放課後ガールズトーク
帰りのホームルームが終わると、私は麻理子といちゃつこうとしたジローを引っぺがし、部活へ繰り出した。
教室から出ると渡り廊下を通って、特別教室が並ぶ北舎へ移動する。北舎の一階にある被服室と調理室が、私と麻理子の所属する家庭科部の部室だ。
そのうちの被服室のほうへ、私たちは入っていく。
うちの部活ってちょっと複雑で、いわゆる手芸部と製菓部をひっくるめて、家庭科部なんだよね。気分で手芸か製菓か選べるのが良い。
先に来ていた部員に挨拶して、窓際の机に陣取った。私は鞄からデザインノートを取りだし、麻理子は準備室から部活用の裁縫セットを出してくる。
「智華ちゃん、机に広げて良い?」
「どうぞー」
私はノートと筆箱だけだから、そんなに場所とらないしね。麻理子は色んな色の糸や布、ビーズとかを広げるから、スペースが必要なのは分かってるし。
それに。
「よいしょっと」
被服室からドレスを着たトルソーが、麻理子と一緒に出てくる。ウェディングドレスを彷彿させる淡いピンクのドレスは、いつ見てもすごい。
「裾持つよ」
「ありがと~」
いそいそと手伝えば、麻理子が嬉しそうに笑ってくれた。
麻理子の指示でドレスを適当な場所に置くと、私は自分の席へと座る。
麻理子も座って、刺繍針に糸を通し始めた。
「ドレス、かなり出来てきたね」
「まだだよ。形が出来ただけなんだもん」
「麻理子の凝り性には脱帽だよ」
麻理子が机に広げているデザイン画を覗きこむと、ドレスにびっちりと刺繍されているのをうかがわせるようなデザインが。
……まぁ、一年かけて作るって言っていたから、すごいものになるのは知ってたけど。途方もない作業を、根気よくできる麻理子はすごいとしか言いようがないよね。
「智華ちゃんだって凝り性じゃない。新しいレジンのデザイン、まだ決まってないんでしょ?」
「私のは凝り性って言うより、優柔不断? デザイン決まれば、早いんだけどなぁ」
ため息を落としながら、私はデザイン画へと視線を落とす。うーん、どれもしっくり来ないんだよねぇ。
今あるデザインは基本的にストラップとかイヤリングとか、ネックレスの類いにすることを念頭に置いたものばかり。
レジン……ううん、魔宝石の特性上、あんまり大きな物は作れないから、小ぶりのアクセサリーばかりになってしまう。
資材を色々組み合わせれば派手なものも作れるんだけど……いかんせん、魔宝石をメインにするとしたら大ぶりのデザインも限られちゃうんだよなぁ。
「うーん、いっそディップアートみたいに頑張って針金酷使する? でも私、針金使うの苦手だしなぁ……樹液の粘度がどこまで高くなるのかも問題だし……」
私はノートに、大きな牡丹のような華を描く。
これならコサージュとか、髪飾りとして、あの小さなお姫様のドレスにも似合うかもしんないけど。
ディップアートっていうのは、針金で枠を作って、それを特殊な液体に漬けて出来る膜を、幾つも併せて作るアクセサリーのこと。
同じようなものはレジンでも出来なくはないけど……針金の種類やレジンの粘度の都合上、私にはちょっと難しい。
しかも私が使うのはレジン液じゃなくて、魔宝石用の樹液でしょ? 粘度がどこまで高くできるのか、ラチイさんに聞いてみないことには分かんないし。
「智華ちゃん、すごく派手なデザインばっかり描いてるけど、あげるのは小さな女の子なんでしょ? もうちょっと素朴なものでも良いんじゃないかな」
ドレスへの刺繍をしていた麻理子が、私の独り言に気がついてノートを覗きこんでくる。
そうなんだけどぉ……麻理子の言ってることは間違っちゃいないんだけどぉ……。
「普段着がお姫様……ロリータドレスみたいな子だから、あんまり素朴すぎると浮くんだよねぇ」
「ストラップとかじゃ駄目なの?」
「スマホも鞄も持たないような子だから」
「それはまた……どこの引きこもりなの」
微妙な顔をする麻理子に、私はうむうむと頷く。
「それはもう、すんごい大切にされてるお姫様というか、箱入り娘というか、本物のお姫様というか」
「なんかよく分からないけど、とりあえずお姫様みたいな子なんだね?」
「そゆことです」
理解してくれて何より!
