異世界ジョーク?
待ちに待った土曜日がやって来ました!
いやー、長かった!
何がって一週間が!
麻理子のおかげで基本のデザインは決まったから、早く作りたくてしょうがなかったんだよね!
麻理子から恋愛の秘訣的な恋バナは聞けなかったけど……これはお姫様の進捗を聞きつつ追々。今すぐに~! ってなったら、最悪、ラチイさんにお願いして、地球に向けてメールや電話をすれば良いだけだし!
メールの件に関してはラチイさん曰く。
「座標維持のために、工房は日本との空間接続を常時行っています。工房内にモバイルWi-Fiルーターを設置しているので、家の中でしたらメールや電話が使用できる仕組みです」
らしい。なんでもありだね、異世界。
異世界でもラチイさんの家なら電波が通じるということだったので、今回のお泊まりに関しても、両親には夜連絡を入れることで納得してもらえた。ラッキー。
そういう経緯で、ちゃんと届いていた麻理子からのお願いメールですが、残念ながらラチイさんからは麻理子監修ドレスに関する許可をいただけなかった。
お祝いだから贈り物は喜んで受けるべきですが、直接お会いしたことの無い方からのものはご遠慮させていただく決まりになってます……だって。
まぁ、納得。知らない人からプレゼントは受け取れないよね。ちなみに、私の魔宝石はお姫様のお父さん……国王様からのプレゼントらしいから、異世界通貨でめちゃくちゃすごい金額の報酬が約束されてるとか。
受けちゃったあとにそんなことを聞いちゃった私の身にもなってほしい。
めちゃくちゃ肩にプレッシャーがどしっとですね……!
どのみち私にできることは、自分が作れる最高の作品を作ることだけなので、そのことは頭からひとまず消しましたけども。ただのお小遣い稼ぎがどうしてこうなった……!
この一週間のことを思い返しつつ、自前のデザインノートをショルダーバッグに詰め込んで、私はリビングで待ち人を待つ。
まだかなー。
まだかなー。
スマホでジュエリーショップのホームページをサーフィンしつつ、時間を潰す。
お父さんはお仕事で、お母さんも用事があったらしくて出掛けているから、家にいるのは私一人。
お母さんはあっさりしてたけど、お父さんなんかは出掛ける間際まで「くれぐれも! くれっぐれも! フォミナさんによろしくと伝えるんだぞ!」と言い続けてた。
心配なのは分かるけどさ。本当にギリギリまで私にあれこれお小言をくれていたから、お仕事に遅刻していないといいけどね?
お母さんを見習ってみてよ。「私もお友だちとのお約束がなければ着いていったのに……」って言って、 さっさと出掛けていったよ。逆に、約束がなかったら着いてきてたんかい! って思ったけどね。
そんな感じで一人時間を潰していれば、ようやく我が家のインターホンがリビングに響いた。
「はーい」
『こんにちわ。コンドラチイです』
「はーい、今行きます!」
リビングのインターホン越しにラチイさんに返事をして、鞄をひっつかみ、玄関に行く。
玄関を開ければ、お日様の光をチラチラと反射する銀色が目についた。
「いらっしゃい、ラチイさん」
「お待たせいたしました」
「こちらこそ、お迎えありがとう」
にこやかに笑うラチイさんに、私も笑う。
「それでは早速行こうかと思いますが、準備はよろしいですか?」
「うん、いいよ。あ、でもその前に」
私は預かっていたモノをラチイさんに渡す。
「これは?」
「お父さんとお母さんから」
封筒に入ったラチイさん宛のお手紙だ。
ラチイさんに読むように促せば、その場で開けて中身に目を通す。視線が手紙の一番下までいくと、ラチイさんは困ったように私に笑いかけた。
「ご心配をおかけしないよう、善処しますね」
「お願いします」
手紙の中身は読まなくても分かる。
まったく、子離れできない過保護な両親を持つと大変だ。心配されてるって分かるのは嬉しいけどね。
「それでは改めまして。行きましょうか」
「はーい」
私が返事をすると同時、足下に広がる淡い光。
地面を這うように広がった光は円を紡ぎ、複雑な紋様を織り成した。魔法陣らしい魔法陣に関心していれば、光が一瞬強くなる。
目を開けていられなくてぎゅっと瞼を閉じると、軽い浮遊感。
「ふ、わぁっ」
「おっと」
エレベーターなんかよりも強い無重力感にくらっとしてバランスを崩せば、ラチイさんがよろめいた私を抱きとめてくれた。
「ごめん、ラチイさん」
「いいえ。お体は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だと思う」
既に三回目だしね!
その割には着陸? 着地? が下手だったなんて言わないで。いやだって、前二回、見逃した魔法陣をじっくり見てたら完全に身体のほうを意識するの忘れちゃったんだもん。
よそ見してた私が悪いんだけどさ。そんな私でもラチイさんは優しく受け止めてくれるなんて、ほんとうに良い人だと思う……ごめんよ、よそ見してて……。
ラチイさんから体を離して辺りを見渡せば、そこは先週も見たラチイさんの工房だった。
うん、あのドラゴンの生首は健在ですね。
ふよっと視線をさりげなーく逸らす。
くっ、あれがシェルの素材とか、未だに信じたくない……!
