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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
ハートマカロン・プリンセス

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24/105

砕かれる魔宝石

 目の前に立つ、いかにも偉いです! って感じの装いをした、白髪混じりの年配のおじさん。


 フォミナ侯爵。


 ラチイさんがひざまずき、その人に頭を垂れている。


 この不思議な場面を前にびっくりして固まっていると、目の前の偉そうなおじさんと目があった。


「……礼儀がなっておらぬな」

「申し訳ございません」

「礼儀もわきまえぬ者を連れて来るとは……コンドラチイ、お前に施した教育は無駄だったか?」

「……申し訳ございません」


 ラチイさんが深々と頭を下げる。

 ……なに、これ。

 目の前の偉そうな人が私をけなしてる。


 礼儀知らず?

 百歩譲ってそれは仕方なくない?


 心の準備をしていなかったし、こんな場所に突然連れてこられてどうしろと。

 その上で、ラチイさんにも暴言を吐いてるって。

 このおじいさん、何様のつもり?


「ちょっとおじさ――」

「智華さん」


 ラチイさんにズボンの裾を引かれ、私は視線を下げる。ラチイさんの月のように静かな目が私を射ぬいた。


 ………………、あぁっ、もう!

 後からちゃんと説明してもらうから!


 一度目をつむる。

 呼吸を整える。

 異世界流の礼儀作法なんて私、知らないもん!


「はじめまして、笠江智華って言います。よろしくお願いします!」


 名前を名乗るときは自分から!

 さぁ、やってやったよ偉そうな人!

 これで礼儀知らずだなんて言わせない!


 にっこり笑って、お辞儀をして、手を差し出す。

 それでも。


「無礼が過ぎるぞ、物知らず。触れるな」


 ……………は?


「……なに、その言い様」


 ぼそっと呟く。

 ラチイさんが私の裾を引いて、小声で声をかけてくる。


「私の真似をしてください」

「……」


 渋々、膝をついた。

 跪く私に一瞥をくれた偉そうな人は、鼻をならしてラチイさんへと視線を向けた。


「さて、コンドラチイ。お前が見つけたその職人が、王女殿下の所望する魔宝石を作ったと言っていたな」

「はい」

「当初は王女殿下の私的な願いということだったから、私も気にはとめなかった……が」


 一拍の間。

 時が止まったように錯覚するくらいの、一瞬の間。

 不吉な予感がやってくる。


 ……ここに呼ばれたのは、やっぱりその件だよね。

 これは大事なこと。次に何を言われるのか聞き逃さないように、私は耳をすませる。


「できあがったこの魔宝石はなんだ?」


 私はパッと顔をあげる。

 私の作った赤色の髪飾りが、あの偉そうなおじさんの手の中にあった。


「公の目に触れるからと思い見てみれば、なんとも陳腐なものだな。子供のおもちゃのようだ。こんなもの、王女殿下に差し出しても良いと思っているのか?」

「おもちゃだなんてとんでもない。それは正真正銘の、魔宝石です」

「本当にそうだと言えるのか? 聞いたぞ、この魔宝石にこめられるはずだった魔法のことを」


 偉そうな人の目が、鋭さを増す。

 私の作った魔宝石の魔法、失敗している感じ……?


 不安になって、ラチイさんのほうをちらりと見る。よくよく見たらちょっと隈がある。寝てないのかな。


 でもラチイさんは、そうだと分からないようなすまし顔で。


「左様ですか」

「白々しい」


 さらっと流したラチイさんに、偉そうな人が眉を潜めた。


「意中の相手をたぶらかすための魔宝石……婬魔のような魔法をこめようとしたらしいな。本当にそんなものを作られては、それはそれで問題だ。だから私が直々に介入しにきたというのに……それがどうだ? ふたを開けてみれば、子供だましのくだらんおもちゃだだったと。見込み違いもいいところだ」


 え、なに?

 意中をたぶらかす? 婬魔?

 要するに、私は王子様を悩殺する魔法をこめるのに失敗してるってこと?


 べつにそれは目論見通りというか、元々そのつもりだったからいいんだけどさ。

 ……見込み違い、とは?


