第三十一話「捜しものはなんですか？」
イラスト作成:まんぼう719さん
第31話「捜しものはなんですか？」
恐らく現在も幾万 目貫の店に”聖剣”はいる……
或いは”九尾の狐”、
或いは”羽咲・ヨーコ・クイーゼルの祖母”として。
「……」
俺は目的地を目指しながら頭の中を整理していた。
――”聖剣”の”妖狐”……
つまり”ヨーコ（仮）”は俺と羽咲にとって敵では無いだろう。
羽咲の祖母であるし、正確には残留思念だけど……羽咲の創り出した”聖剣”でもあるからだ。
討魔競争でちょっかいを出してきたのも、今考えれば現在の羽咲の状態を確認するためだったのだろう。
あの時ヨーコは言った。
第一に……
”聖剣の可否は判断出来なんだが……”
――と、
”聖剣”の可否”
つまりは、直接的に羽咲と接触しても自身が”聖剣”では無く九尾であったこと。
羽咲は未だに”それ”を捨てたままの状態であると。
第二に……
”わが孫よ、わが二つ身よ、否定ばかりでは得るものは何もありはせぬぞ”
――と、
わが孫は勿論、羽咲のことで、
わが二つ身は……これも羽咲のこと
……だろうな、多分。
羽咲が”聖剣”を捨てた原因が否定ならば、この発言はヨーコも羽咲が再び”聖剣”を所持することを望んでいるということを示しているはず。
そして最後に……
”次こそは、我に心地良き証を示してみせよ”
――これはそのままだ
次会うときまでには”証”つまり記憶を取り戻し、
自分を”聖剣”に戻して見せろと言ったのだ。
「……」
これらの発言からも、ヨーコ自身が羽咲の”聖剣”に戻ることを望んでいるのがうかがえるし、そうなら俺とヨーコの目的は一致しているはずだ。
――なら、あとは……
ヨーコを”聖剣”に戻す方法だが……
幾つか考えつく方法はあるにはある、
が……
ここはやはり”聖剣”本人であるヨーコと話し合った方が良いだろう。
「よしっ！」
考えの纏まった俺は歩きながらパンパンと頬を叩いて気合いを入れ直し、幾万 目貫の店を目指す。
――
「彼女から貰ったお守りは持ってる？」
「！？」
と、不意に俺の後ろから女の声がかけられる。
「ふふっ、大切な物でしょう？」
微笑む大人の女性は――
御前崎 瑞乃だった。
ワンレングスの黒髪ロングヘア、前髪をかきあげたヘアスタイルがなんとも気怠げで色っぽい大人の美女、俺のクラス担任だ。
彼女は俺の相談に応じてくれ、アドバイスもくれた。
そして、もしもの場合に備えて、今回は自身も同行してくれるという。
正直そこまで巻き込むのは……
と考えもしたが、万が一荒事になったら俺には抗える手段が無い。
戦闘力の欠片も無い俺は一時退散する事も先ず無理だろう。
そのため、手練れの魔導士である御前崎 瑞乃の協力申し出は非常にありがたかった。
そうそう、協力と言えば――
実は桐堂も同行を申し出てくれたのだが、それは断った。
戦士系なんていう、あからさまな攻撃系職種を同行させている時点で相手に要らぬ警戒心を与えるだろうし、それは得策で無いと思ったためだ。
返事を聞いて桐堂はガックリと肩を落としたので、少し気の毒だと思った俺はいざという時のためにだと誤魔化して、直ぐ近くのカフェで待機して貰っている状態だ。
――先ず、必要ないだろうが……
「先生、あまり冷やかさないでくれよ」
俺は首にかけた守護石をシャツから引っ張り出して後ろの美女に見せる。
「ふふ、初な感じが微笑ましいわ。じゃあ、行きましょうか？」
御前崎 瑞乃は”それ”をしっかりと確認して紅い唇の端をあげたのだった。
―― ―
「お主は何か勘違いしておるようじゃな」
開口一番、九尾の狐、ヨーコは言った。
「どういうことだ？アンタは”聖剣”には戻りたくないということか？」
俺の問いかけに、時代がかった豪奢な和装姿の美女は首を横に振る。
「強大な力を放棄するということ、その理由がお主の想像するよう必ずしも心的要因では無いと言う事じゃ。それと、もうひとつ……」
「羽咲は過去に心に傷を受けたんじゃないのか！？」
まだ他に何か続きがありそうな口ぶりのヨーコの言葉を遮って俺は質問していた。
