのは?」
「とろけるように甘い恋は、お砂糖たっぷりのお菓子みたいでしょ? お姫様にはそんな素敵な恋をしてほしいんだ」
別にハートだったらマカロンである必要もなかったんだけど。でもさ、女の子はやっぱり可愛いものが好きじゃん?
それに色こそ強気な赤を選んだけど、ルビーのように情熱的な愛の中にも、あまやかで可愛らしい恋を感じ取ってほしかったんだ。
だから私はこの形を譲りたくない。
そう主張すれば、ラチイさんは難しい顔をしながらも考えてくれて。
「……この形にこだわるのなら、太陽の樹液の粘性を高めるか、押し型のようなものを作ったほうが良さそうですね」
「レジンでも作ってたけど、型は買ったやつだったから、レジン液の粘性でカバーしてたんだよねぇ」
「樹液の粘性ですか……。魔力や素材との相性に関しては研究が進んでいますが、樹液そのものの性質に関しての研究はあまり成果が出ていないんですよね」
ラチイさんが腕を組みんで、悩ましそうに思案してる。私はその様子を見上げつつ、首を傾げた。
「全く研究されてないの?」
「全くということは……。ただ、第三魔法自体が比較的最近の概念ですので、まだ未知の部分が多いんですよ。それに効率よく魔力を吸収、蓄積、魔法の発動が最重要課題ですので、どうしてもそういう評価されやすい研究をテーマにすることが多いんです。……予算も出にくいので」
おおぅ……ラチイさん、最後、最後。それが本音じゃない? どの世界も世知辛いのは同じなんだね……。
私は脱皮した脱け殻のようなマカロンの残骸をつまむ。
アクセサリーの形を変えるつもりはない。
でも、この工程を乗り越えないことには始まらない。
なかなか難しいね。
「薄くなって脆くなるなら、二度塗りはいかがですか? 補修をするようにそこに樹液を垂らしていけば」
「それはダメ。強度は確かに上がるけど、光の屈折に歪みが入るよ。中のビーズがきれいに見えない」
「なるほど……」
興味深そうにうなずくラチイさん。
二度塗りすれば確かに楽なんだけど、厚みが違う層が二つあると歪んで見えちゃんだよね。だからできる限り、一度で樹液を固めたい。
「この難関さえ越えればすぐなんだけどなぁ」
ちょっと疲れて、私は作業台に突っ伏す。
ひー、ふー、みー、よー。
チラリと視線だけを向けて数えるはマカロンの残骸。ふふふ、数えたら両手じゃ足りないくらいになってるよ。どうすればいいんだよもー!
二人で頭を悩ませても、良いアイデアが出るわけでもないし。成功するのを祈りながらあれこれと最善を尽くしてみるけど、成果は芳しくはないし。情けないことを言っている暇もない。
ゆらぁと起き上がって、ペトペトと樹液をシリコンに塗って、また一個UVランプにいれる。
これの繰り返し。
質の良いものが、納得のできるものが、人に贈れるものができるまで、繰り返す。
「智華さん、少し休みませんか」
「んー、もうちょっとね」
白のピエを添えて、硬化する。
「コーヒーをいれましたよ。智華さん、休憩しましょう」
「ありがと。あとでもらうね」
赤色のマカロンを硬化して、無色のマカロンを型から外す。生地の部分が薄すぎて、ピエの近くで破れてしまう。
「夜が明けます。智華さん、さすがに一度休みましょう」
「平気。まだいける」
また失敗。
もう一度、最初から。
「……智華さん。俺の話を聞いてます?」
「ほわぁっ」
足りなくなった太陽の樹液をトレーに出そうとした瞬間、トレーが横から抜き取られてしまった。
驚いてトレーの行き場を追いかけると、ラチイさんがにっこり笑っていて。……笑っているけど、目の奥は笑ってないね。
「智華さん」
「あ、ははは……」
笑って誤魔化そうとすれば、深々とため息をつかれてしまう。
「俺がお願いしたことですし、頑張っていただけるのも嬉しいですが。年下の女の子に全部背負わせるほど、俺は無責任じゃないつもりです。無理しない範囲で良いんです。智華さんにばかり無茶をさせて手に入れた成果なんて、嬉しくはありません」
こんこんと頭上からお説教が落ちてくる。
私は小さくなって、お行儀よく両手を膝の上に乗せて、ぺこぺこと頭を下げた。
「す、すみません……」
「食事はちゃんと摂ってください。二時間……いえ、三時間は仮眠する時間が作れます」
「えっ、いや、でも寝てる時間が惜しいし……!」
「寝てください。その間に、太陽の樹液をどうにかする方法を見つけてきますので」
「へ?」
ラチイさん今なんと?
