第2話 面白黒人枠
まず死霊が笑い出す。頭部を欠損した男性である。
コキキ、コカカ、クゥ。
ミュウは既に地上に降りていた。彼はすべての英雄と言葉を交わし、随伴者を決めていた。
出鱈目な世界が広がっている。生者は現れず視界に映るは死者ばかりだ。
また自然物が一切ない。あるのは荒涼の廃墟である。
生者の残り香は毫も感じられなかった。
『結構数がいるね、突っ切りますか。目立つ城がある方へ』
「異論はない、行こう」
応えたのは、会談で珍妙な会話を繰り広げていた騎士であった。
ミュウは迷うことなく彼を伴とした。
――<ルファ・カリー>だ。よろしく頼む。
部屋を訪ねた際、彼はそれだけ言を述べ扉を閉めた。
――待って。会話短い。
足を挟む。念のために強化魔法をかけた。
――短いか?なら話そう、先日Myばあちゃんが亀の産卵の物まねをした時のことだ……。
――違う。話は気になるけど、違う。もう先日じゃないし。中に入れて。
彼は扉を開くと、ミュウを中へ招き入れた。
――会話が短いのであれば、すまない。しかし生前予てより、お前は3言以上喋るなと言われていてな。相手がボロボロになるという。恐ろしいな。
――上司判断? 理由がよく分かるわ。ワードセンスとチョイスがウルトラ・ドッキングしてるもん。
――褒めてくれてありがとう。お前は前髪がある。
――今の褒めたの? カリーこそ前髪あるよ、あと名前がスパイシー。
カリーは白銀の髪に漆黒の肌をしている、彫りの深い美形だ。
鋭い眉と目は知性を汲ませ、端厳な面持ちである。
故に口を開くと口惜しさが際立った。
しかし話していて飽きることがない。一番会話が盛り上がった。
また庇護に優れる逸話をもつ彼は、不測の事態に備えるにふさわしい英雄だと考えた。
故に彼を同伴している。
死霊の群れを抜けると、広場らしき場所へ出た。
らしきというのは、中心にあるモニュメントを失った飾り台、周辺の窓枠が多い大きな建物、突然の開けたスペースを換算して判断した。
飾り台に腰を下ろすと、負荷をかけた部分から崩れていった。
『この辺でいいかな。充分に場所がある。休憩はいる? 今から召喚術式を書くんだ。休みながら周りを見ててほしい』
「いただこう。なんか起きてkら調子悪い。風邪ひかないのに。それよりゴーストはなんなわけ? スリリングな劇場に失禁も禁じ得ない」
『小便漏らしたら置いて帰るわ。ゴーストは知らない、怖いね』
「騎士はトイレしない騎士だから」
『今の言葉はどこで区切るの?』
「すぐそこの曲がり角だ」
『曲がり角』
カリーとの会話は前衛的だ。一言喋ると何かしらツッコミどころが出てくる。
しかし蠱惑的な魅力があり、何度でも言葉を交わしたくなる。
こんな調子で会話を楽しみながら、持ち込んでいたチョークで魔方陣を書いていく。
『宿し身を、召喚』
魔法陣から色とりどりの被造物が溢れ出す。対の翼のみで形作られた物質体だ。
それらは音を立てず羽搏きながら、あらゆる方向へと馳せていった。
「召喚もできるのか。何をした」
『周りの状況を確認しようと思って。あれが飛んで行った所は全部、視界を共有出来るからさ』
「なるほど。護衛はまあkセロ。調査に集中してくれ」
時々カリーの言葉にはよく分からない発音が混ざる。
しかし触れていてはキリがないため、調査へと意識を割く。
30人規模の集落を捕捉する。遠目に死霊の集まりでないことを確認した。
どうやら人類は絶滅していないらしい。他にも人類の共同体はないか、探していたその時だった。
1人の女性が死霊から逃げている様子を捉える。調査を切り上げた。
『カリー、急ごう。人が襲われている。正面から8時の方向に1人だ』
カリーは返事をせずに駆けだした。鎧を着こんでいるというのに早馬の如き駆け足だ。
ミュウも急いで後を追った。
少女が金色の髪を乱しながら崩れた町中を走り抜ける。
死霊が壁を透けてその後を追い回す。少女の体力は限界に近づいていた。
もう少し運動をしていればよかった、と後悔していたその時だった。
騎士が飛んできた、正面から。地面との距離1メートル、横這いに。
真横をすり抜け突風が吹き荒れる。なぜか親指を立てていた。恐怖を感じる。都市伝説か何か?
