第五十五話「空亡き日と少年?」
第55話「空亡き日と少年?」
――20××年・秋……
現在から九年前の日本は未曾有の危機に襲われていた。
四国のK県に端を発したその災厄は日を追うごとに被害を拡大させ、発生から僅か二週間あまりで同県、そして隣県のT県併せて二十三の都市を破壊し、五十万人以上の死傷者を出す歴史上希に見る大惨事となっていたのだ。
――
「ひ、ひどい有様だな、政府は国連軍への救助要請を提出しているんだよな?」
軍用ヘリの中で――
惨状の上空を偵察していた兵士が隣の同僚に話しかける。
「そんな事は政府もとっくに行っている。国連を通じ協会に英雄級の出兵要請も出しているらしいが……梨の礫だそうだ」
下界の状況を撮影しながらも兵士は苛立たしげに答えた。
「ちっ!どの国も”アレ”は手に余ると言うことかよ、何奴も此奴も変に虎の尾を踏んで自国に被害が向くのを恐れてやがるっ!」
「それもあるだろうがな……流石に英雄級が出張ってくれば”アレ”だって片づくだろうが、それこそな……」
渋い顔で言葉を濁す兵士。
「現在、世界に英雄級は七人……彼らを所有している各国は自国の秘密兵器とも言える英雄を簡単には衆人観衆の前にはさらけ出せないってことかよ」
「規格外の超兵器が七人も居るからな。それも別々の国に……それがただ一人だけなら世界の救世主たりえるのだろうが、別々の国に七人……そりゃ、陰謀や思惑が交錯して簡単にはいかないって、な」
「ちっ!だからって、この惨状を捨て置くのか!!くそっ!日本人はこのまま受けるだけ被害を受けて……この国に英雄級がいればっ!」
バッバッバッバッバッ
焦燥感と自国と自分達の不甲斐なさ、そんな兵士達の様々な負の感情を乗せ軍用ヘリは騒々しいプロペラ音を響かせながら街の中心部に向かって行く。
――
「おっ、見えてきたぞ!その元凶たる悪魔……」
「お、おい、あんまり近づきすぎるなよ、アレに……」
さっきまで世間を無責任だと罵っていた男は急に他人事のような臆病な声を出していた。
――
ゴォォォォォォォォォ――――!!
周りの瓦礫を吸い込みながら地上数十メートルに浮遊する巨大な黒い塊。
「だ、大丈夫だって、この距離を保っていれば……」
此所は結構な規模の都市、その中心部だというのに、現在は辺り一面瓦礫の山で激しい空襲があった直後よりも非道い有様だった。
ゴォォォォォォォォォ――――!!
そして黒い太陽と見間違う”それ”は――
「う……あぁ」
破壊され、無惨な姿に変わり果てた建造物を、人を、木を、森を、周辺の全てを吸収しながらそこに君臨していた。
「あ、あれが……”空亡鬼”……か」
長い沈黙の後、片方の兵士がようやくその名を呟くのが精一杯……
ゴォォォォォォォォォ――――!!
凄まじい騒音……
巨大な掃除機?
いや、ブラックホールが地上に現れたとすると、きっとこういう感じなのだろう。
ゴォォォォォォォォォ――――!!
現在、歴史上観測された中では最大級の幻獣種。
それは超一級災害に認定された超高位幻獣種、”空亡鬼”の姿だった。
――
「……」
八歳の少年、盾也はそこに居た。
居た?
