第四十七話「そういう魔剣?」
第47話「そういう魔剣?」
――山林を分け入った先にある廃校
うち捨てられた鉄筋コンクリート製の校舎には、もう十年以上人が通うことも無かったようだ。
「ひどい有様だな」
割れて解放されっぱなしの正面入り口のガラス戸を通り、
煩雑に林立する下駄箱の間を抜け、
ある程度開けた廊下に出たとき、
その光景の有様に俺は呟いていた。
コンクリートの壁、リノリウムの床、そして廊下から各教室を仕切る木製の引き戸……
その至る所にうんざりするほどの血糊のオンパレード。
朱、朱、朱……赤??
いや?実際は酸化して茶褐色に見える彩りの中に……
黒ずくめの男達の首無し、足無し、腕無し、欠損している部分が無いモノは一つも無いという骸が散在していたのだ。
――ジグソーパズルかよ……
意外にも俺の第一印象はこれだ。
この死体とあの死体、その死体とあっちの死体……
転がる頭と変なところに引っかかっている腕、
欠如した部分がうまく合いそうで合わない。
”いち学生”でしかない俺にここまで非現実な世界を見せられても、寧ろそんなシンプルな感想しか浮かんでこない。
「どれも日本人か……じゃあ、これが」
「うん、”闇刀”という人たちみたいね」
半分になって窓枠に引っかかった男を調べていた少女が俺に応えた。
――
月光が差し込む廊下に浮かび上がるシルエット。
プラチナブロンドの髪を月光浴で金糸雀色に煌めかせた美少女は――
青紫色の死体傍から立ち上がり、俺の方に歩いて来る。
「……」
彼女の腰には一振りの片手剣……
俺がロイヤルベイホテルで渡した剣だ。
「盾也くんの聞いた通りに瑞乃さんが日本政府の直轄組織である”闇刀”とやらに所属していたのなら、この状況から”彼等”は返り討ちに遭ったってところだと思うわ」
「裏切り者を抹殺に来て逆に返り討ち……ね」
言いながら、今更ながらに本当に俺の知る御前崎 瑞乃ではないのだと思い知る。
「…………」
そんな俺とは別に、プラチナブロンドのツインテール美少女は、なにやら納得行かないように黙り込んでいた。
「どうした?羽咲」
「う、うん……当時の状況はこの有様から推測できるけど、そんな特殊機関が死体を、その痕跡を残したままにするかしら?って」
――なるほど、たしかに……
粛清に失敗したとして、いくら人が寄りつかない廃校であったとしてもこんな騒ぎに発展しそうな惨状を残しておく訳が無い。
普通なら速やかに証拠隠滅をするはずだ。
「じゃあ考えられるのは……」
俺は目前の少女を見て、俺が至った考えに同意を求める。
「そうね、回収したくてもできなかった」
そうだ、遺体を回収したり現場を処理することが出来ない状況……
――つまり、つまりこの区域は現在……
――
「飛んで火に入る夏の虫……勿論、虫とは”月華の騎士”、貴殿の事だ。羽咲・ヨーコ・クイーゼル嬢」
――っ!?
すぐ目前に!!
長身で長髪の金髪を後頭部で結んだ端正な顔立ちと、碧眼の双眼が光る異国人の影が顕現する!