「ラチイさん、ラチイさん」

「どうしました」

「魔宝石、どんな魔法がこめられたの?」


 ラチイさんの表情が曇る。

 この顔、あんまりよろしくない魔法が入ったな?


「かなり微弱な魔法と言いますか……用途が不明というか」

「どういうこと?」

「知らないのか娘?」


 偉い人が見下したように鼻をならす。


「自分がこめた魔法すら知らないだと? ……もしやこの職人、魔石に魔力をこめられすらしないのか? いや、そうであれば職人と呼ぶのもおこがましい。役者不足だったな、コンドラチイ。こんな無才者に魔宝石を作らせるとは、第三魔研は遊びの場にでも成り果てたか。話にもならんな」


 はぁ〜!?

 ちょっとイラッとしてしまった私は悪くないと思う!


 魔法なんて使えなくて当たり前。

 それが普通の世界に生まれただけ。


 たったそれだけで、こんな風に言われる筋合いある?

  

「ちょっと! なんで私がそこまで言われなくちゃいけないのさ!」

「貴様に発言権はない。黙らせろ」


 思わず声をあげれば、目の前のいけすかないおじさんの視線一つで、私たちを囲んでいた人たちが一斉に小さな魔法陣みたいなものを出してくる。


「やめてください、侯爵!」


 ラチイさんが私をかばうように前に立つ。

 視線をあげ、真っ直ぐに目の前のおじさんを見るラチイさんの表情は険しくて。


「魔力がなくとも彼女以上の職人は今、この世界にはおりません。危害を加えるのはやめていただきたい」


 堂々と返したラチイさんに、偉そうなおじさんは鼻を鳴らす。


「世界ときたか。時空を越える魔法使いとして、発する言葉の意味はよく考えよ。魔宝石職人は他にもいる。どうせ魔力を蓄積するだけの装飾になるのなら、もっと見目よくつくれる魔宝石職人を使え」


 言外に、私のアクセサリーは見た目がよくないと言われたようで、胸がずきりと痛む。悔しくなんかない。だってその通りだ。


 本当はもっと綺麗なものが作りたかった。

 そのためにパーツは何個も作った。

 だけど、綺麗に作られたパーツじゃ、なんどか満足いかなくて。


 それのせいで、私が、ラチイさんが、こんな風に言われているのだと思うと、すごく悔しい。


 何も言い返せずに、床をじっと見つめていると。


「……作れます。智華さんの作る魔宝石は、いつだって美しい」


 ラチイさんの毅然とした言葉。

 その言葉に私は少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 でも、偉そうなおじさんはそれだけじゃ納得してくれなくて。


「そう言うなら、最初から作って欲しいものだな。こんなおもちゃではなく」


 おじさんが、私がお姫様のために作った魔宝石を床に転がした。

 カシャン、と落ちる私の宝石。


「魔力をこめても、ろうそくのような炎が揺らめくだけ。形も不格好。これをおもちゃと言わずなんと言う」

「それは……」


 ラチイさんが口ごもる。

 それを鼻で笑い、偉そうな人が一歩、前へ踏み出した。


「くだらん」


 くしゃっと、小さな音がした。


「脆い。こんな脆いものが……この国を救えるなど、おこがましい」


 おじさんが背を向ける。

 ゆったりとしたローブの裾がひらめいた。

 その裾が通りすぎたあとには、無惨に砕けて床に散る、……私の、宝石。


 一瞬だった。

 壊れるのは、壊されるのは、一瞬。

 私の宝石が、ゴミのように踏み潰されて。


「…………な……」


 私の胸の中に、ぽこりと黒い淀みのようなものが生まれる。

 ふつふつ、ぐらぐら。

 冷たいのに、煮立った鍋のような熱い感情。

 ぐるぐると胸の中をかき混ぜる。


「智華さん……?」


 ラチイさんが私のほうを振り返る。

 唇を噛みしめ、私はうつむきかけた顔をあげる。


 一瞬だけ視線の合ったラチイさんが、目をみはった。


 ごめん、ラチイさん。

 かばってくれようとしたのに、台無しにするかも。


 だって無理だよ、こんなの。

 こんなことされて、怒らないほうがどうかしてる!


