第2話 キャラ崩壊
帰還して早々に使用人室へと駆け込んだ。
「それで、俺に助けを求めたと」
ダビーがあごを突き出して溜息する。顔がウザイ。煽られている。
「まぁそんなことはどうでもいい。どうせバレるんだろうなーと思ってたから。もっと重要な話をしよう」
崩れた口調でミュウに対応している。
ダビーはこちらが素だ。本来従者など向かないクズである。
「館の女の子、誰がタイプ?」
『全員可愛い』
そしてミュウも少しだけ彼に感化されてしまっていた。
「英雄になるくらいだから、女を捨ててると思ってたけど全員可愛いよね」
『うわ、すげー失礼。でも確かにやばい。あんな可愛い子たちと旅できるとか最高だわ』
彼らは久方振りの目覚めに浮足立っていた。
のぼせた頭で繰り広げるは男子会である。
「時間があれば夜這いに行こう」
『やめろよ。シェアハウス状態だから拗れんだろ』
ダビーは酒を入れていた。
ミュウの探索中に酒盛りをしていたのだろう、空き缶が散らばっていた。
部屋は酒臭いが、ダビーの顔は白く艶めいたままである。
「1人ずつ品評していこう、まずはコロナ・アウストリーネェ。人形みたいだったね、ゴスロリだったし。守ってあげたい感じがした。ミュウのお隣さんだけど上手くやっていけそう?」
『お前分かってて言ってんだろ。最初からぶっこんでくるんじゃねぇ』
ダビーが酒を勧めてくる。
アルコールに縋りたい気持ちはあったが、誠意を示すべきだと考え断った。
「じゃあ次にいこう、ラサ・ラスちゃんだ。結構肝が太かったな、菓子バリバリ食べてたし。でも可愛いから許す」
『俺がやってたら?』
「ご一緒にライスはいかがですか?」
『菓子と米を合わせようとするな』
再びダビーがアルコールを勧める。絡み酒ではない。
ただ単にミュウが潰れるさまを見て笑いたいのだ。
根負けして一口だけ口に含み、ダビーの顔に吹きかけた。
ダビーは魔法で飛沫を蒸発させた。
「<エプシロン・ペルセイ>は除こう。性格も見た目もアウトだ」
『完全に子供だし。他に誰がいたっけ』
「えーと、8人だから。ああ、キファもいた」
『そういう趣味もあったのか。人以外でもイケるとは』
「いや、俺の好みはスタイルのいいお姉さんだ。今も昔も変わらない」
飲みさしの缶をダビーへ渡す。
ダビーは缶に口をつけず、魔法で内容物を宙に浮かべ啜った。
『てかさー、会議でめっちゃ煽ってたじゃん。あれスルーされてたね』
「ちげーよ。俺は最初から、ミュウの後ろの血だらけの女に向かって話してたし」
『ダビー霊感強いの?ちょっとそいつに話しかけてみて』
「僕の子供を産んでください」
『返事は?』
「今日全員が寝静まったころに来ると」
『マジかよ俺も混ぜろ』
笑い声が部屋に響く。
彼らは完全に浮かれ切っていた。
「誰か1人、忘れていませんか」
野卑な声が静まる。
声の主はキタルファであった。
『……いつから聞いてた?』
「最初から部屋にいましたよ。その様子だと、ダビーが細工をしていたようですね」
ダビーがVサインをしている。
体中から汗がふきでる。
「失言を待ってたよ、ようこそ屑の世界へ!」
『住民が俺とお前だけとか不毛すぎるわ』
咳払いが響く。
これはマズイ。キタルファが怒っている。
「とりあえず私が指示するところまで、真実を話してください。後は私が引き継ぎます」
か細い声で承諾の意を示した。
館のメンバーが召集される。
議題はミュウ・アクリが何者かについて、だ。
アカマルとコロナは、既に自身の保有する疑問を共有していた。
『さて、まずは俺の正体について語らせてもらう』
食事が運ばれる。メニューはオムライスとサラダ、オニオンスープに統一されていた。
『俺はミュウ・アクリ本人で間違いない。ただ知っての通り、本来は英雄の器には程遠い人間だ。それなのになぜ、この面々と肩を並べる強さを手に入れたのか、語らせてもらう』
デミグラスやクリームソース、ケチャップが置かれた。