それなら、と麻理子はペラっと私のデザインノートをめくった。
「ドレスの形にもよるけど……ロリータ系なら、首や襟に飾りが集中してるから、ペンダントはやめたほうがいいかも」
「なるほど。たしかに!」
「ブレスレットでもいいけど……智華ちゃん、ブレスレットに合うシリコン型とか枠、持ってたっけ?」
「ないでーす」
「んー、それならやっぱりイヤリングかなぁ……あ」
デザインノートをめくっていた麻理子が、あるページで止まる。
どれどれと覗くと、右にストラップ用のデザイン、左にバレッタ用のデザインが描いてあるページだった。
麻理子がそれをまじまじと見ている。
「智華ちゃん、これは?」
「これって? どっち?」
「ストラップのほう」
「んー? あ、それね。でもこれ、ストラップだよ?」
麻理子が差したのはストラップのデザイン。
ストラップの金具の先に大きめのリボンがついていて、その下にハート形のマカロンがゆらゆらと揺れているイメージ。
ハートのマカロンは中身が空洞になっていて、細かなビーズが入っているから、振るとしゃかしゃか音が鳴るストラップになる。
「智華ちゃんが一番得意な奴だよね」
「まぁね!」
だがしかし、作るのめっちゃ大変だけど!
三個に一個は失敗するけど!
得意満面ドヤ顔していると、麻理子がちょっと思案するような感じで提案してくれる。
「このストラップ、バレッタにしたら?」
「へ?」
ん? どゆこと?
「え、え? どういうこと?」
「リボンをバレッタにつけて、結び目のところにマカロンを置くの。まだ小さい子なら、下手にイヤリングよりは髪留めのほうがいいんじゃないかな。リボンなら、ロリータ系のドレスにも合うし」
ストラップのデザインを元に、これをバレッタに……?
それは……断然アリ!
ぱあっと視界が開けた気がした。
「さすが麻理子~! 頼りになる!」
青天の霹靂とはまさにこの事!
発想の転換は大事だよね、麻理子様々だよー!
「ちょっと待って! 描く! デザイン描く!」
「うん。まぁでも、私のは一案だからね。最終的に決めるのは智華ちゃんだよ?」
「分かってる~!」
私はバババッとノートの真っ白なページを開いて、ガリガリっと書き始める。
リボンと、ハート型マカロンの魔宝石。それがバレッタになっていて……あ、中のビーズどうしよう。
魔宝石の内包物って、太陽の樹液に入れておかないといけないのかな? ビーズみたいなものを包むだけじゃ駄目なのかな? その辺りも、ラチイさんにちゃんと聞いておかないとね。
ああそれにやっぱり樹液の粘度も聞かないと。これ、中身を空洞にするから、外側の殻を作るために、できるだけ粘度が高いほうが都合がいいんだよね。
デザインと、材料と、ラチイさんに聞かないといけないことを書き込んでいく。
うむうむ、これはこれは……いい感じ!
「あとはそうだなー、色どうしよう?」
「ロリータ系ならやっぱりピンクじゃない?」
「そうだよねぇ」
麻理子の言うとおり、ロリータ系なら間違いなくピンクがいいと思う。実際、お姫様が着ていたのもピンクのドレスだし。
でもなぁ。
「麻理子さんや、麻理子さんや」
「なぁに?」
「その女の子が恋してるのって結構年上でさ。好きな人って言うのが、私たちと同年代みたいなんだよね」
「えぇっ?」
麻理子がちょっと驚いたように目を見開く。
おっと、刺繍針から目は離さないで! 指を刺しちゃいそうで怖いじゃん!
「女の子って、何歳?」
「七歳」
「十歳差?」
「そうなんだよね」
「あらぁ~……」
さすがの麻理子も閉口してしまう。
でも、それからゆるゆると口元をゆるめて、綺麗に微笑んだ。
「その女の子、その人のことがすっごく好きなんだね」
突然そう言った麻理子に、私は面食らった。
その結論は既に出ていたと思ったけど、なんでまた?
