第五十四話「じゅんや？」
イラスト作成:まんぼう719さん
第54話「じゅんや？」
「どういうことですか？私にはさっぱりです」
キャラクターに似合わないショートボブ少女の返答に羽咲の整った眉がピクリと反応する。
「さっぱり？わたし達はお互いのことで”すっごく”大切なお話があるのよ、解るでしょう、いいえやっぱり解らなくてもよろしくてよ、”部外者”には関係の無い事ですのよ、ふふふ」
――いやいや！
なんか刺々しいっていうか、変だろ？その言葉遣い！
プラチナブロンドのツインテール美少女は何故だか挑発的な笑顔で、一つ年下の少女に妙なプレッシャーをかけていた。
「そうですか。ですが私も鉾木先輩にはお伝えしたいことがあるので、出来るなら同席を……」
「盾也くん！解ってると思うけど！わたしの方がずっとずっと先約よね？解ってるでしょう？わかって……るよ……ね」
相手の言葉が終わるのを待たずして今度は俺に詰め寄る羽咲。
威勢良く詰め寄った割には後半はなんだか頼りない、縋るような翠玉石の瞳。
――くっ！
羽咲はともかく、おとなしそうな深幡 六花がこう出てくるとは……
俺は同じ学校の年下少女の意外な一面に驚きつつも、目前の必死なツインテール美少女に頷いてみせる。
「えっと……すまない、助けて貰っておいて勝手だが……その、少しだけ外してくれないか？深幡さん」
「……」
俺の言葉に深幡 六花の瞳は一瞬だけ悲しそうな色を浮かべ、その後、ゆっくりめに頷いてから彼女は教室の扉の方へ向かった。
――ガララ
「…………」
老朽化して立て付けの悪そうな引き戸を三割ほど開けたところでショートボブの少女は振り向く。
「色々と……騙していてごめんなさい。でも！でも、先輩とまた会いたいって言ったのは本当ですから！！あ、あと、私の事は”六花”って呼んでくれると嬉しいです！」
――ガラララ！ピシャン！
真っ赤に染めた頬でそう言い残し、少女は教室を出て行った。
「…………」
――ま、本気か！？
俺は少女の消えた引き戸付近を呆然と眺めながら思う。
――っていうか、俺ってもしかして今！モテ期なのかっ！？
「別に”モテ期”ってわけじゃ無いから、あの娘も物好きだって言うだけ、希少種よ」
俺の心を読んだかのような、絶妙のタイミングで冷や水を浴びせる容赦ない羽咲の言葉。
「…………いや、せめて後、数秒くらい夢見させてくれよぉ」
「…………」
訴える俺には、やや不機嫌そうな表情で俺を見上げた羽咲が視界に入る。
――う！？
「も、物好きって！俺は下手物かよっ！」
思っていた反応と違う相手にたじろいだ俺は、ノリのつもりでツッコんでみたが……
「…………」
真摯な瞳でこちらを見上げるプラチナブロンドのツインテール美少女の翠玉石が、ここから先は冗談では無い事を物語っていた。
――うぅ……苦手だ、こういう雰囲気……
「そ、それで、俺に聞きたい事って？」
流石に空気を察した俺は表情が自然と引き締まり、羽咲が盾也にこれから投げかけるであろう、半ば解りきった質問内容を白々しく再確認していた。
「…………」
「…………」
――ゴクリッ
と、生唾を飲み込む音が聞こえてきそうなくらいの静寂。
俺が彼女の事を注目する中で、やがて少女の整った桜色の唇がゆっくりと動いた。
「”鉾木 盾也は既にこの世にいない”って……どういうこと？」
「……！？」
――正直……驚いた
覚悟はしていたものの、その言葉に俺は本当に驚いていた。
「…………」
質問が”俺の過去”の事であると、
俺の特殊な対幻想種技能別職種のことだろうと、
予測はしていたが……
これには驚いた。
彼女が俺に聞いてきたのは、もっと深い質問……
俺の根幹の……
誰からそれを聞いたのかは知らないが、確かに俺は”紛いモノ”だ。
「…………」