ダビーがミュウのオムライスに、ケチャップで♡マークを描く。
『実は、30年前も同じく探索が行われたんだ。俺を含む8人の英雄が呼ばれた。そのときに他の英雄から能力を譲ってもらってさ。自分で鍛えた技もあるが大部分は借り物だ。器じゃないんだよ、英雄なんて』
ラサ・ラスの前に3皿のオムライスが追加された。
ソースを変えて食べ比べている。
『そういう訳だ。……生き返ってから、俺自身について語られている作品を見た。けれど、俺はあんなにすごくないんだ。いつだって、上手くやれなかった』
視線を落として話を切り上げる。
キタルファが言葉を引き継いだ。
「前回の探索は失敗に終わりました。呼ばれた英雄は全員が死亡しています。なので今回は特に武勇に優れ、確実な協力を得られそうな善性の方々をお呼びしました。ミュウ・アクリ氏も同様の選出基準ですね。しかし召喚の際に記憶に欠落があったようで」
「だから最初、彼は遅刻したんですよ」
ダビーが割って入る。
「なくなった記憶を確かめていたんです。というわけで彼は前回の探索をほとんど覚えていません。聞きたいことがあれば、私かキタルファに申し付けください。それでは」
ミュウが居ずまいを正す。ダビーとキタルファがそれに続く。
「失敗したという事実は、士気の低下につながると判断しました。隠し立てを行い申し訳ございません。それでも許していただけるのであれば、どうかご協力をお願いいたします」
彼らは三つ指をついて、深々と頭を下げた。
数秒の膠着が続いたが、アカマルが頭を上げるように言った。
「元より1度死んだ身だ、仔細ない。ミュウ殿も。其方はリーダーとして、胸を張るべきだ。今でも十二分に勤めを果たしているのだから。これからは遠慮せず、我々に頼ってくれ」
『……本当にありがとう』
もう1度頭を下げる。キタルファが安心した表情で倣った。
ダビーは大泣きしている。嘘泣きだ。
『じゃあみんなにお願いを。ずっと頼みたかったことがあるんだ。』
後世ミュウ・アクリは知名度、人気を兼ね備えた偉人であった。
彼を下敷きにした娯楽作品も多く制作され、長きにわたって人々に親しまれた、云わばカリスマ的象徴である。
そんな人間が何を願うか。
全員が固唾をのみ次の言葉を待った。
『皆さん、サインもらってもいいですか』
「……は?」
銘々が一様に気抜けた声を出した。
キタルファが頭を抱える。
『いや、その俺、英雄譚とか好きで、30年前に色んな物語を読ませてもらって。で、ここにいる皆さんのお話も拝見しました。こんな言い方はアレですけど、全員のファンです。サインと握手をお願いいたします』
慇懃さと要求が比例して積み上がった。
突然のキャラ崩壊に英雄たちが戸惑う。
大英雄が頭を下げて、サインと握手を要求している。しかも赤面している。
あり得るべくもない馬鹿げた状況だ。
「……あー、じゅあまず俺から。サインは顔に、ケチャップで書いていいか?」
カリーがケチャップソースを手に席を立つ。
ダメだろ。総員が心の中でツッコミを入れる。ダビーは笑いを押し殺している。
『わ、ありがとうございます! 手と顔はもう洗いません!』
喜ぶのかよ。洗えよ。ダビーが噴き出す。
「じゃあアタシはオムライスに。マヨネーズで書くわね」
エプシロン・ペルセイが椅子の上に立ち、高所からマヨネーズをぶちまける。
それでも彼は恍惚としていた。
『うわぁ、このオムライスも冷凍保存して部屋に飾ります!』
ダビーが腹を抱えて笑い出した。
この場に存在する常識人に共通認識が生まれる。
ミュウ・アクリはヤバいやつだ。
「そこまで。皆さん手を止めてください」
キタルファが見下げ果てた顔でミュウの顔面を拭く。
心なしか力がこもっている。擦り方が強めだ。
『何すんだよ! せっかくサインしてもらったのに!』
「サインは後ほど、色紙に書いてもらえばいいでしょう」
長い説教が始まり、喧騒と共に夜が更けていった。