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世界に一つの魔宝石を ~ハンドメイド作家と異世界の魔法使い~  作者: 采火
ハートマカロン・プリンセス

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18/105

妖精の鱗粉【前編】

「おはようございます、智華さん。いい天気ですね」

「おはよぉございますぅ……」


 キラッキラの笑顔で朝の挨拶をしてくるラチイさん。昨日のことなんて無かったかのように、今日も爽やか笑顔のイケメンさんだ。


 ちくしょう、私のほうは微妙に寝不足だというのに……!


 まだ太陽が昇りきる前、まだ空がうっすらと紫がかかる時間。

 のそっと起き出して、私たちは森へとくり出すべく……外へと出たんだけど。


「ねっむぃ……」

「まだ陽が昇る前ですからね。昨夜はよく寝れましたか?」

「あはは~。……あれで寝れたと思うのかねラチイさん」

「はい?」

「ナンデモナイデスヨー」


 お酒あるあるの鉄則そのいち!

 お酒飲んだら記憶がなくなる!


 ねぇラチイさんは昨日のデコチュー事件覚えてるの!? 覚えてないの!? どっちなの!? それだけが気になりすぎて、結局一睡もできなかったんだよばかぁ!


 ナチュラルにおやすみのキスをするなんて、他人との距離感バグってるでしょラチイさん!

 欧米か! 欧米人ですか!?


 一人握りこぶしを握りながら、私は色々と言いたいのをグッとこらえる。むしろここで蒸し返して困るのは私だし!


 私はふかぁく息を吸って、朝のまだ冷たい空気を胸一杯に詰めこんで、はきだす。……うん、落ち着いた。


 よーし、それじゃ!

 パンパンッ。


「ち、智華さん?」

「やる気注入! それじゃ行きまっしょー!」


 自分のほっぺを叩いて意識をシャンとさせて、と! お弁当も持って、ちょっとしたピクニックで行くんだから、楽しまないとね!


 準備万端でラチイさんへと振り返れば、ラチイさんはちょっとだけびっくりした顔をしていた。でも、すぐにいつものように目を細めて笑顔を浮かべる。


「それではご案内しましょうか。俺たちが今から行くのは、妖精の生まれる森です。入り口は、白陽の樹の裏手にありますよ」



 ◇



 草木を踏む度、朝露が弾けて靴をじんわりと濡らしていく。雨が降ったわけでもないのに、朝もやが濃くて視界が不明瞭。春先の温かい気温だと思ったのに、思ったよりも肌寒くて、ふるりと身震いした。


「ここ、寒くない?」

「朝ですし、ここは人の手の入っていない自然林ですから。体感温度が違って感じるのかもしれませんね」

「そういうものなの……?」


 都会っ子の智華さんには分からない感覚だね!

 先を行くラチイさんの後ろを着いていきながら、朝の森という特別な場所から感じるスピリチュアルな空気を全身で感じていく。


 心が洗われるというかなんというか。

 こんな大自然を感じる場所、小学校の林間学校以来じゃないかな?


 というかさ、ここ。


「ど、ドキドキが止まらない……っ」

「智華さん? 歩くの早いですか?」

「だ、大丈夫! よそ見してただけー!」


 心臓が痛いくらいに高鳴って、私の宝石レーダーがビビビっと反応してるんですが!


 どこですか! どこにあるんですか宝石! 明らかに視界にはないんですけど!


 気のせいなのかなぁ~。昨日寝れていないから、ちょっと徹夜テンションでも入ってるのかなぁ、私の体。


 あっちこっちに気が散ってしまって、ちょっとでも油断するとラチイさんを見失いそうなんだけど……って、え。


「ラチイさん……?」


 言ってる側から、まさかの。


「ら、ラチイさーーーん!?」


 はぐれただとー!

 だとー!

 だとー……


「……私のバカバカバカ! よそ見してるからだよもぉ!」


 なんというおバカさん!


 でも絶望するにはまだ早い! この道は一本道っぽいから、走ればちょっと先にラチイさんがいるはずだし!


 慌てて駆け出してみるけれど。

 いったいどういうことなのか。

 走れども、走れども。


「……ラチイさんがいないぃ!」


 なんでぇ!?

 よそ見してたの一瞬じゃぁん!

 なんでその一瞬でいなくなるのさぁ!


 それこそ、さっきまで目の前にいたはずなのに、煙のようにいなくなってしまったラチイさん。はぐれるわけもない単調な道のはずなのにぃ!


 私の声も届いていないのか、ラチイさんが一向に目の前に出てくる様子もなくて。


「これはあれか! もしかして横道にそれたのに気づかず通りすぎてしまったとか!?」


 大いにあり得る可能性に思いいたって踵を反転、今の今まで通ってきた道のりをふり返ってみるけれど。


「道がない、だと……っ!?」


 うっそじゃーん!

 そこにあるべき走ってきたはずの道が、いくつもの枝やら茂みやらで塞がって、消えてしまっていて。


 ここに来てようやく、私は自分の危機に気がついた。


 おおっと……。

 これ、ものすごくマズイ状況なのでは……?


 体は冷えるのに、汗が一筋、背中を伝う感触がした。

 衝撃の事実に一歩、後ろへよろめくと、森がざわっと動く。


 ……そう、森が。

 ざわっと。


 私の移動距離に合わせて、木々がわさっと前に競り出るように、枝やら葉やらが伸びてきて。


 な、なんじゃこりゃー!


「ら……ラチイさーーーん!」


 聞こえたら返事してー!

 未知の森で遭難とか、ほんとにでシャレにならないからぁー! しかも富士の樹海以上にヤバそうだよこの森!?


