第5話 謎が謎を呼ぶ
『以上が今日の探索で起こった事だ』
卓に座す英雄達は言葉を発さなかった。
死霊術師シエラ・タンと思われる英雄の復活。
不老不死の猫キファ・ポレアリスの無力化。
そして自分達を明確に脅かす敵の存在。
これからの旅路に暗雲が立ち込めていた。
「しかし腑に落ちませんね」
ダビーが呟めく。
相も変わらず人前では猫かぶりだ。
「キファ・ポレアリス、彼女の行動は不自然でした。人嫌いの彼女が自らを囮とした作戦を提案した事実。最悪こうなる事を念頭に置いた、裏切りの可能性が考えられます」
『あいつは人類を滅ぼす作戦に加担なんかしない』
だが確かに不可解だった。
キファ自ら注意を引き付け、前もって準備しておいた召喚術で罠にかける。
捕らえるか泳がせるかはミュウに任せる。
この作戦は他でもない彼女自身が立案した。
魔法使い<コロナ・アウストリーネェ>が話題を変える。
「そもそも、人類を滅ぼすという目的は本当なの? 近くに集落があったんでしょう。竜まで飼っておいて殺してなかったのは可笑しい」
その通りだ。行動と発言が余りにちぐはぐに過ぎる。
本人から正しい情報を引き出す術は持ち合わせていない。
故に泳がせることを全員で決めた。
「それに私達の情報が漏れていた。問うわ。ダビー、キタルファ。空の楽園側に、私達の存在を知る者はどれだけいるの」
キファの席を埋めていたキタルファが応じる。
「そうですね、まずはここに呼ばれた英雄8人、次に私達、後は館の監視者3名と責任者のみになります」
「バックアップの裏切りの可能性は?」
「ありえません。仮に彼らが妨害するにしても、他に良い手段が幾らでも存在します。館そのものを攻撃するとか」
全員が押し黙ってしまった。だいたい調査を始めてまだ2日目だ。
英雄たちは自身を取り巻く環境を把握しきれていない。
根本的な疑問を言えば、自分たちが死してこの場に呼ばれていること、これ自体が謎なのだ。
武闘家の<アカマル>が聞き合わせる。
「では何故我らを選んだのか。調査ならば、より適した人材が居るだろう。だが集められたのは、武勇一辺倒な英雄が多い。学者肌の人間を呼ぶべきではなかったのか」
「それに関しては理由が有ります。まず調査結果の分析ならば、我々の方が優れている事。最新機器を用いた分析や照合が出来ない英雄を呼ぶより、頑強な戦士を招くべきだと考えたのです。貴方方には何があるか分からない危険な調査を任せることになります。ならば少しでも生存率、現場の対応力を上げたいと具申しました」
「ふ、む」
釈然としない様子だ。仕方がない。
今の説明だと、危険な調査の人柱に選んだといっているようなものだ。
8人の呼ばれた英雄。
オール・ラウンダー、魔法使い、守護騎士、錬金術師。
召喚士、武闘家、剣士、ゲリラ。
やっぱりバラバラだな。
『じゃあ英雄を召喚した手段と、地上へ俺達を派遣する装置について説明してくれませんか。シエラも恐らくは、それらに関わっている可能性が高いので』
でしたら、とキタルファの講釈が始まった。
「最初にあなた方を呼んだ方法ですが、これはオーパーツに拠るものです。」
自分から話題を振りながら、ミュウが菓子を食べ始めた。甘い匂いが充満する。
「空の楽園には幾つかのオーパーツが存在します。絶滅を逃れるために空を目指した人類が、持ち込んだ物が。英雄召喚装置もその1つです。設定した8人の英雄を呼び出す事が出来ます」
ミュウに続いて、他の英雄達も思い思いに食事を頼む。
ダビーが女性を優先して料理を運んでいた。
「しかしエネルギーの蓄積に30年の経過を必要とします。もしも死霊術師がシエラ・タンならば、地上にあった装置で呼び出された可能性が高いかと」
男衆に遅れて料理が届けられる。
しかしアカマルとカリーは怒ることなく礼を言った。