――彼女は無神経にも……
――いや、真剣だからこそ、真実を求めるているのか……
「盾也くん？」
沈黙したままの俺を心配そうな瞳で見つめる少女。
――
「大丈夫だ、別に怒ってるワケじゃない。それに……俺はその言葉の通り、正確には”盾也”じゃないし……な」
「っ！」
その瞬間、彼女の翠玉石が大きく大きく見開かれ、白い咽に息が呑み込まれるのがわかった。
「そ、それって……どういう」
「ああ、だが、それより……」
余裕無くせっつく彼女に俺は――
「”あの娘も物好きだって言うだけ”……の下りなんだが、あの娘もの”も”っていうのは羽咲もそうだってことか？」
「へ？……え？」
真剣な表情のまま、翠玉石の瞳を大きく開いたままで固まる美少女。
「いや、だから、ぶっちゃけ羽咲もその”物好き”ってことかと……」
意図的に話を思いっきり混ぜっ返す俺に、
羽咲は対応できず、大きな翠玉石をパチクリさせた後――
「わっ！わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！」
――お、おぉぅっ！？
なんだ？なんだ？一瞬で耳まで朱に染めた目前のプラチナブロンド美少女は……
奇声を発して大きく後方に飛び退いていた。
「な、なに言ってんのよっ！！い、いまは関係無いでしょ、それはっ！！それにそんなこと言った覚え無いし！！”も”ってなによ？”も”？言ってないよ、ホント！盾也くんの聞き間違いでしょ！！」
そして間髪入れずに短機関銃のように浴びせかけられる反論の雨あられ。
「わかった……いや……悪かったって……」
わたわたと大げさなジェスチャーを交えて落ち尽きなく言葉をばらまく羽咲に、俺は自分でまいた種の収拾を図るため謝っていた。
「ま、まったく……ボーとしてるくせに妙に変なところで目聡いんだから……」
そんな俺の対応で、ようやく渋々と納得したような彼女だったが……
言葉をばらまきすぎて最後は暗に自ら認めるような発言になってしまっているところが、”らしい”といえば羽咲らしくて中々にキュートだった。
「って、いうか！盾也くんは、また誤魔化す！”その話”は今してないでしょ？わたしがしてるのは……」
「俺が”盾也”じゃ無いってことか？確かに俺は”じゅんや”だ」
「………………え？」
ああ、そうかこの言い方では”いまいち”伝わらないか。
「それって……あの？」
「だからだな、”盾也”……漢字で”たてなり”って書いて”じゅんや”の方じゃ無くて、平仮名表記で”じゅんや”の方って意味だよ」
「ええと……」
翠玉石の瞳を白黒させて言葉を失う美少女。
――そりゃそうか……
誰にどこまで聞いたか知らないが、いきなり意味不明だよな、ふつう。
つまり、彼女のこの反応は正常だろう。
意味不明な説明だが、残念ながら俺的には全く以てそのまんまだ。
こんな説明の始め方で申し訳ないが……
――それに、そもそも羽咲から聞いてきたことだ
だが、この先は正真正銘……
俺にとっては迂闊に話すような事で無い、ある意味で存在をかけた、文字通り”命がけ”になる話でもある。
「えっとな……つまり」
――だが、それなら……
”俺の剣”に命を預ける彼女には……話しておくべきかもしれない。
――そもそも俺が……
俺の独り善がりから軽々しく羽咲の”過去”に土足で入り込んだのが今回の、この一連の事件の発端だった。
――ならば……
自分で思い出すのも苦痛で、出来れば蒸し返したくない”恥部”も……
俺は羽咲には話さなくてはならないだろう。
「……盾也……くん」
「……」
目前で戸惑うプラチナブロンドのツインテールお嬢様を眺めながら、
その生涯の終始において臆病者だった俺は……
鉾木 盾也はようやく”その”覚悟を決めたのだった。
第54話「じゅんや？」END