「いっ!いつの間に!?」
完全に意表を突かれた俺は無意識に後ろに半歩下がっていた。
「そう、貴方が”七つ騎士”、ジャンジャック・ド・クーベルタンね」
そして俺とは対照的に、羽咲はいつの間にか闇の中に立っていた男を平然と見据える。
「七つ騎士?……七つ騎士と呼びたまえ、無粋な」
「無粋?どっちが?天罰騎士団、フィラシスの野蛮人が!」
目前の男に対し、既に苛立った表情を見せる彼女は問答無用で剣を構える。
「よくこの場所がわかったな、月華の騎士」
「……」
男の言葉を無視して間合いを詰める羽咲。
――
「こ、ここには……お、お前しかいないのかよ!?」
ジリジリと間合いを詰める二人の緊張感に耐えきれなくなった俺は、思わずその戦場に言葉を割り込ませていた。
「…………」
途端に注がれる冷たい視線。
この状況で俺みたいな戦力的に数にも入らないような雑魚が口を挟むのは如何にも場違いではあるけれど……
今にも開戦しかねない羽咲達だけど……
俺達はそもそも”幾万 目貫”から得た情報でここに来た。
御前崎 瑞乃の居場所が解ったという報告を受けてここに来たのだ。
――しかし、実際、居たのは……
「だ、だから……俺達はお前を探してたわけじゃ……」
兎に角、”聖剣”の奪還が最優先のこの時に、此奴との戦闘は避けたい。
元はと言えば、この男……
ジャンジャック・ド・クーベルタン対策が”聖剣”奪還の大きな要因なのに、これでは本末転倒だからだ。
――だが!
「貴殿は……ほぅ?生きていたのか。我が”神の腕”の一撃を受けてなお……」
「うぅ……」
ギラリと鋭い碧の視線を受けて俺は後退る。
「成る程、それならば……やはりそういうことなのか。成る程」
フィラシスの大騎士とやらは、なにやら一人納得して笑う。
「……??」
――そういうこと?なんのことだ?
「フフフ、フフフフ」
しかし、金髪碧眼の男はそれ以上は口にしなかった。
ただ不敵な笑みでこちらを眺めているだけだ。
「…………くっ」
――しかし……余裕あるな、この男
不完全な英雄級と、ヘンテコ幻想職種の俺なんか相手じゃ、楽勝ってことか?
「……」
――なら……
俺は前で剣を構える羽咲に目配せする。
非常に不本意だが、こうなってはもう戦闘は避けられないだろう。
なにせ相手は、この羽咲の抹殺を一番の目的にしているのだろうから。
「……」
トンッ
俺の合図に頷いた羽咲は、軽やかに踏み出した!
シュ――ォン
侍の居合い斬りの如き一閃が鞘から放たれ!
ガキィィン!!
それが金髪男の眼前で弾かれる!
「ちっ……」
――やはり……所持しているのかよ!?あの”見えない槍”を!!
ヒュ――ォン
敵に弾かれた銀色の切っ先は、羽咲の手によってその勢いさえ利用して相手の鼻先に再び舞い戻る!
ギィィ――ン!!
しかし!もう一度!まるで映像を巻き戻して観るかの様に弾かれる銀色の刃。
「フンッ!」
ジャンジャック・ド・クーベルタンはそのまま、空虚なままの両手を突き出した。
――――ドシュッ!!
鋭い風切り音と共に美少女のプラチナブロンドの髪が後方に靡く!
ガコォォォーーーン!!
そして彼女の頬、数センチを通り抜けた無色の衝撃は、後ろのコンクリート壁を大きく穿っていた。
「……」
――文字通り、見えない高速の槍を放つ異国の騎士!
――そしてそれを、紙一重で躱すプラチナの騎士姫!
後方では無残にも破壊されたコンクリートの壁が破片になって飛び散っていた。
――
長身のフィラシス人。そのまま、その懐まで飛び込んだ美少女だが!!
”其処”は既に剣の間合いだとしても近すぎる……
「いまっ!」
しかし彼女はプラチナブロンドを軽やかに舞わせ、背面方向……
縦軸に一回転、廻りながら再び正面の男を銀色の片手剣で斬り上げていた!
ザシュゥゥ――!
「ぬ、ぬぅぅ!」
――き、斬ったぞっ!?
傍観する俺の握った拳には力が込められ、汗が滲んでいた。
――相手の懐……
武器持ちの戦士同士、お互いに決め手の無い超至近距離で彼女は大胆にも……
いや、最小限の半径で回転する事により、その勢いと遠心力、そして後方の空間を利用することでゼロ距離から決定打を放つ事を成し遂げたのだ!!
「ぐっおぉぉぉぉーーー!」
「っ!?」
直後、男の狂ったような怒号が響き!少女は剣を離して後方に飛び退く!
ドカッ!
