第3話 初めての探索
『暴熱を、召喚』
魔法陣から火柱が吹き荒れる。
弾け飛ぶ炎は徐々に凝縮し、大翼を持つ鳥へと姿を変えた。
そこから呼び出されたのは大鳥だけではない。
目立つものだと毒々しく玉虫色に輝く海月や、遠景を透かす輪郭のぼやけた巨鹿など、大小様々に俗界を離れた生物が存在した。
中には綿胞子のような宙に浮かぶ何かや、地を這い移動する茸など非生物らしきものも在る。
これらは全て竜を殺すための召喚物だ。
30分もの間ミュウは1人で召喚を続けている。
すると必然、シエラとカリーが2人で取り残される。
カリーは哨戒を続けながら、一方的に話を続けていた。
「MYばあちゃんの知恵袋だ。理想の恋をするには条件があるという。1つは家事をしてくれること。2つは話していて楽しいこと。3つは信頼できること。4つは体の相性がいいこと。最後はこれら4人の恋人が決して鉢合わせないようにすること」
何の話だ。初対面の女性に話すジョークじゃない。
曖昧に笑って会話を流した。
「俺はこの言葉に深い感銘を受けてな。そのような恋をしようと思った。が、俺は複数の女性を愛せる程器用では無かった。ところでお前はいないいないばあっ! の効力を信じるか?」
ところでの4字で話が明後日の方向へぶっ飛んだ。
ハラスメント的な恐怖さえ感じてしまう。
『村の赤子をあやす時にやってたよ、効果はまちまちだった。準備が終わったから出発しよう。取り合えずそれぞれ好きな動物に乗ってくれ。案内を頼みます、シエラさん』
会話の十字砲火が終わりを遂げたことに安心する。
ただお喋りをしていただけというのに酷く疲れた。
爪先程の大きさだった城が、十数分の移動で眼前に構えている。
信じられない早業であった。
しかしシエラには気に掛ける余裕がなかった。
足腰が立たない。尋常でない速度で駆けてきた為である。
「ミュウさん、私耳元で叫んでましたよね。怖いから速度を落としてくれって。何で速度を落とさなかったんですか? 聞いてなかったんですか?」
『いけると思いました、後悔はありません』
ミュウもなかなか頭のネジが飛んでいる。
先程召喚されていた、綿毛のような物が集まって椅子代わりになった。
こういった気遣いを持つ点を見るに、自認しているのだろうが。
『竜は今も城の中に?』
「そのはずです。今日は飛び立つところを見ていないから」
ありがとうと短く返事が返される。
ミュウは屈み込んで再び召喚を始めた。
カリーが、他の2者の中心に位置をとる。
『雀羅を、召喚』
突如地面から湧き出た粘糸が縦横に張り巡らされた。
糸は城を繭のように囲み外界と切り離した。
『上から大質量の岩石を落とす。そして粘着性の糸で瓦礫や礫と竜を絡める。これで竜の機動性を奪おう。最後に炎鳥に突っ込ませ、糸に火を付ける。後爆破もするから。シエラはカリーが守ってくれ』
えげつない。図書館はどうするのか、シエラが尋ねる。
『あの海月に喰わせる。そうしたら中のものは守れます。他に貴重品はありませんか?』
無かったはずと答えを受けると、ミュウが行動を開始した。
『いっけー』
詠唱は? 視界が暗くなる。
城の頂上に巨岩が現れた。
その質量が緩慢に下の建造物を押しつぶし廃墟へ変えていく。
翼のはためく音と共に熱風が吹き荒れた。
城の跡地を包む火焔が数度明滅して、爆発した。
けれど感じて然るべき苦熱も、轟音も、衝撃さえ届かない。
前方でいつの間にかカリーが鎧を着込んでいる。
「俺の後ろにいれば、あらゆる害を防いでみせる。存外快適だろう」
「音や温度まで防げるのね。どういう原理かしら」
「気を抜くなよ。まだ終わってない。倒れたところを見るまでが高い高いだ」
高い高い。戦いだろうか、シエラは考えたる。
突如カリーが身に着けていた盾を上空へ投げた。
城にいるはずの竜が遥か頭上にて雷を吐きだした。
投げられた盾が屋根のように拡がる。
霹靂が響き渡り、大盾に沿って光線が放射した。
「『あいつは』」
ミュウとカリーが口を揃える。
「何故殺した竜がここにいる?」
『何故俺を殺した竜がここにいる?』
意想外の出来事故か二人は様子見を行う。
『俺を殺した時と姿が変わっていない。あの雷は間違いなく、俺を殺した魔法だ』
「民をどんどこに陥れた竜。あの雷は間違いなく竜だ」
緊張すべき場面なのに締まらない。
大盾はいつの間にかカリーの手元に戻っていた。
竜は上空を数度旋回し、3人が出会った方角へと姿を消した。
召喚物も数を減らしている。
『カリーもあの竜と戦ったのか。俺が死んでから、何時の出来事だ』
「ミュウ・アクリの伝説からおよそ300年後。お前はあの竜に殺されたのか」
困惑した表情で二人の会話をシエラが見守る。
カリーがフォローを入れた。
「今の話から察したと思うが、俺たちはこの世のものでは無い。お前たちが生まれるハルクぁ前に死に、生き返った。決して怪しくも怖くもないから大丈夫だ。ただお前の事が知りたい」
「最後の一言で不安が増しました」
だろうね。そう言ってミュウが笑う。
『正確に言うと、今の世界がどうなっているか調査のために来たんだ。だからシエラさんの事やこの世界について、教えてくれると助かります』
深々としたお辞儀で依頼される。
昔の人でも、お願いするときには頭を下げるのか。
「ではあの海月が保護してる、本を読むのは如何でしょう。私も協力しますが、書物の方が良い情報を得られると思います」
ミュウが指を弾くと海月は瞬時に溶解した。
頁を確認して読めない図書を纏めていく。
保存状態の良しあしや、使用されている言語で区別して。
『駄目だ。カリーは何か読める本あった?』
「難しいな。国も時代も異なるせいか、1冊もない。」
初日から上手くは行かないか、とミュウが独り言ちる。
数百冊もある本に目を通したため、随分と時間が経過した。
「でしたら持ち帰ってください。どうせ誰も使ってないですし」
シエラが笑顔で勧めた。言葉の真意をミュウは図る。
「あ、猫」
彼女がつぶやいた。
開かれた本の挿絵に猫が載っている。
「私猫が好きなんですよね、この世界にはもういないですけど。でもいつか、本物を見てみたいです」
少し悩んでミュウが答える。
『でしたら明日、連れてきますよ。今日は時間がないので』
「本当ですか!? ……ありがとうございます。手伝えることがあれば、何でも言って下さい」
『では、また明日初めて会った場所に来て下さい。食料と護衛を置いて行きます』
ミュウとカリーは足元から輪郭を暈しながら、頭部へ向かい徐々に消滅していった。