第四十三話「夏がそうさせるのさ?」
第43話「夏がそうさせるのさ?」
プールなんて来るのは何年ぶりだ?
いや、学校の授業ではあるにはあったがプライベートでって事だけど……
俺は試着室の姿見の前で水着を身に着けながら、
「……」
ふと、そんなことを考えていた。
「どうかな?サイズとか大丈夫?」
――っ!?
「盾也くん?」
「あ、ああ……バッチリだ」
シャァッーー!
カーテン越しでかけられた声に、俺は大丈夫だと応えてから勢いよくそれを端に寄せた。
「ざっと、こんなもんよ!」
ホテル内にある水着店のフロア内で、簡易な更衣ボックスを遮るカーテンの向こう側にいたプラチナツインテールの美少女は――
「…………」
美しい翠玉石の瞳を丸くして俺を凝視する。
「え……と、羽咲?」
――ううっ、そんなに似合ってなかったのか?
彼女の反応に俺は急に不安になる。
なまじ格好つけて見せつけた手前、恥ずかしいったらありゃしない!
「あ!……えと、ごめんね。その……よく似合ってるよ、ちょっと意外なほど」
語尾の方をごにょごにょとさせながら、雪のように白い頬を染めて目を逸らす少女。
――意外なほど……俺の水着は意外なのか?
「そ、そうか?反応が微妙だったから……ちょ、ちょびっとだけ焦ったぞ」
ともあれ、俺は一先ず胸をなで下ろしていた。
「なにが”意外と”なのかわからんけど……はは」
「そ、それは……」
「?」
目を逸らしたまま、チラチラと俺を覗う翠玉石の瞳。
――なんだ?
「も、もっと……なんていうか……ヒョロッと、ていうか……そんな、その、しっかりとしてるなんて思ってなかった……から?」
――何故に疑問形?
てか、俺ってそう思われていたのか?
――けど、まぁ、お世辞にも体育会系とは言えんしなぁ
「そうか?そうだな。プールは久しぶりだが体はそれなりに鍛えてるつもりだぞ、なんていうか俺は貧乏性だからなぁ」
少々の男のプライドから、俺は謙遜しながらも”ちゃんと”ヒョロでない事をアピールする(笑)
それに実際、俺の身体は帰宅部にしてはムキムキとまでは全然いかないが、それなりに締まっているとは思う。
特に運動はしていないけど貧乏性な俺は、何かあったときのために最低限の日課は日々熟してあるからだ。
「そ、そうなんだ……へぇ……」
羽咲は相変わらず視線を逸らし気味に、そう応えるとクルリと背中を向けた。
「……」
――おぉ!!良い香りが……
輝くプラチナのツインテールと夏色のワンピースの裾がふわりと甘い空気をはらんで優雅に舞う。
「じゃあ、わたしも用意があるから!盾也くんは”それ”買ったらプールサイドで待ってて」
背中のまま、少女はそう言うと足早に店から出て行った。
「…………」
俺は既に客室へ続くエレベーターへと小さくなって行く……プラチナブロンドのツインテール美少女を半ば強制的に見送らせられながら考えていた。
今現在の俺達の状況……
――”なにがどうなって”こうなったか
それは……
「…………」
――夏だっ!
そう、夏がそうさせた!とだけ言っておこう。
「…………」
いや、全然解らないか……これじゃあ……
――実際のところは……
”せっかく一日無料券があるんだから遊ぼう!”
と、プラチナブロンドのツインテール美少女が実に良い笑顔で提案してきて……
俺はその誘いを断れなかったからだ。
「…………」
――断れるか?普通……
――いや、断れるわけが無いっ!!
大体、羽咲も一緒に来る予定だった友達……
それが”彼氏”かどうか聞いていないところが俺のヘタレさ!
俺の俺たる所以だが……
とにかく!その”友達”が急な都合で来れなくなったとかで、チケットが勿体ないと思っていたらしい。
そこに間抜け面の俺が、ラウンジで見知らぬ少女に鼻の下を伸ばしていたのを発見した(羽咲談)とのことだが……
「……」
――コホン!
つまり、そんなワケで俺は、ホテルの中にあるショップで急遽、水着を買い!
これまたホテル備え付けの超豪華レジャープールに足を運ぶこととなったのだ!
「……」
――理由はなんだって良いんだ……
――誰かの代わりでも……俺は、俺は……
「女子と……プール……」
それも”とびきり可愛い” ”プラチナブロンドの美少女”と”ホテルのプール”
――最強かっ!!
「…………ふふ……ふっふっふ」
俺は胸に溢れる喜びを抑えることが出来なくなっていた。
――
「いまっ!輝ける青春のぉっ!夏のこのぉっ!いっちページにぃぃ!!こぉんなぁっ!ちょう美少女とぉぉ!!おれはプールにいるのだぁぁぁぁっっ!!!!」
そして叫んだ!