騎士は慣性を保ったまま後方へ飛んで行った。
「何あれ」
足を止め振り返る。後ろには何もいなくなっていた。
少女が疑問を覚える。
先ほどまで死霊が自分を追いかけていたはず。もしやあの騎士が撃退したのだろうか。
『怪我はありませんか』
男が声をかけてくる。
『仲間を飛ばして寄越したんです。一刻を争うと思って。』
先程の癖のカタマリと仲間。その言葉を聞いて警戒を強めるが、常識のある振る舞いに緊張を解く。
手段こそ珍妙だったが自分を助けようとしてくれたらしい。
少女は頭を下げて謝意を示した。
「助けてくださり、ありがとうございます。おかげで怪我はありません。先ほど飛んで行かれた騎士様は大丈夫でしょうか。彼の方が怪我をしそうですが」
男はミュウ・アクリと名乗ると、手を前にかざした。
自己紹介を促しているのかと考え、少女は<シエラ・タン>と名乗った。
少しすると、先ほどの騎士が同じ体制でこちらへ飛んできた。
「へぷっ」
速度を落としてミュウの手の平に騎士の顔がめり込む。
彼はそのままゆっくりと地上へうつ伏せに落ちた。が、何事もなかったかのように立ち上がり声をかけてきた。
「怪我はないか」
へぷっ、と言いつつ一番に他人の身を案じるあたり、良い人そうだ。
しかしお笑いじみた一連の流れに笑ってしまう。
ミュウへの返答をもう1度繰り返した。
「俺はルファ・カリーという」
そう言って目をつぶり黙り込んでしまった。
行動に拠らずクールな人なのかもしれない。
『ところでシエラさんは何をしてたんでしょう。こんな場所を出回って』
目的を忘れていた。慌ててミュウを見つめる。
シエラは早口で述べた。
「弟を探していたんです。数日前からいなくなってて」
急いで探さなければといい、背を向けて立ち去る。
待って欲しいと呼び止められた。
『弟さんの捜索、手伝いますよ。ただ幾つかお尋ねしてもいいですか』
「本当ですか! 質問でしたら何でもどうぞ。できる限り答えます」
『ありがとうございます。それでは……』
何を聞かれるのだろうと構える。
『ここは何処なんでしょう』
気の抜ける質問だった。
「ここはピルネという場所で比較的汚染の少ない地域です。だから、30歳まで生きる人もいるんですよ」
「なるほど、そうなのか」
カリーへと質問の答えを返す。
ミュウは地面に魔法陣を書き始めると、話しかけないでほしいといい、召喚物を通した捜索を開始した。
陣から色鮮やかな種々の翼が現れる様は神聖さを感じた。
彼は召喚者として、かなりの力量を持っているらしい。
ミュウは目を閉じて意識を飛ばしている。本人の望み通り邪魔をするわけにはいかない。
そこでカリーと会話をすることにした。
「では、お前は何中出身だ」
「えっ」
「どの中学を出たか分かれば、その人となりが分かる。因みに俺は、王立エトワール中学を出た」
ごめんなさい。中学を教えてもらっても、私には貴方の人となりが分かりません。
というか中学って何ですか。地名ですか。出身地ですか。
「近くの村で育ちました。名前はないですが……」
「そうか、それは困ったな。後輩だったら牛乳を奢ってやろうと思ったのだが」
怖い。何を言ってるのか分からない。助けを求めミュウを見る。
彼は力を抜き、息を吐いていた。探索が終わったようだ。
『一通りこの周りを探しましたがいませんでした。どこか遠くにいるか、屋内にいるかです。シエラさんと同じ金髪金目の、15歳くらいの子ですよね』
「はい、いませんでしたか……もしかしたら、竜に襲われたのかも」
竜? 怪訝な顔で2人が尋ねる。
シエラは考える。無理もない。竜はおとぎ話にしか存在しない怪物なのだから。
「ここから見えるあのお城に竜がいるんです。図書館もあって便利だったんですけど……。2年前から竜が住み着いてしまって。人を襲うので困ってるんです」
真剣な顔をして2人が話し合う。
彼らは相談をやめ、意気盛んに言い放った。
『分かりました、竜を倒しましょう。ですので竜について色々と教えて下さい』