第三十八話「あなたに言いたいことがあるの?」
第38話「あなたに言いたいことがあるの?」
「胸に触りたいって言ってたよね?下着の上からで良いの?それとも……」
煽ったわりに情けない男の予想とは真逆に――
振り返ったプラチナブロンドのツインテール美少女は、決意の籠もった翠玉石の宝石で不埒者をしっかりと見据え、毅然とした声で扇情的な言葉を放ったのだ!
「い、いや、だから、これは……」
そして、その内容は到底信じられない!
俺の意地の悪い要求に、討魔競争の時に俺が出した冗談交じりの条件に、
そんな巫山戯た条件を出す俺の意図がつまり、”この話はここまでだ”という、
そういうのを汲み取って羽咲はきっと諦めると……
だから!このプラチナブロンドのツインテール美少女が取った行動の意図がサッパリ俺には理解ができない!!
「か、過去話がそれだけ俺が嫌なことだって意味で……だな……そ、その代価にはそれ位の巫山戯た代価が必要だって、こ、これはそういう”断り文句”で……」
プチップチッ……
焦りまくる俺の言葉を無視し、脱衣を継続する美少女。
――おい!おい!おい!おいぃっ!!
セーラー服の上着、どうやらその前の、首元を留めたホックを外す音のようだ。
「違うって!!”売り言葉に買い言葉”っていうか!!お、おい羽咲っ!!」
ジーー
そして制服の上着、サイドのジッパーが下から上に解放されてゆく……
「っ!」
解放された脇からチラリと覗く無垢な白い……下着。
「…………」
――いやっ!?なに呆然と見蕩てんだっ!俺!!
お、俺だってお年頃の男子だ!!確かにそういうのに興味は……お、大いにある!!
――だが!俺はこんな脅迫紛いの方法でなんて望んでいな……
「まった!!待った!まった!まったぁぁぁっ!!悪かった!俺が悪かったから!!意地悪言って反省してますっ!!許してくれ!頼むからっ!!」
次の瞬間――
理性で欲望に打ち勝つ自信が全く無い俺は、大声で叫びながらその場に平伏して怒濤の謝罪で拝み倒していたのだった。
――
「…………」
羽咲は……プラチナブロンドのツインテール美少女は……
そのまま、普段の彼女ではあり得ないだろう、少し乱れた服装のままで俺を見下ろしていた。
先ほどまでの毅然とした羽咲でなく、感情を宿した翠玉石の瞳。
感情……そう、多感な少女特有の、恥じらいを宿した翠玉石の瞳。
「まだ……とちゅうだよ、いいの?」
言うも、耳まで朱に染めて伏し目がちに俺を見つめる瞳は、そよ風を受けた水面の様に揺れている。
そんな年齢相応の恥じらいを持った美少女に対し、愚か者過ぎた俺は完全にさっきまでの戦意を失っていた。
「いや、勘弁してくれ、もう……俺が悪かった。ちゃんと……話そう」
観念した俺の、逃げるのを諦めたともいえる俺の口から出た応えを聞いて――
「…………うん」
少女は緊張で強ばっていた桜色の唇から小さな返事を返す。
そして――
トスンッ
途端にスカートが空気を孕み、膝を落として”へにゃり”と彼女はそこに座り込んでしまう。
「ばか……最初からそう言ってよ……ばか……たてなり……」
今は耳までどころか項まで真っ赤な彼女は、自身を抱きしめるように両手で抱えてボソリとそう呟く。
「こ、こんなこと……しないんだから……わたし……ほんとだよ……あなたがあんなこと言うから……わたし……」
羽咲は悄悄の状態でフローリングにペタリとプリーツスカートのお尻を着けたまま、恨めしそうに俺を睨んで途切れ途切れな恨み言を吐き出してくる。
「い、いや……俺もまさかこうなるとは思ってもみなくて……っていうか、あのまま、ほっといたらどうするつもりだったんだよ?大体、お前が最初から変な態度でだな…………」
安堵した俺は、思わず畳みかけるように、ここまで溜まった不満を口にしてしまう。
「そ、それは……」
「”それは?”なんだよっ?俺だって男だぞ?」
「う……それは……盾也くんが止めるの遅いからっ!だ、だから……そのままだったら、わたし……わたし……」
朱く染まったままの顔でそう苦しい反論した彼女は――
「こ、こんなこと……しないんだから……わたし……」
その後の言葉に詰まって、同様の言葉を繰り返しながら恥ずかしそうに下を向いていた。
「…………」
――ええと?これって……
「ま、本気か!?」
――もしかして、続き……あったの?