私はまじまじとラチイさんの顔を見上げる。
ラチイさんの琥珀色の瞳がまっすぐに私を見ていて。
「ラチイさん、何て言った?」
「食事を摂るのと、仮眠をするのと……」
「そのあと!」
「太陽の樹液ですか?」
私は思わずイスから立ち上がる。
「どうにかできる方法あるの!?」
「絶対とは言えませんよ。でも、心当たりを一つ、見つけました」
そう言ってラチイさんがトレーを持つ手とは反対の手を持ち上げる。
分厚い本だ。
なんか見覚えのあるような?
「魔宝石に関するレポートを読み直していたら、やはり彼のレポートに気になる記事を見つけまして。直接話を聞きに行こうと思ったんです」
「彼? え、誰?」
「智華さんもすでに面識のある人ですよ」
「私も……?」
私が会ったことのある人で、魔宝石の研究をしている人……?
それってラチイさんと……
『いいえ。一応、うちは研究室ですから。彼の研究テーマは、魔宝石に蓄積する純粋な魔力量のみの増加なんです』
『魔宝石の魔法だけを研究するんじゃないんだね』
『そうですね。――の場合は太陽の樹液が研究対象になります』
パチンっと記憶が弾けた。
私は目を輝かせる。
いる! いるよ! 太陽の樹液そのものを研究対象にしている人!
それはきっと、からりとした笑顔が似合う、ワインレッドの髪をした――
「ダニールさん!」
「正解です」
ラチイさんがにっこりと笑う。
今度は喜ばしい意味での笑顔!
やったね、希望が見えてきたよ!
「いいね、いいね! やったじゃんラチイさんすごい!」
「それほどでも」
「さっそく会いに行こうよ! 善は急げ、急がば回れ! あれ? なんか意味が違う気がする? まぁいいや、どっちでもいいけど、早く聞きに行こう!」
このマカロン地獄から抜け出せる方法があるのなら、雨が降ろうと槍が降ろうと行ってみせますとも!
期待を胸に率先して工房から出ようとすると、後ろから腕を引かれてつんのめる。
「あわっ」
「智華さん。俺の話を聞いていました?」
「はぇ?」
ラチイさんの話?
「……ワンモァターイム?」
「何語ですかそれ」
「うっそ、ラチイさん英語通じない人!?」
まさかの衝撃新事実!
あっ、でも異世界人だから仕方ないのかな?
というか異世界って日本語が標準語? 今まで会ってた人たち皆日本語だった気がするけど――
「智華さん」
「……えっ、すごくない? 日本語が異世界共通語とか、バベルの塔は実は日本中心に建っていた感じ?」
「智華さん」
「そうなると世界の中心はやっぱ日本じゃん。すごいじゃん! やったー、日本人に生まれて良かった! ビバ日本!」
「ちーかーさーんー?」
「はーい! なんですかラチイさん!」
「……もう一回、言いますが。智華さんはお留守番です」
わっつ?
え? なぜに?
「不思議そうな顔をしない。今、完全に徹夜明けのおかしな状態になってる自覚あります?」
「いつもこんなんだけど?」
「元気なのは智華さんらしいですが、今の時間からその元気を使われると夜まで持ちませんよ。なので」
ラチイさんの指が私の額に近づく。
そして空中に何かを描くように動いた。
「え……?」
「俺が帰ってくるまで、大人しく寝ているように」
小さく輝く軌跡を生んだ指先が、私の額を軽くつついた……と、思ったら。
私の意識は、すこんと落ちるように暗転して。
……魔法を使うなんて卑怯だよラチイさん!




