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たてたてヨコヨコ。.  作者: ひろすけほー
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第六十二話「”種”」

挿絵(By みてみん)


イラスト作成:まんぼう719さん

第62話「”種”」


 バシュッ!バシュ……


 バシュッ…………シュ……


 急速に鎮火してゆく炎。


 怪物(バケモノ)が跡形も無く蒸発した場所から――


 「……」


 俺は気がかりであった人物に視線を移す。


 「う、うぅ……」


 教室の隅で倒れたままの女性……


 血塗(ちまみ)れの……”御前崎(おまえざき) 瑞乃(みずの)



 コクリッ


 羽咲(うさぎ)が俺の横顔を見て無言で頷いた。


 「……」


 俺も、傍らのプラチナブロンドのツインテール美少女に視線で応えたその後、血の海に倒れたままの女の元へと小走りに向かった。


 「せ、先生、御前崎(おまえざき)先生!無事ですか!?まだ意識は……」


 「……ぶ……よ……」


 ――ふぅ……


 途切れ途切れでも”しっかり”と反応が返ってきた事に内心安堵の息を吐く俺。


 「とにかく手当を」


 俺は彼女の肩にそっと静かに触れ、床に膝を着いて彼女の顔を覗き込む。


 「大丈……夫よ……生きてるわ……」


 そんな俺に、自らの流した血で全身がほとんど赤黒く染まった彼女は、生気少ない瞳だったが確かにそう応えてくれた。


 「……よかった」


 俺は一先(ひとま)ずは肩から力がスッと抜ける。


 ――この状態では、とても良かったとは言い難いが……


 それでも取りあえず良かったといえる。



 「わ、わた……し……ね……」


 ――っ!


 「先生、直ぐに救急車を呼びます!今は喋らない方が……」


 心配する俺をよそに、しかし瑞乃(みずの)は頭をゆっくりと左右に振って、血の気の失せた青白い顔で微笑(わら)った。


 「わたし……改造……人間なのよ……ふふ……ざ、残念ながら……こ、昆虫系じゃないからヒーローとは真逆……だけど」


 「せ、せんせい?」


 突然の意味が解らない告白に俺は戸惑っていた。


 ――改造人間?なんじゃそりゃ??


 ――いやいや!そんな事より、瀕死の彼女にこれ以上喋らすのは……


 俺は直ぐに彼女を助け起こそうとするも――


 「こ、孤児でね、ひきとられた怪しい組織で……くっ……幼い頃に……身体(からだ)中いじり回されたわ」


 「……」


 しかし瑞乃(みずの)は告白を止めようとしない。


 「私はただのモルモット……危険な新薬の投与、新技術の実験、脳改造も……ありとあらゆる人体実験をされたかしら」


 「せ、先生……」


 「ふふふ……でも私は選ばれたの。だって、同じような子はみんな死んじゃったもの……ふふ、生き残ったのは私だけ。あ、あらゆる実験を施され……わ、私だけが……生き残って……それでも……その後も……只の人殺しの道具として……実験道具から今度は殺人道具として……生かされた……」


 「…………」


 「ふふ、なんて顔してるのよ?鉾木(ほこのき)くん」


 ――この女は……


 ――なぜ今更そんな事を俺に……


 ――そんな過去を笑って俺に話すんだ!?


 俺は混乱していた。


 普通なら与太話と笑うような信じがたい内容も、瑞乃(みずの)の惨状から”それが事実”だと、俺には疑う気持ちなど微塵も起こらなかったからだ。



 「ご、ごめんねぇ……暗くて後味の悪い話しちゃ……って……くはっ!」


 「せ、先生っ!!」


 再び血を吐く女。


 ――くそっ!これじゃあ……


 ――これじゃまるで……死を前にした咎人(とがびと)の懺悔じゃないか!


 「だ、だから……助ける必要は無いのよ……わ、私、は……はぁはぁ……嘘ばっかりだから。ひ、人を何十人も、何百人も……(あや)めてきたから……鉾木(ほこのき)くんにも、う、嘘ばっかりついていたから……」


 ――っ!


 「たすける……ひつようが……ない?」


 俺は……


 ――だれを?

 ――先生を?


 その言葉に、その女の言葉に……


 ――人殺しの彼女にはその資格がないから?

 ――彼女の非道の数々を赦すなんて資格がないから?


 「か……はっ……ふ、ふふふ……じごう……じとく……ふふ」


 血化粧に染まった女は吐血して咽びながらも儚げに微笑(わら)っていた。


 ――助けるに値しない女?