いや、居たと言うよりそこに……
「……」
瓦礫の山となった元繁華街の中心地に深く突き立ったまま傾いた金属製の外灯……
その根元にグルグル巻きに縛り付けられて、その少年は立っていた。
「小僧、悪いな。恨むならこの街の奴らを恨めよ」
言葉とは裏腹に全く気にも留めていない様子で、体格の良い大人の男は少年を縛り終えるとそこから離れた。
体格の良い男……
鋭い眼光の右目に大きな刃物傷を刻んだ男。
「しかし、人間なんてものはこうも本性は卑しいものかね?商売柄、嫌と言う程、こういう場面に関わってきたが、流石にこんなガキ、しかも同じ被災者でつい最近に家族も何もかも失った直後のガキをこんな目に遭わせるのは、流石に俺も少しは心が痛むぜ……」
男はそう言って隣の若い女に目配せする。
「…………」
長い黒髪に整った容姿の若い女、見た目から十代後半であろうその女は少女と表現した方が適当だろう。
ゆったりとした黒く輝く長い髪を後ろでアップに纏めたポニーテールの少女。
黒髪の少女は仲間であろう目傷の男を無視して無言で縛られたままの少年を眺めていた。
――憔悴しきった状態の少年
全身が泥と埃に汚れ、小さい擦り傷が至る所にある。
そして何日も泣きはらしたのか、ぼってりと腫れた目の周りと感情を喪失したような死んだ瞳はとても好奇心旺盛な年頃の少年とは思えなかった。
「ったく、しかし不貞不貞しいガキだ。ここに引っ張って来るまで抵抗らしい抵抗も無し、こんな恐ろしい場所で縛り付けられてもウンともスンとも声を出しやがらねぇ……いや、もしかしてもう完全に心が折れちまってるのか?」
こんなふうに”盾也”という少年が連れて来られ、こんな状況に陥っている事には……
若干の説明が必要だろう。
20××年・秋……
突如発生した災害級の幻獣種、暗黒で巨大な”それ”は幾つもの街を破壊した。
辛うじて生き残った住民は各自避難所などに避難したが、政府の救助活動は遅々として進まない。
何故なら、その幻獣種……
”空亡鬼”と名付けられた災厄は、散々破壊活動を行った後に其処で停滞したのだから。
無論、政府としては残った住民の救助のために軍用車、軍用ヘリを出動させたが、それらが近づくと、どういった方法で知覚しているのかは不明だが”空亡鬼”は途端に破壊活動を再開する。
結果……
救助隊は何度も全滅させられ、そのたびに住民や街が甚大な被害に見舞われた。
そうした状況で孤立無援となった点在する避難民キャンプはどこも絶望的な空気に包まれていたが、その内のひとつ、最も”空亡鬼”に近い場所で、その騒ぎは起こった。
「このガキ!たしか”能力者”だぜ!!俺は見たことがあるんだ!ちょっと前に、近所でこいつが火の玉のバケモノをコソコソと退治して遊んでるのをっ!」
苛立った男の言葉の内容に周辺の人間が”ザワザワ”とざわめく。
「ここに能力者が居たら”空亡鬼”が襲ってくるんじゃねぇのか?」
「そうだ!そうだ!アレは政府の能力者の部隊を全滅させたっていうし、軍や能力者がこの地域に近寄る度に暴れてるじゃねぇか!」
ザザッ!
一斉に人々が少年から離れ、その少年を人の輪が取り囲む。
「……」
男も女も、老人も子供も、揃って”盾也”を奇異な目で睨んでいた。
「おい、こいつをどっかに捨ててこいよ!」
一人の男がそう叫んだ。
「お、おい本気かよ!いくらなんでもこんな子供を……」
「”能力者”にガキも大人もねぇよ!ここにいる人間が全滅してもいいのか!」
「ちょっと、あなたたち恥ずかしくないの?人として、そんなこと!」
「なら、お前がどうにかしろよ!偽善者!」
反対意見も出たには出たが、
――”なら、お前がどうにかしろ!”
その一言で誰もが黙り込む。
それはそうだろう……
誰も彼も、こんな状況だからこそ、自身が、自身の家族が、一番大事なのだ。
――
あーだこーだと、暫くの間は避難民達は互いに言い争い、いがみ合うも……
「……」
盾也という八歳の少年は、ただそれを話の中心で呆然と見ているだけだった。
そして暫くの後――
結局、盾也は縛り上げられ、籤に負けた数人の大人達が彼を引きずるように外界へ捨ててくる事になるのだが……
その度にそこから一番近い避難民キャンプで同じ問題が勃発して、彼はまた別の場所へと引きずられてゆく……
要は”疫病神”の押しつけ合いだ。
「……」
幼かった盾也は何度、そんな理不尽なことを体験しただろうか。
何度、その忌避と蔑みと同情だけの視線に晒されただろうか。
そして更に残酷なのは――
それらの群衆、人々の視線の中には彼の見知った。近所や同じ学校、その父兄の姿もあったということ。
「……」
――そうだ、
顔見知りなんて薄っぺらい繋がりは結局なんの助けになるものでは無かった。
「……」
最初の頃は泣いて抵抗した少年も次第にその気力を失っていったのか、やがて盾也は泣くことは疎か言葉の一つも発せなくなっていた。
「……」
――盾也は諦めたのだろうか?
――その理不尽を受け入れたのだろうか?