 力一杯叫ぶけど、それを嘲笑うかのように森の木々がさらにざわめいて。


 ――フフ……フフフ


「ひぇっ」


 顔がひきつった。

 ざわめきに紛れて、かすかに笑い声のようなものも聞こえてきた。


 なになになになに!?

 なんの声なのもう!


 ――ニンゲンダワ、ニンゲン……

 ――魔力ノ無イ、ニンゲンダワ……

 ――オイシソウ


「…………………………おいしくないからー!」


 もうむりー!

 右向けー、右!

 全、力、ダッ、シュ!


 私はがむしゃらに走り出す。

 ムリムリムリ、ムリだって!

 ここ異世界ですよドラゴンのいる世界なんですよ人間なんてそりゃあ美味しそうな補食対象になりますよねぇ!?



「どうしてこんな危険な森ではぐれるのラチイさーん!」


 ちゃんと責任もって私のお守りしてー!

 お父さんとお母さんとのお約束ー!


 半泣きになりながら、後ろから聞こえる不気味な『声』から逃げる私。


 もうもうもう! どうしてこうなった!

 こんな危険な場所だなんてラチイさん言ってなかったじゃん!


 ――待チナサイ

 ――ソッチハダメ

 ――コッチヨ……


 ひぃぃぃっ!


「それ聞いたらあかんやつー!!」


 私知ってるよ! こういうのって、ふり返ったら二度と後戻りができないって!


 だから私は声を無視するように脱兎のごとく走っていたんだけど。


「ひぇっ?」


 てきとうに突っ込んだ草の先には、地面がなく。


 足が、空気を踏んで。


「崖……っ!?」


 踏みとどまろうにも、勢いをつけて踏み込んだ私は。


「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 情けない悲鳴と共に、私の体は崖の下へと転落して――


「フィール・フォール・リー! 風を送り込んでください!」


 ぎゅっと目をつむる。地面に叩きつけられる衝撃に備えた私の耳に聞こえたのは、聞いたこともないくらい大きい、ラチイさんの、怒声。


 そしてその声が聞こえた瞬間、私の体を強く逆巻く竜巻のような風が包み込んだ。


「わぁっ! …………っ、…………、…………え?」


 ごうっという荒々しい音の中、自分の身体を抱きしめるようにじっとしていたら、気づいた時にはぺたんとおしりが地面についていた。


 ぽかん、と。


 生きてること、怪我がないことに、まばたきする。


「智華さん、ご無事ですか」

「ら、ラチイさん……」


 いつもの笑顔はなりをひそめ、真顔……というか、真剣な表情をしたラチイさんが地面に膝をついて、私に視線を合わせる。


 放心状態の私に、ラチイさんはざっと視線を巡らせると、ほっとしたように肩を落とした。


「良かった……。怪我はないようですね」


 その言葉に、ようやく私は無事であることの実感がわいてきて。


「……っ、ラチイさんのバカぁっ! なんで私を置いていくのさぁっ! バカバカバカぁっ! 怖かったんだからぁっ!」


 とりあえず半泣きで格好もつきませんが、抗議の声を精一杯あげさせてもらよ!?


「すみません、智華さん。一応気を付けてはいたのですが、俺の不注意でこんなことになってしまって」

「ほんとだよぉ~っ! なんで置いていくのさぁ~!」

「置いていったわけではないんですが……」

「でもいなかったじゃぁん!」

「そうですね。結果的にはそうなってしまいました。すみません」


 半べそをかきながら声をあげる私に、ラチイさんが申し訳なさそうに謝り続ける。


「怖かったんだからぁ! こんな人食いオバケの出る森で一人にしないでよぉっ!」

「ひとくい? 何かひどい誤解があるようですが……」


 ラチイさんが困ったように眉をへの字にする。

 私はべそべそしながら、ぼそっとラチイさんに教えてあげる。


「食べるってオバケが言ってたもん……私のこと、おいしそうだって……」

「……本当ですか? そんなこと言ったんですか?」

『食べるなんて言ってないわン。オイシソウは、言ったケド』


 ひょぉうっ!?


「らららららちいさん! おばけ! おばけのこえぇ!」

「智華さん、どうどう」

「私、馬じゃないからぁぁっ!」


 ラチイさんの服の裾を掴んでばふんばふんと上下に振る。だけど私の必死の訴えもむなしく、ラチイさんはやんわりと私の手から逃れると、私の口に手のひらを押し当て、人差し指を自分の口許で立てた。


 ……静かに、の、ポーズ?


「……うぅ」

「怖かったですね。でも大丈夫ですよ。よく見てください。オバケなんていません」

「でも声……」

「フィール・フォール・リー。姿を」

『ハァイ』


 ラチイさんが誰かに向けて声をかけると、また声が聞こえた。

 ラチイさんの知り合い……?

 情けなくもびくびくと怯えながら、ラチイさんの動向を見守る。


「智華さん、見えますか?」

「……? え、何が?」

「おや?」


 ラチイさんが何もない空間で、誰かを紹介するように手のひらを仰向ける。

 だけど、そこには何も、誰も、いなくて。


「ラチイさんもしかして霊感が強い人……!?」

「まぁ、魔術師はそういう人が多いですが……」

『命ノ音色が、コンドラチイと違うのねン。……これならドウ?』


 ラチイさんが首を傾げると、またあの声がして。

 そしてまばたきをした、次の瞬間。


『ハァイ♡』

「ぎゃぁっ」

『……なんて悲鳴をあげるのかしらン。失礼しちゃうワ』


 だってだって……!


 真っ先に目に入ったのは、エメラルドで編んだようなヴェールのようにたなびく、サギのような飾り羽。

 陶器のお人形のような整った顔。

 トサカのような髪。

 スレンダーな身体は、胸からお腹までは人のようなのに、足はまるで鳥の足。


 まさか、これは。


 妖怪ですか――!?


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