ゴロンゴロン……
肉を打つ鈍い音が響いて少女の小柄な身体は二回、三回と後転した。
「う、羽咲っ!!」
俺は思わず走り寄る。
「だ、大丈夫、ブロックしたから……」
跪いて応える彼女は、なんとか俺に微笑むが……
その麗しい唇の端は少し歪んでいた。
――
咄嗟に両腕でブロックしたのだろうが……
あの大男の前蹴りをこんな華奢な少女が諸に受けて無事なはずがない!
「お、折れてないか!?羽咲!」
俺の問いかけに頷く少女。
「大丈夫、打撲だけみたい……それより」
ツインテール美少女の翠玉石の双瞳は正面を見据えたままだった。
「??……な……んだ?……剣が刺さったまま……」
羽咲の視線をなぞった俺は異様な光景に口を開ける。
「…………」
そこには仁王立ちで、こちらを睨む長身のフィラシス人。
ジャンジャック・ド・クーベルタンの胸には、先ほどの一撃、深々と羽咲が斬りつけた片手剣が刺さっている。
――なのに……
「な、なんで……効かないんだ!?フィラシスの七つ騎士って不死身なのかよっ!!」
俺は思わずそう洩らす!
希に存在する頑強な幻獣種じゃ有るまいし……
”人間”としてはあり得ない現象だ。
「ちがうわ……斬れてない……あれは……」
その男を見据えたままの翠玉石の双瞳……
羽咲の言葉に俺は男の胸を再度凝視した。
――
暗闇の中……詳細まで確認できなかった俺の目にも徐々にその全容が把握できるようになってゆく。
「…………」
フィラシスの大騎士……
ジャンジャック・ド・クーベルタンの胸には……
いや、見るべきはそこじゃ無い……
いつの間にか、奴の身体全体を覆うように存在する鉄色の金属……
――これは……鎧?
ジャンジャック・ド・クーベルタンは、”それ”を一体、いつ身に纏ったのか?
全身を覆う鉄色の鎧を着込んで……
羽咲の一撃は……
俺の創った剣は……
奴が纏う鎧の胸部に……
胸部に……
――呑み込まれていた
「な、なんだってんだよ……あ、あれは……」
「…………」
俺と羽咲は言葉を失っていた。
いつの間にか出現した鉄の鎧。
それをあの一瞬で身に纏った事自体が信じ難いが、それよりも更に信じ難いのは……
奴の胸部……そこに剣はある。
だが、刺さっているのでは無い。
それが証拠に鉄の鎧には傷一つ無く、俺の剣は最初からそう言うデザインです、と言わんばかりにそこから生えているのだ。
俺の剣が……
羽咲の一撃が……
「呑み込まれたっ!!」
そう……信じられないが、それが一番シックリくる表現であった。
「フフフフフッ、ハハハハハハハッ!」
俺達の間抜け面を見下ろし、高笑いを始めるフィラシスの大騎士!
「我がフィラシスの誇る神の加護が”神の腕”だけと思ったか!!我が肉体を護る鉄壁の鎧は”神の身体”!!如何なる刃も退ける!まさしく神の肉体よっ!!」
「……な」
――神の加護??
――神の肉体……神の身体って!?
ジャンジャック・ド・クーベルタンは大仰に講釈を垂れながら――
一歩、一歩と、丸腰の羽咲と俺に近づいて来た。
ドシュッ!
「っ!」
タッ!
「羽咲!?」
ジャンジャック・ド・クーベルタンが放った見えない槍を!紙一重で躱した少女の身体は横に跳び、
ヒュー
ズザァァァァッ!!
即座に死角に回り込んで、更なる追撃を未然に防ぎつつ相手の懐に再び跳び込んだ!
ガシッ
そして!突き立ったままの自身の剣を引き抜こうとするが……
「!?」
「フハハハッ!非力だな?月華の騎士よっ!!」
ジャンジャック・ド・クーベルタンの鉄色の鎧に突き立った剣は、まるで根を生やしたようにびくともしない!
――なんだよそれ!反則だろっ!!