 「……」


 俺は……


 ――あ、ああ……なんか……腹立ってきた



 「俺は”嘘ばっかり”()かれたとは思っていない」


 「……え?」


 「以前(まえ)に話してくれたよな?子供の頃にIQ高くて、虐められて……」


 それは(かつ)て、夕日に染まる職員室で聞いた彼女の昔話。


 意味の解らない事を言い出すと……


 なんなんだ?この女教師はと……


 ひねくれ者の俺がそう思った話。



 「そ、そうね……それは本当……施設で……そうだったわ」


 瑞乃(みずの)は赤黒く血で固まった瞼を閉じて静かな声で応える。


 「それで、酷い目に遭わされた」


 俺はなおも続ける。


 あの日聞いた彼女の昔話を思い出しながら。


 放課後の職員室で聞いた……


 多分、俺を励ますためだった、”彼女の過去話(トラウマ)”を……


 「……そうよ……毎日毎日……同じ子供は勿論、職員達も……何回も何回も……十歳にもならない子供の時に、乱暴もね……されたわ……かはっ……」


 女はそこまで言って、またも小さく血を吐く。


 ――他人に心の傷(トラウマ)を晒すのは辛すぎる行為だ


 不幸も不遇も理由に関係なく、それは”自分の足らなさ”だと心が思い出すからだ。


 ――鉾木 盾也(オレ)はそれを良く知っている!


 だから、御前崎(おまえざき) 瑞乃(みずの)がそれを口にするのがどれほどだったか……


 ――なのに瑞乃(かのじょ)は俺に正面から向き合い


 「…………」


 ――”貴方はそのままで良いわ”


 そう言ったんだ。


 「…………」


 教育者らしくない言葉で、誰のためでも無い……


 変わり者で、はぐれ者の馬鹿に、唯一向き合ってくれた教師の……言葉だ。



 あの時の彼女の笑顔を俺は憶えている。


 それは、いつものような大人の……艶のある笑みでは無く、


 なんだか子供に向けるような少女の笑みだった。


 ――何故(なぜ)か不思議と俺は昔、


 その笑顔に触れたことがあるようなそんな気がする……


 懐かしくて胸が苦しくなる笑み。


 実は最も瑞乃(かのじょ)を表しているかも知れない、そう思わせる……


 ――


 「羽咲(うさぎ)、救急車……頼む」


 少し距離を置き、様子を見守っていてくれたプラチナブロンドのツインテール少女は、コクリと頷いてからスマートフォンを取り出した。


 「ちょ!?……しょう……き?……わ、私の話……聞いていた……でしょ?」


 女は驚いて再び瞳を開き、弱々しくも抗議するが……


 ――それこそ、そんな言葉を聞いてやる義理は俺には無い!!


 「わた……し……は、人殺しで……」


 ――俺には関係ないんだよっ!!


 「ほこ……のき……く……」


 「なんのことはない、助けられたからだ」


 ――俺はアンタに救われたから、今度はアンタを救うだけだ


 「だ……から!……ひ、必要ない……って……私には……資格がない……って……」


 「自分の責任を全うしろよっ!」


 「!?」


 苛立った俺の口から出た言葉。


 俺自身さえが意識せずに出たその言葉に――


 御前崎(おまえざき) 瑞乃(みずの)は瞳を大きく、そう、大きく見開いて固まっていた。


 「…………あれ?」


 ――これって……この言葉って……


 「…………」


 ――”貴方の責任を全うしなさい”


 「どこかで聞いた……言葉だ」


 「…………」


 ――いや、俺が子供の時に……


 あの時に、”誰か”にかけられた言葉??