「……」
いや、ただ単に疲れただけだろう。
”人間”という醜い生き物に疲れきっただけだろう。
「……」
そして五日目の夜、少年は遂に”最後”の避難民キャンプに流れ着いていた。
「何処に捨てても、その近くの奴らが別の場所へ捨て返してくる。キリが無いじゃないか!こんなことならいっそ……」
ある避難場所の避難民の男が暗い目でそう呟いた。
「ちょ、ちょっと!あなた、なにを言っているか分かっているの?その子は、盾也くんは娘の同級生なのよ!全然悪い子じゃないわ!」
一人の子連れの女性が声を上げる。
「じゃあ、あんた、アンタが責任もって捨ててくるのか?娘の友達なんだろ?知り合いなんだろ?それとも盾也と一緒にここから出ていくか?」
「そ、それは……」
女性は目をそらし、娘の手を引き群衆の中にそそくさと戻ってしまった。
「……」
――無理もない……
それが普通で、正しい判断だ。
「いや、しかしこんな子供を……とても正気とは……」
別の男性が呟いた言葉に興奮気味の男は畳みかける!
「こんな子供を!?俺達はその子供を何日も何日も引きずり回してんだろうがっ!いまさらだっ!俺だって好きで言ってるんじゃない!護るべき家族が居るんだよ!」
「…………」
――それも無理もない
正しい判断だ。
――
静まりかえる避難キャンプ。
「……」
「……」
皆一様に、中央に晒されている盾也から視線を逸らしていた。
――その時、その男は普通では無かったのかも知れない
たまたま、自身の安全ばかりを考える非情な思考に支配されていただけかもしれない。
「……」
――仕方の無いことだ……
だから……
だから、その男を責める者はそこには、
どこにも……
誰ひとりとして無かった。
「……」
怪訝な表情をしていても、盾也に同情の視線を向けていたとしても……
「……」
その男の、人として決して容認できないような判断を避難できる人間は居なかった。
「……」
それだけ極限状態……
――仕方の無いことだったのだろう
「……」
全員が黙っていた。
心地悪い沈黙……
しかし、それも少しの間……
――
「もう……」
「殺るしか……」
直ぐに結論は出たようだった。
ゴクリッ!
それが合図のように……誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。
「ちょっと、いいかしら?」
――っ!?
瞬間、正に……血走った眼の男達が数人で盾也という疲れ切った少年に近づこうとしたとき!若い女の声が響く。
「わたし達が”その子供”を捨ててきてあげましょうか?」
声の主はゆったりとした黒く輝く長い髪を後ろでアップに纏めたポニーテールの少女。
色白で少し下がり気味の瞳と紅い唇、年の頃は十代後半くらいのそれでいて落ち着いた美少女であった。
「な、なんだよ、姉ちゃん。それじゃ意味がないって言ってんだろっ!」
血走った眼の男が興奮気味に少女に詰め寄る。
「戻ってこなければ良いんでしょう?なら、捨てる場所を考えれば良いだけよ」
黒髪ポニーテールの美少女は興奮状態の男達に囲まれても怯えるどころか、全く変わらぬ口調、完全に落ち着いた口調でそう説明する。
「ば、場所?」
少年を囲んでいた男達が疑問の声を返す。
「そうだなぁ……あの”空亡鬼”の直ぐ近くに縛り付けて来ると言うのはどうだ?それなら、もし怪物が暴れてもここには被害が及ばないし、直ぐにガキを仕留めて怪物の怒りも収まるんじゃないか?」
黒髪ポニーテールの美少女の背後から、彼女の連れらしき体格の良い男……
鋭い眼光の、右目に大きな刃物傷を刻んだ男がひょっこり姿を現して言葉を付け足す。
「う……それは……」
「そ、そうかも……」
興奮状態だった男達は現れた男の強烈な威圧感に、急に冷や水を浴びせられたように青ざめるとアッサリと引き下がる。
「け、けど、そんな危ないところに誰が……」
それでもなんとか声を絞り出した男の疑問に、黒髪ポニーテール美少女は無言で進み出て、盾也を繋いであるロープの端を握っていた。
「言い出しっぺだもの、私達が行くわ」
――あ……
感情の乏しかった黒髪の……
そう言って初めてニッコリと微笑んだ美少女の表情を見たとき……
盾也は……
盾也?いや……
――盾也は……
――ほんの……本当に僅かに……一瞬だけ……
久しぶりに現実と繋がった気がしたのだった。
第55話「空亡き日と少年?」END