「次いで地上への派遣ですが、1日8時間は地上の汚染を危惧しての制限です。ほんらい時間制限はありません。以前空の楽園で調査をしたところ、地上の平均寿命は18歳とのことでした。これは放射性物質による汚染が原因であると考えられています。よって活動時間を制限しました」
重要な話題であるが、誰一人として真剣に拝聴している者はいない。
お前ら飯にがっつきすぎだろ。
「1日8時間の活動であれば移送の際、自動的に装置が保護を行います。安心して調査に励んで下さい」
キミ達安心しすぎでは? 勝手に談笑してるし空気が緩い。
「また、次回からの調査は3人で向かってもらいます。環境への適応が進んだため、ミュウを含めた3人が調査へ行けるようになりました。やがては全員を送り出せるようになるでしょう」
そういうものか、と誰かが呟いた。
急激な体の変化により、
聞き慣れない言葉が混じるせいか、個々人の理解は芳しくない。
やがて議題は次の行き先を如何するか、に焦点が当たった。
シエラが教えた座標に向かうか、別の場所を無作為に選ぶか、はたまた同場所の調査を続行するか。
「最初に申し上げたようにミュウが決めるべきです。貴方はリーダーなのですから」
『じゃあシエラの言っていた場所で。罠かもしれないけど、人類の敵が居るんなら見過ごせない』
全員が食事を終えていた。意見に反対する者は居なかった。
随伴者を誰にするか。立候補を募るとアカマルとコロナが手を挙げた。
「ミュウ殿のおらぬ間に模擬戦をしてな。参加に乗り気でない者もいたが、一応全員に勝利した。拙者と対応力に優れるコロナ殿ならば、組み合わせとしても悪くないと思うのだが」
流石アカマル、人類最強と呼ばれる豪傑。
英雄達との戦いでも引けを取らないのか。
『ではお二方に宜しく頼もうかな。足を引っ張らないようにしなきゃ。皆もそうらしいけど、召喚されてから体の調子が悪いんだ。だから今は俺の技能、召喚術、盾役、剣技、錬金、魔法、武術、観察眼、これらは十全に使えない』
「物語と同じね。すべてにおいて優れた英雄、ミュウ・アクリ。その中で使えそうなのはどれ?」
コロナがうかがう。
『1つだけ。体をそれ用に調整しないといけない。明日は到着直後に戦闘が始まるかもしれない。盾役をやろうと思うけど、2人はどう思う』
否やはないと肯定される。
二人と握手を交わし、準備の詳細は明日詰める事にして部屋へ戻った。
消灯の時間が来た。明日の探索のために早く寝なければならない。
ミュウがベッドに横たわると、戸をノックする音が響いた。
『開いてますよ』
扉が開いてコロナが入って来た。美しい顔が青ざめていて、今にも倒れそうだった。
心配に思い、椅子を勧めてお湯を沸かす。
『これ、白湯だけど。この時間にお茶を飲んだら寝れなくなるから。大丈夫? 探索が心配なら、他の人に代わってもらう?』
彼女はカップに口をつけてしばらく逡巡していた。
顔を上げて、意を決した様に口を開いた。
「私の事、覚えてない?」
覚えていない、とミュウは答えた。
「私はコロナ・アウストリーネェ、ミュウが死ぬ原因となった、竜の一撃。庇ってもらったのは私なの」
彼女が語る。今まで溜めていた思いを吐き出す様に。
「本当ならそこで終わり。貴方は紛れもない勇者だけど、歴史に名を残す英雄となる筈が無かった。それだけの逸話はミュウには無かった。しかし<ミュウ・アクリの伝説>という本で、その勇名は世界に轟いた。」
ミュウは黙ってコロナの話を聞いてた。
再会したときから嫌な予感はしていた。
「本の作者は私。私が貴方を英雄にしたの。だから私は、あなたが竜を倒せるほど強くないってこと、あなたが沢山の技を使えないことを知っている。」
どう言い訳をしようか。嘘は得意じゃないんだが。
「ねぇミュウ、教えて。貴方は本当は誰なの」
扉が閉まる音がした。