俺があのまま固まっていたら……
「………………ばか、ばかなり」
「…………」
――お、俺というやつはぁぁぁ!!
自分で言うのもなんだが、普段はもっと優柔不断な俺が……
珍しく思い切って行動したらこれか!?
これなのか!?
――ああ……俺は……俺ってヤツはなんて勿体ないことを!!
「…………」
「こ、こらぁ、そこ、なに失敗した!って表情してるのよ!」
俺の表情から心の中を目聡く読み取ったろう羽咲は、開けたままの脇のスリットを必要以上に押さえて隠しながら猛烈に俺に抗議してくる。
「ち、ちょっと、盾也くん!聞いてるの!?」
「…………失敗した……勿体ないことした」
「って!?口に出てるよっ!?もう口に出ちゃってるよ!?」
「いや……でもな、羽咲……」
「な、なによ?」
押さえた手の隙間からチラリと見える純白の下着。
「清楚な制服の下に着たキャミソール……」
――スリップドレス?っていうのだろうか
「…………は?」
「その上品な粧いは真にお嬢様!!そんなチョモランマの虚空に咲くかの如き月来香に!!年齢イコール彼女無し歴の童貞野郎が太刀打ちできるはずも無い!!ないだろっ!?」
「な……なに言って!?チョモ……??」
「”チョモランマの虚空に咲くかの如き月来香”!!”高嶺の花”ってことだ!!」
「わかるわけないでしょっ!!」
恥じらいをも扨て置きツッコんでくれるのは流石に羽咲だ。
「ああ……下着……嗚呼、エッチな羽咲のご開帳が……」
「ちょっ……やめ」
項垂れたまま情けない表情だった俺はスッカリなりを潜め、
「止めいでかっ!!我が生涯に百編の悔いありぃぃぃぃぃぃ!!」
俺はバッと立ち上がり!大きく右腕を天に掲げ魂からそう叫んでいた!
「ばっっっ!!ばかっ!たてなり!ばかなりっ!!」
バシッ!
「うわっ!」
――な、投げたよ!?この娘……
他人様に向かって、その他人様が”お・も・て・な・し”の心でお出ししたコーヒーのミルクパックを投げやがったですよっ!!
「たぁーてぇーなぁーりぃぃっ!!」
翠玉石の双瞳を刃のギラつきに変えて俺を睨みつける美少女!
「う……」
――しまった!や、やりすぎた……
てか、“たてなり”はやめろ。
「い、いや……誤解だ、俺は別に……って?羽咲?よく考えたらおまえ、キャラ……」
見苦しくも言い逃れしようとした俺は、突如その違和感に気づく。
「な、なんかさっきまでの”ツンツン冷血女モード”じゃなくて……」
「うっ……」
羽咲が気まずそうな表情になる。
「羽咲?」
「だ、誰が”ツンツン冷血女モード”よ……」
「いや、だからキャラ戻ってないか?」
ファンデンベルグに戻る前の彼女……つまり、割と良い感じだった俺と羽咲の関係に。
「そ、それは……っ!」
ばつが悪そうな羽咲を問い詰める俺、
「だ、だから…………」
進退窮まった彼女、しかし一転してジトッと据わった目で俺を見つめたかと思うと――
「だって!だって仕方ないでしょ!?盾也くんが”出来るだけ早く戻ってこい!”なんて言っておいて……言っておいて……」
「…………うぅ」
「電話も出ない!メッセージも既読無視!……最低だよ!早く戻ってこい!って言ったくせに……言ったくせに!」
――うぅ……返す言葉が無い
つまり羽咲は……羽咲のあの態度は……
「だ、だから……だから……」
「つまり当て擦りか。俺が素っ気ない態度を取ったから……」
――っ!