私が一人でドラゴンの生首と葛藤していると、ラチイさんがするっと移動して、隣の居間へと移動してしまう。私も慌ててその背中を追った。
「智華さん用にお部屋を用意しておきました。荷物はそちらへどうぞ」
リビングの隅には階段がある。
その階段をラチイさんが上って行くので、私もそれに続く。
「手前が俺の部屋です。真ん中は開かずの間で、一番奥が智華さんのお部屋です」
「うん?」
今なんかおかしな単語が紛れてなかった?
「真ん中のお部屋が?」
「智華さんのお部屋は一番奥ですよ」
「いや、そうじゃなくて。真ん中のお部屋って何?」
「開かずの間です」
にこりと笑うラチイさん。
……いやいや、開かずの間って。
めちゃくちゃ中が気になるんですけど?
「開かずの間って、開かないの?」
「開けません」
「開けられない?」
「開けません」
にこり。
あ、はい。これは触れちゃ駄目なんですね。
開かないでも、開けられないでもなく、開けないときたからには、ラチイさんが意図的に開けないようにしている部屋ということですね。
中が大変気になるけど、ここには触れないでおこう。家主が隠したがってるのなら、無理に詮索してはいけない。たとえ部屋の中身がエロ本で溢れていても、私はラチイさんに幻滅しないよ!
「おかしな想像はしないでくださいよ?」
まぁ笑顔の圧力の前には、私も考えを改めるしかないけどね!
「それで、本題だけど」
荷物を置いてひと段落した私は、あの日当たりの良い大窓のあるリビングへと移動した。
ラチイさんが待っている間に紅茶を淹れてくれた。
どうぞと差し出されたマグカップを受け取りつつ、私はソファーに座る。ラチイさんが向かいのソファーに座るのを見届けてから、私は話し出した。
「メールでも言ったけど、デザイン案はもうできてるの。だけど材料をどうすれば良いのか分からないから、教えてほしいんだ」
「そうですね。材料について知っていただければ、またデザインも変わるかもしれませんし、魔宝石についても、もう少し詳しく知っていただいたほうが良いでしょう」
ラチイさんは少し待つように言うと、ソファーから立ち上がり工房のほうへと消えていく。少ししてから、一冊の本を持って戻ってきた。
その本を差し出される。
うわ、重っ。
ずしっと手にのしかかってきたその本に目を見開くと、ラチイさんはそのまま私の隣に腰かけた。
「これは魔宝石の図鑑です。我々、第三魔法研究室が学会向けに提出している研究レポートを兼ねています。今まで生み出した魔宝石のレシピだけではなく、魔宝石に関する論文や国宝・伝説になっている天然魔石についての論文も綴じてあります」
重厚な表紙をめくれば、なるほどファイリング式の本だったらしい。ファイリング式でも、挟まれてる紙の量がえげつないけど。
というかラチイさんや。
「私にこれを読めと……?」
「おそらく、知りたいことは全部載っていますよ? 逆に、そこにないことはまだ分からないことや未研究の分野ですので、何か気づいたら教えてくださると嬉しいです」
とんとんっと話を進めていくラチイさん。
そしてラチイさんは自分のマグカップを持ち上げると、にっこりと笑う。
「この紅茶、けっこう眠気に効くんですよ」
いや、そんなこと聞いてないです。
というかラチイさん、ここまでの展開を狙ってこのお茶淹れたの!?
私の心にドンガラガッシャーン! って雷が落ちる。
う、嘘だ……!
趣味を兼ねたバイトでこんな、こんな教科書より分厚い資料を読ませられるなんて……!
百歩譲ってさ! レシピはさ! いいんだよ!
でもさ!
論文! まさかの論文!? そんながっつり学術的なレポートを差し出されるなんて思ってもみなかったんだよ私は……!
うう、ちょっとしたハウツー本とかならまだ読みやすいのにぃ~。
私は恨みがましそうにラチイさんに視線を向ければ、ラチイさんは声もなく肩を震わせていた。
え?
「……ラチイさん?」
「く、ふふ。いや、智華さんのその表情が面白くてつい……」
「ラチイさぁん……?」
どういうことですかね?
私の顔がそんなに面白いんですかね?
ジト目でラチイさんを見やれば、ラチイさんはまだ目元を緩ませながら、私の持つ本に手を置いた。
「これを読むのは時間がある時でいいですよ。知識を深められればと思って智華さん用に用意した本なので、これは家とかで読んでください。基本、分からないことはその都度俺に聞いてもらえればと思います」
「もー! ラチイさんの意地悪ー!」
そういうことは早く言ってよー!
こんな分厚い図鑑……いやレポート? を読むだけで土日が終わっちゃうって、軽く絶望しちゃったじゃん!
「では、お茶を飲んだら早速工房へ行きましょうか。作りながら説明をしたほうがいいでしょうし」
ラチイさんがマグカップに口をつける。
私も大きく息を吐き出して、図鑑を横へと退けると、マグカップに手を伸ばした。
2024/12/13
異世界のWi-Fi適用範囲を「工房内」から「コンドラチイの家」へと拡大しました。