結構な大声で!
ゴールを決めたストライカーばりのガッツポーズ付きでっ!!
――
ざわざわ!ざわざわ!
「…………」
ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!
因みに此所は先にも言ったが……
ホテル内の水着店の中である。
ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!
「あ……ええ……と、皆さん?このラッキーボーイの事はお気になさらずに……はは」
周りのざわめきで素に戻った俺は慌てて取り繕うも……
――これって……なんか不味い?
ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!
ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!
「…………」
――いや、不味いなんてものじゃない、あかんやつや!!
「あの、お客様……」
店員らしき勇気ある女性が恐る恐る声をかけてくる。
気がつけば、周りの客達や店員が訝しげに”不審者”を見る様な目で俺を見ていた。
というか、水着一枚で店内で”美少女”と叫ぶ男……
――確かに!どこに出しても恥ずかしい”立派な不審者”だ!!
「…………」
「お客様?」
店員さんが、キッカリ俺から二メートルは距離を取っているのがなんとも痛ましい……
――くっ!?
「だ、大丈夫です。俺は何時もこんな感じですから!」
「は、はぁ……?」
――って、なんじゃそりゃ!
――”いつも”だったらもっとヤバイヤツだろ!?
半ばやけくそ気味にニッコリと親指を立てて”爽やか青年”を演出するが、
店員のお姉さんの反応を見るに…………
全くの逆効果だったみたいだ。
――くっ!こうなりゃ……
「店員のお姉さん!このイカしたスイムスーツを一着!!JSCカード二回払いでお願いします!」
――めげてはいけない!
ここはこのキャラでやり過ごすんだっ!!
「ゆーあんだすたん?おねいさん?しょっぷくらーく?おあいそ!」
俺は爽やかな笑顔と白い歯をキラリと!
学生でも入会可能な”下っ端カード”を高らかに翳していた。
「…………あ、ありがとうございます」
そそくさとギリギリ届く距離の指先でカードを受け取り、足早にレジに向かう女性店員。
その間、一切、俺に背中を向けないところが中々にキュートな反応だ。
――
ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!ざわざわ!
そして、周りの俺を見る痛い視線も……健在だった。
「ふぅ…………みっしょん、こんぷりーと!」
――取りあえず……プールに移動するか
ひと仕事終えた俺は爽やかに額の汗を拭って移動するのだった。
――
―
「お……おおぉっ!!」
澄み切った青い空に――
堂々とたちこめる入道雲!!
プールから見渡せる海には一面の白いビーチが続き!
水平線には幾つかのヨットの白い帆がユラユラと揺れる!
――夏だっ!
――ここは、まぎれもなく夏の世界だっ!!
再びテンションのあがりまくった俺はキョロキョロと落ち着き無く歩き回り、広いレジャープールをあちこち見渡していた。
「凄いな……でっかいぞ!」
このロイヤルベイホテルの広大な敷地内には大小様々なプールが存在するが、中でも海を再現したような波のある砂浜プールは圧巻だ。
直ぐ近くに県下最大のビーチがあるのに、なんていう贅沢さなんだよ!!
――!?
「おお、あれはなんだ?すっげえデッカい配水管がウネウネと……ここは未来都市の浄水場かっ!?」
「ハハハハッ!あれは”ウォータースライダー”だよ、ボーイ。日本では珍しいものなのか?」
「…………」
巨大な”それ”を見上げキラキラと瞳を輝かせる俺の独り言に、突然見知らぬ人物のツッコミが入る。
――なんだぁ?そんなの知ってるに決まってるだろ?
コレは豪華施設に対するいわゆる接待ノリだっての!
――ったく、誰だぁ?冗談の通じん輩は……
「……」
俺は何時の間にか隣に立っていた人物……声の主を確認する。
「うわっ!?」
――デ、デカっ!!
その人物は余裕で俺より頭幾つも高く……
そして金髪、碧眼の端正な容姿の外国人だった。
「…………」
しかし、外人にしてもバカデカいな……桐堂と同じかそれ以上?
「やあ、初めましてホコノキ。私は”ジャンジャック・ド・クーベルタン”だ。フィラシス公国所属、天翼騎士団の七つ騎士が一つ槍とも呼ばれている」
間抜けに異国人を見上げていた俺に、件の人物自身が勝手に自己紹介を始める。
「フィラシス人?……ってか、なんで俺の名前を?」
当然のことだが俺に外国人の知り合いなどいるはずもない。
だいたい、天翼騎士団?七つ騎士?なんのことだ?
”一つ槍”ってなんだ?
軽い混乱と生来の人見知りが合わさって即座に反応できない俺に、
「……フッ」
そのフィラシスの騎士とやらは、ゆっくりと端正な口の端を上げた。
嫌な感じ……
俺には覚えのありすぎる、他人を小馬鹿にした嫌な感じの表情だ。
「知らないのか?なら、知らぬままでも良い……」
――!?