 「…………ええ……と」


 目前には、血塗(ちまみ)れで……


 裏切られたと知った直後は、一時は傲岸不遜とさえ思えた女が、


 今はその意志も野望も無残に折れ砕けた情けない姿を晒している……


 「…………あれ」


 ゆったりとした黒く輝く長い髪……


 曰くありげな美女で俺のクラス担任だ。


 「……あ?……え?」


 ワンレングスの黒髪ロングヘアで、なんとも気怠げで色っぽい……


 けど、その表情は……


 いまの、俺へと向ける飾り気の無い表情(かお)は……


 それはかつて?……初めて出会ったときは?……


 後ろでアップに纏めたポニーテールの……


 十代後半くらいの、それでいて落ち着いた美少女であった……


 ――


 「責任を……全う……しな……さい」


 何故か出た言葉を自身で反芻しながら、俺は女の面影(かお)を……


 変わらぬ……色白で少し下がり気味の瞳と紅い唇の……


 「あ、あんた……えっと……」


 他人には決して誇れないお粗末な俺の脳味噌から引っ張り出される埃を被った”ある記憶の欠片”が、ここに来て目前の人物と完全一致する。


 「…………ふふ、こんな立場が逆転する……なんて……ね……ふふ」


 相変わらず青息吐息のまま、俺を見上げる瑞乃(みずの)の瞳は……


 悲しいくらいに、現在(いま)の彼女の姿に似合う、虚勢の鎧の欠片も無い優しい瞳だった。



 「……かはっ」


 そして彼女は何度目かの吐血をする。


 ――い、いまは!そんなことより!!


 ――いや!?だからこそか!!


 「くっ……生きるにしても、死ぬにしても、自分の責任でそこに辿り着け!そうじゃなかったのかよっ?御前崎(おまえざき) 瑞乃(みずの)先生!」


 俺はその言葉を……記憶の奥で眠っていた彼女の言葉を放っていた。


 「……ほ、鉾木(ほこのき)……盾也(じゅんや)くん……あなたって子は……わ、私の事、憶えてるの?」


 「見くびって貰っちゃ困る!俺のお粗末な脳味噌は常にキャパ不足だが!美女の枠は常に空いてるんだよっ!!」


 正直、未だ俺の記憶には若干の混乱はある。


 だが……それだけは思い出した!!


 思い出したんだ!



 ――空亡鬼(そらなき)の事件


 その時助けてくれた……そう、救ってくれたんだろう。


 決して優しい方法では無かったけど……


 現在(いま)になって初めて理解(わか)った。


 彼女は確かに俺が立ち直るきっかけを……


 その”種”を……用意してくれていたんだっって。


 「…………ふっ……そうよね、あなたって子は……」



 そしてなんだか、ひとり納得したように女は穏やかに瞳を閉じる。


 ――


 「盾也(じゅんや)くん、手配できたわ。事情が事情だけにファンデンベルグの大使館経由で保護する事になるけど……良い?」


 沈黙が訪れ、それを見計らったタイミングで羽咲(うさぎ)が落ち着いた口調で話しかけてくる。


 ――ほんと、出来た美少女だ


 「それは願ったりだ。日本政府から追われる御前崎(おまえざき) 瑞乃(みずの)先生の身の上を考えると、取りあえずそれがベストだよ、わるいな、羽咲(うさぎ)


 今回はファンデンベルグ帝国の権力者である、羽咲(うさぎ)お嬢様のコネクションに大いに甘えさせて頂くとしよう。


 感謝して手を合わせる俺に、羽咲(うさぎ)・ヨーコ・クイーゼルは――


 「ふふ、だよね」


 ――”仕方ないでしょ?”


 と言うような笑顔でウインクしてみせてくれたのだった。


 「じゃあ、後は……」


 俺はこうして、今回の厄介極まる事件は全て終わったと……



 ヴォォォォッッ!!ーーーーアァァッッ!!



 「な、なんだっ!?」


 突然湧き上がる獣の出来損ないの様な咆哮!!


 俺も、羽咲(うさぎ)も、咄嗟に耳を押さえて雑音の方に振り返るっ!



 「か……かってにぃ……グオォォォォ!!纏めてるんじゃ無いっ!!」


 ――そこには!!


 ズリュ……グチャ……


 「こ、この雑魚がぁぁ……いいやぁぁ??いいやぁぁっ??冒涜者にして背教者のぉぉっ…………」


 ズチャ!ズズズゥゥ!!


 「ま……まじ……かよ」


 焦げた肉の匂いと焼けた古タイヤのような悪臭……


 ズリュ……グチャ、ズチャ!ズズズゥゥ!!


 そこには、ドロリとした寒天状態のなんとも言えぬ物体が密集し、モリモリと形を成し始めて蘇るおぞましい腐肉の塊の如き……


 「グ……オォ!!……鉾木(ほこのき)盾也(じゅんや)ぁぁっ!!」


 焼け落ちた消し炭の中から……


 全身から煙を上げながらも、謎の物体の中から再生を遂げつつある……


 「グハァァァッ!!オオオオッ!!コロスゥゥッ!!」


 とても生物とは思えない異形の男が再構成されていたのだった。


 「くっ……安っぽいRPGのラスボスかよ……ジャンジャック・ド・クーベルタン」


第62話「”種”」END

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