いくら羽咲の腕力がそれほどでも無いとしても、それにしても……
「ちっ!」
――やはり”あの鎧”は剣を呑み込んでいるんだ!!
――俺の剣を!羽咲の一撃を!
「終わりだ、ファンデンベルグ最高の騎士よ!”月華の騎士”は、この”七つ騎士”が一つ槍、ジャンジャック・ド・クーベルタンが討ち取ったりぃぃ!!」
長い両腕を大きく掲げ、見えない槍を至近で大上段に構えるフィラシスの大騎士ジャンジャック・ド・クーベルタン!!
ブゥゥオォォォォン!!!!
彼の者の見えない”偉大な槍”はっ!懐の少女めがけて一気に振り下ろされたっ!!
――――――
――――――――ガキィィーーーーンッ!!
「ぐぉっ!?い、痛ぇぇっ!!」
「じゅ……んや……くん?」
咄嗟に大男と少女の間に強引に割り込んだ俺は……
対幻想種技能別職種、”盾”で!その一撃を受け止めていた!!
「貴様!またもや貴様か!!この出来損ないの……?????めっ!!」
「どっせい!!」
ガコォォッ!
そして、そのままの勢いで体当たり!
フィラシスの大騎士様を吹き飛ばしてやる!!
「ぐうっ!」
――バキンッ!
全力で不細工な体当たりをして勢い余りひっくり返った俺の耳に、
ジャンジャック・ド・クーベルタンの短い声と金属の弾け飛ぶ音が聞こえていた。
「この……雑魚め!」
クーベルタンは後方に数歩よろめき、忌々しげに俺を睨み付ける!
「…………じゅんや……くん」
そして羽咲は、羽咲の手には……
今の衝撃で折れた片手剣の柄が握られていた。
「大丈夫か?羽咲!」
羽咲は頷き、自身の手の中にある”折れた剣”を見る。
「まぁ、しょうが無い。どうせ、あと二、三振りでそうなってたろうし……それにその剣は……」
「…………うん」
俺の言葉に羽咲もニッコリと頷いた。
「フン、情報通りだな。ファンデンベルグの月華の騎士は”聖剣”以外の剣をまともに扱えない……フフフ、残念だったな、鉾木とやらよ。貴殿の必死の行為も、その女の寿命を数瞬だけ伸ばしたに過ぎぬ」
正真正銘、丸腰になった羽咲を見据えて勝ち誇った笑みを浮かべる、長身のフィラシス人。
――なるほど……やはり
敵対関係である国の、騎士の情報はある程度は持っているという訳か。
羽咲の”聖剣”のこと……
――いや、それよりも
プールのときと違い、今回は俺の対幻想種技能別職種も知っていたようだが……
――そういや、さっき突き飛ばしてやった時に
――彼奴、なんか気になる事を言ってなかったか?
――”出来損ないの……?????めっ!”
――とか……
良く聞こえ無かったけど……
なんて言ってたんだ?
「…………」
ヒュン!ヒュヒュン!
「おっと!」
俺がそんな事を考えている間にも、羽咲は対峙したフィラシス人の見下した態度を気にも留めず、半分になった片手剣を軽く目の前でスウィングしていた。
ヒュン!ヒュヒュン――――キィィィン!
数度のスウィング中に折れた剣の刀身が鈍く光を放ち、それは直ぐに収まる。
「……ふふ、」
そして素振りを制止した彼女の左手には……
キラリと、全く損傷の無い完璧な片手剣が輝いていた!
「な、なんだと!?」
間抜けな声と共に目を見開くフィラシスの大騎士様。
「……はは」
――まぁ、そうなるだろうな。普通はそう言う反応をするだろう
因みに、この片手剣は復元されたわけでは無い。
一度、完全に失われた物が復元するのは容易ではない……
っていうか、無理だろう。
”覆水盆に返らず”だ。
――つまり、これは……
俺の創造した”魔剣”
――
「そういう”魔剣”ってことだよ、ご愁傷様!」
第47話「そういう魔剣?」END