いやっ!そんな些末な事より!
男の言葉と共に!途端に”ピリリッ”と俺の首筋に悪寒が走っていた!!
――こ、これは!?
嫌な感じ……
悪感情ってレベルの代物じゃないっ!!
「ちっ!!」
俺は走り出していた!
意味も分からぬまま、確認なんてしていない!する暇も無い!
「はぁ、はぁ……」
兎に角!此奴は……不味い!!
此所に居ては駄目な相手だっ!!
俺は確信していた!これはヤバイ相手だと……
「はぁ、はぁ……」
プールサイドを必死に走る俺。
――けど……相手は丸腰だ
ここはプールだから相手も水着一枚、当然”なにも”武装はしていない。
――しかし!!
「ほう?我が”神の腕”……見えざる穂先に気づいたと言うのか」
この時、俺は既に――
危険認定した男から十数メートル程も離れた、プールを挟んだ反対側を走りながら……
「はぁ……はぁ…………」
そこまで来て、初めてチラリと振り返って、その男を確認していた。
「…………」
その間、自称異国の騎士は一歩も動いていない。
俺に声をかけたその場に佇んでいる。
――
そこで静かに、口元を緩めながら両手で”なにか”を構え……る?
――いや!!
構えると言っても、勿論、その両腕には”なにも”持っていない!
「フフ……」
だが、その”構え”は明らかに武器を持った構え……
「フフフフ……」
――恐らくは”槍術”の構えだっ!!
「くっ!」
これだけ離れていながら!俺の首筋には変わらずチリチリとした恐怖が纏わり付く!
「フッ!」
ヒュ――――バッ!
そして異国の騎士は、勢いよく!存在しない槍を突き出す仕草をする!!
「っ!」
その動作を見届ける前に俺は!!
ダッ!
咄嗟にプールサイド脇の植え込みに飛び込んでいた!
……理由なんてない!
ただ”そうしない”と俺の人生が終わると確信したからだ!!
――――――――――――ドンッ!!!!
「っっっっ!!!!」
飛び込む途中の空中でブレる俺の身体!!
宙に踊らせた俺の身体を!正体不明の”なにか”が貫く!!
「ぐ!ぐわぁっ!!」
ガザザザ!!
そして俺の身体は、そのまま茂みに落下した。
――
―
「仕留めたか?そこそこの手応えはあったが……」
異国の騎士は構えを解くと、ゆっくりと俺の落下した茂みに向けて歩みを始める。
「…………」
ザッザッ
「…………」
ザッザッ
――ま、本気かよ……
あの距離で届くなんて……
槍って言うより弓だろ?
「…………」
ザッザッ
――っていうか、見えない槍?射程のとんでもなく長い槍?
「…………」
ザッザッ
なんなんだ!?
俺が”盾人間”でなけりゃ即死級の威力だったぞ。
「…………」
ザッザッ
茂みに身を隠したまま、俺は息を潜めて”死んだふり”を決め込んでいた。
――こんなので誤魔化せるのか?
ザッザッザッ……
ゆっくりと歩み来る異国の騎士。
「…………」
ザッザッ……
――くっ!やはり……無理……か?
しかし異国の騎士は、俺の処まであと半分程まで来たところで、
「…………ほう?」
ザッザッ――――
その歩みを止めて向きを変えた。
――なんだ?……あっ!
茂みの隙間から覗き見ていた俺の目に、プールサイドに見馴れたプラチナブロンドのツインテール美少女の姿が映る。
――う、羽咲ぃっ!?
そこには――
薄いブルーのパーカー風ラッシュガードを羽織った……
「…………どこだろ?盾也くん」
太もも丈まであるラッシュガードから零れる眩しい白い水着と、
さらに透き通るような白い太ももがチラリと!
なんとも目も眩む様な超美少女……
――そうっ!こんな眩しすぎる!!
――周囲どころか、プール中の男の視線を集める超美少女が俺の連れっ!!
――ふふんっ!!
「盾也くん?あれ……」
――じゃなかったぁぁっ!!
今はこんな”ドキドキ青春白書”的な感想を述べてる場合じゃ無いっ!!
基本的に日陰者であった俺の人生になかった優越感に浸っている状況では無かったのだっ!!
「これは好都合だ……フフ」
――そうしている間にも!
フィラシス公国所属、天翼騎士団の七つ騎士が一つ槍とやら!
ジャンジャック・ド・クーベルタンという危険な男が!!
羽咲の方へと歩みを……
――
「ちっ!くそっ!!」
俺に選択肢は無かった!
俺は茂みの中から”なけなし”の勇気を振り絞って……
ガザァァッ!!
「羽咲ぃぃっ!!」
立ち上がって叫んでいた!!
第43話「夏がそうさせるのさ?」END