”ごにょごにょ”となる羽咲の頬がボッと音が出たかのように更に朱に染まっていた。
「そ、そんなわけ無いもん!ただ、盾也くんがものすごぉぉく情けなくて!しょうが無い男だから!冷血漢の問題児で!薄情者で!馬鹿で!色魔で!単細胞で!盾也で!えっと……えっと、あと……」
――いや、そのコンボは非道い
「あと、盾也で……えと、盾也……そう!”たてなり”のくせにぃぃっ!!」
――いや、何人いるんだ?”たてなり”くん
「…………はぁ」
ポン!
俺は近づいて、興奮冷めやらぬ彼女の肩に軽く手を置いた。
「たーてーなーりぃぃ!!」
若干パニック気味の羽咲は、涙の滲んだ宝石で恨めしそうに俺を見上げる。
「わかったよ、羽咲。ホントに俺が悪かった」
「…………う」
俺は出来るだけ優しく微笑んでそう声をかける。
「じゅ、盾也くん……」
「で、とりあえず……その……服を……」
そして乱れた彼女の服装を指摘する。
「………………っっ!!」
今更、あられも無い自分の姿に気づいた少女は、ババッ!と素早く背中を向けると、慌てて身なりを整え出す。
「……」
――あぁ……本当に勿体ないことした
俺は”わたわた”と焦りながら身なりを正す、プラチナブロンドのツインテール美少女の後ろ姿を眺めながら、唯々そう悔やんでいた。
――
「改めて……えっと、羽咲。お前に謝罪したいことがある……大体の察しはついているかと思うが……」
暫く後、俺は仕切り直して羽咲にそう話しかけていた。
「……」
――そうだ、この間の一件は俺のせいで……
”聖剣”の事は完全に俺の勇み足だった。
それを謝罪して……
いや、事が事だけに単純に許して貰えるような内容では無いが、それでも包み隠さず報告して、今後の対策を考えなければならない。
「お前の”聖剣”の事なんだが……」
「盾也くん、その前に……というか、私から良いかな?」
「!?」
――だが、
俺の話を遮って彼女が先に話したいという。
「……」
真剣な表情。
――そうか、そうだな……
彼女にとって”聖剣”は自身も同じ、英雄級にとってそれは……
ずっと探していた”かけがえのない半身”とさえ言える。
だから、このことに関しては俺の言い訳なんか交えずに彼女から糾弾されるべきだろう。
「わかった」
俺はそう思い、頷いた。
「だからね、だから、あなたに言いたいことがあるの……」
「……」
なまじ仲が良くなった相手だけに、こういうことは余計に嫌だろう……お互いに。
だが、しっかりと”ケジメ”はつけないといけない。
「……」
俺の顔も自然と緊張気味になる。
「聞くの……やだ?」
強ばった俺の表情を察してだろうか、恐る恐る尋ねてくる羽咲。
「いや……言ってくれ」
そうだ、俺はしっかり受け止めなくてはならないよな。
それが俺の責任だ。
「……」
羽咲はスッと立ち上がる。
覚悟は出来てる……
それでも自然と情けない表情になってしまう俺を、彼女の翠玉石の瞳がジッと見つめていた。
「あのね……」
ゴクリッ!
「た……ただいま」
――え?
「えっ……と……?」
プラチナブロンドのツインテール美少女は恥ずかしげにそう呟いた後、可愛らしい口元を綻ばせて――
”とんっ”と、俺の胸におでこを預けて来る。
――な、なにが?……どういう?
「……」
「……」
ふわりと甘くて、なんだか……懐かしい香りがする。
「……」
じゃなくてっ!!謝罪!
そうだ!謝罪を……
「う、羽咲……俺は!俺は結局、お前の聖剣を……」
「返事!」
「!」
それでも謝罪しようとする俺に、彼女は何故か別のものを要求する。
「へんじ……聞きたい」
「……」
俺の胸から上目遣いに揺らめく翠玉石の湖面……
――そ、それで良いのか……羽咲は……
まだまだ俺の頭の中は自問自答で一杯だ。
「……」
でも、それでも俺の両腕は……
まるで何者かに操られるように、そっと彼女の華奢な肩を覆っていた。
「お、おかえり……羽咲」
「おそいよ……ばか」
そして、そう応えながらも……
俺の腕中でプラチナブロンドのツインテール美少女は――
「ふふ……」
透き通る白い頬を薄い桜色に染めて”はにかんで”いたのだった。
第三十八話「あなたに言いたいことがあるの?」END