 私は胸のうちにくすぶるものを吐き出した。


「ふざけないでよ!」


 くやしい。

 くやしい。

 くやしい!


「小さな魔法の、何が悪いの。人の心を魔法で操って結ばれて、お姫様は王子様と幸せになれるわけないじゃん。そんなことも分からないで、人が丹精こめて作ったものをおもちゃ呼ばわりして、挙げ句の果てには壊して。魔法だとか魔力だとか、全部魔法ありきの考え方、気にくわない!」


 去ろうとしていたおじさんの足が止まる。


「発言を貴様に許した覚えはないが……まぁいい。それがお前の仕事だ。お前は仕事を全うしてない。ただそれだけのことではないか。……それともなんだ? 国の一大事に傷をつけ、あまつさえ私に逆らい、牢にいれられたいのか?」


 振り返ったその人の鋭い眼光に心臓が一瞬縮むように痛む。

 だけど、私は目をそらさない。

 こんな人を見下すだけの人から目をそらしたら、それこそ私の負けじゃん!


「これが私の仕事だというのなら、口出ししないでよ!」

「愚かな。遅かれ早かれ、私の耳には届く。この程度の力量で国の顔になろうとするとは。恥をさらしたいのか?」

「国のためじゃない。あなたのためでもない。お姫様のための魔宝石だよ。あなたが気に入らなくたって、お姫様が気に入れば私は魔宝石をお姫様に渡す。それが私のお仕事でしょう!」


 私は、私の仕事に誇りを持ってやってるよ。

 それをよく知らないおじさんに、いきなり恥さらしとか言われるのは違うと思う!


 だけどこの偉そうなおじさんには、私の言葉なんか、通じなくて。


「……もう一度言おう。これは公の目に触れる。これがラゼテジュの未来を左右する鍵になるのだ。私の目に敵わぬ不釣り合いなものを作れば壊すのみ」

「それを最後に決めるのはお姫様だよ! あなたにそれを決める権利なんてない! 私の仕事だというのなら、お姫様が納得するまで私が魔宝石を作るだけだよ!」


 力いっぱい、啖呵をきってやる。

 くやしさは、次へのステップアップ。

 負けない。

 つぶれない。

 立ち止まらない!

 それが私、笠江智華!


「……威勢だけは良いな。その姿勢は買ってやろう」


 おじさんが唇の端をあげ、わずかに笑ったように見えた。


「今一度機会を与えようではないか。だがこれは国の大事に直結する。生半可な物は許さんぞ。必ず、この私をも納得させる魔宝石を作れ」


 言いたい放題言うと、おじさんの視線はラチイさんへと向く。


「コンドラチイ、お前もだ。お前が連れてきた職人だ。お前の職人が私相手にのたまったことについて、お前も当然、覚悟が出来ているだろうな」

「ご期待に添える覚悟ならとうの昔に」

「ならば」


 ラチイさんの言葉を、鼻で笑う。


「次に駄目だった場合、第三魔法研究室は解体し、再編成する。室長であるお前は当然解任。私の配下に戻す」


 はぁ!?


「そんなのラチイさんのせいじゃないじゃん! 作るのは私だよ!? 腕が悪いのは私のせいだけでしょ!? 何様のつもり!?」

「何様だと? 貴様こそ何様のつもりだ」


 おじさんがラチイさんから私に視線を移す。

 睨みつけるように視線を返せば、この偉そうなおじさんは。


「私はフョードル・アフクセンチ・フォミナ。魔法省長官であり、フォミナ侯爵家当主。口のきき方をわきまえよ」


 一方的な上下関係というものを、私に叩きつけてきた。


2024/12/20

「魔力至上主義でヘイトだけが高いめちゃくちゃ嫌なおじさん」ことフォミナ侯爵の性格を「礼儀に厳しいだけのツンデレおじさん」に変更しました。

以降のシーンでフォミナ侯爵の魔力主義による差別発言があった場合、順次差し替えていきます。

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