「普通じゃない? だから恋なんじゃないの?」
「そうだけど、それくらい小さいなら恋愛と憧れを一緒にしてしまいがちなんじゃないかな? 恋に恋するというか……」
「よくある一般論?」
「うん、まぁ、そうなんだけど、ね?」
へにょりと眉を下げて、困り顔になりながら麻理子は言う。
「智華ちゃんなら、よくある『お兄ちゃんと結婚する!』論で否定しそうだったのになぁって話。智華ちゃんが本気で叶えてあげようとしてるから、びっくりしちゃって」
「……ああ~」
麻理子、鋭いというか、さすが私の親友というか……。
麻理子の指摘はまさしく正しい。
普通なら、私もそうやって一蹴するに違いないもんね。
でも、さ。
「事情が事情でさぁ……今時どこの古くさい考えだよ! って感じの状況なんだけどさぁ」
「うん」
「その女の子が好きなのって、その子の婚約者なんだって。お家の問題で結婚が決まってるらしくて」
「えっ」
さすがの麻理子も予想していなかった返答なのか、すっとんきょうな声が帰ってくる。
「ただでさえ年の差があるじゃん? その上、親が決めた婚約者とか、まだ小さいのに……って思う。でも女の子のほうは一生懸命恋してて……精一杯背伸びしようとしててさ。その背中、押したくなっちゃったんだよね」
昨日、お姫様と会って思ったことをそのまま告げる。
私があの子のためにアクセサリーを作る理由はただそれだけ。
アクセサリーだけじゃなくて、色々背中を押してあげたいと思ってるのも本当。
気恥ずかしくて視線をそろりとそらせば、視界の端で麻理子が動く。
むぎゅうと私の手を握って、頬を上気させながらも真剣な目で私を見つめてきた。
「素敵! とても素敵だよ、智華ちゃん! 私も! 私も手伝いたい!」
「ええっ?」
「お願い、手伝わせて! せっかくだから、私がその子にお洋服を作ってあげたい!」
「えええっ!?」
ちょちょちょ、ちょーっと待とうか麻理子さん!?
「い、いきなりそんなこと言われても、なかなか会うのは難しいよ? それにこれは、私が受けた依頼だし」
「じゃあ依頼のオプションで! プレゼントをつけさせて!」
え、え~!?
うるうるとした瞳で力になりたいって、素直で可愛いがんばり屋の麻理子に迫られて。
断れる人間はいるのだろうか。
いや、いない。
私はおろおろしながら、ついつい麻理子の言葉に頷いてしまう。
「分かった! 分かったから! ラチイさんに伝えてみるから!」
「ほんとう?」
「ほんと!」
「お願いね?」
ぽふんっとお花が飛ぶエフェクトが見える感じで喜ぶ麻理子。
あー、かわいーって、ついつい和んじゃう。
……じゃなくて。
「ラチイさんに伝えてみるけど、無理だったら諦めてね? 服を作るなら採寸とか、色々しなくちゃいけないでしょ? 向こうの都合だってあると思うし……」
「うん。無理だったら諦める」
えへへ、と笑う麻理子に毒気を抜かれてしまった私。
まぁ、プレゼントだし、お金を取るわけじゃないから、ラチイさんに相談するくらいはいいよね……?
「それじゃ、ラチイさんにメール入れとくね」
「お願いします」
私は制服のポケットからスマホを出すと、ささっとラチイさんにメールをいれる。
メールを打ち込みつつ、ふと思った。
そういえばいつも何気なくメールのやり取りしてたけど、電波ってどうなってるんだろう?
すぐに返信が来ることは稀だけど、メールを送ればちゃんと返信が返ってくるんだよね。異世界とのメールの通信事情って、いったいどうなってるんだろう……?
返信が返ってくるってことは、ちゃんと異世界に電波が届いているってこと? それともラチイさんがこっちに来てるってこと? ラチイさんのアドレス、よくあるフリーメールアドレスだし。
うーん、謎。
ラチイさん宛のメールを打ち込みながら、私はそんなことを思うのだった。