――俺には心的要因しか思い当たらない
いや、それ以外あるっていうのかよ！？
「……」
自身の惨めな経験から勝手に答えを決めつけていた俺は……
つい、そこにこだわってしまった。
後から思い起こせば、この件の最初からそうだった……
「いや！だって、それしか……」
――そう……だから俺は周りが見えていなかったんだ
「……」
その間も和装美女の細い瞳は何故か俺では無く、意味ありげに俺の”後ろ”に注がれていたのだが……
――しかし俺は！この期に及んで俺は……
「自ら英雄級の象徴たる”聖剣”を捨てる、あまつさえ自身の記憶を改ざんしてまで……そんな事を選択する状況なんて俺にはひとつしか想像できない！！」
俺は自身の経験に固執していた。
羽咲はかつて、その強力すぎる力で味方……
つまり、仲間や身内、もしくはそれに類する大事な存在を傷つけたのだろう。
余りにも大きな力は存在自体が悪だ！
制御できるか云々の問題じゃ無い、人には過ぎたる力は最終的に悲劇しか生まない！
軍隊、核兵器、独裁政治、狂信的な宗教、禁忌の大魔術、そして……”聖剣”
それは人類の歴史を紐解いても実証されている……はずだ！！
と、俺はそんな勝手な思い込みでいっぱいで……
「誰しもがお主の如き経験をし、その様な卑屈な考えに至る訳ではないぞよ……鉾木よ」
「っ！？」
頭の中を見透かされたかのような言葉に、俺は眼前の”九尾”を睨みつける！
「い、幾万 目貫に聞いたのか？俺の事を……」
そのときの俺の目は殺気立っていただろう。
およそ平和的な交渉に来たとは思えないほどに……
――周りが全く見えていない！
それほどまでに、その時の俺は愚かだった。
「イライラしてますねぇん、盾也さん？タリウム足りてますかぁ？」
「ちっ！」
――それを言うならカルシウムだ！
”タリウム”足りてたら命が危ないだろうがっ！
いつも通りな黒頭巾の口調が不安定な俺の苛立ちを更に加速させる。
「クククッ！ははっ！盾也さんは怒りん坊将軍ですにゃー！」
店の奥に座り、宙に浮かせた足を楽しそうにバタバタさせているオンボロ店の主。
幾万 目貫、妹バージョンは完全なる傍観者を決め込んで、面白可笑しくこちらを眺めていた。
――
目下、幾万 目貫の店内には俺を含め四人の人物がいる。
ヨーコを睨む俺、俺の眼前のヨーコ、俺の後ろに控える同行者の御前崎 瑞乃、
そして、この店の主たる幾万 目貫妹バージョン。
「答えろよ！幾万 目貫に聞いたのか？俺の事を……」
俺の性格に無い柄の悪い目で和装美女を睨み、もう一度問いただす俺。
「……さてのぉ、じゃが羽咲は決して恐怖や後悔、又はそれに類する負の感情で”聖剣”を手放したのでは無いのじゃ。真の強者たる武士の矜持は”燕雀”には理解できぬものと知れ」
――燕雀っ！？
凄む俺などには全く怯む事無く答えるヨーコの言葉が更に俺の感情を逆なでする。
燕雀……”燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや”か！？
「地べたを這いずり回る俺みたいな小人には、大英雄である羽咲の心は理解できないってことかよっ！！」
見下されるのは別に特別でない、俺にとっては日常茶飯事のはずだった。
しかしその例えは、まるで俺の過去の傷を陳腐化されたようで……
そんな鉾木 盾也には羽咲の心を理解出来るワケがないと宣言されたようで……
俺は完全に頭に血が上っていた。
――
「そう険しい表情をするでない、鉾木よ。”燕雀”とは何もお主のことのみを指して言うたのではない。妾も同様よ」
「……羽咲”だけ”が特別だと？」
未熟な俺は、不満を全く隠そうともしない。
「そうじゃ。あれは真の強者、希にさえ見ることのない”覇王の器”よ」
「…………」
羽咲が強いのは誰でも解る。
なんてったって英雄級だしな……
しかし今の論点は物理的強さだけでは無いだろう。
――じゃあ、なんだ？
俺の疑問を察したヨーコは静かに頷く。
「羽咲はのぉ、ファンデンベルグ帝国史上でも最強にして最高の騎士よ。それ故にその強力無比さ故に宿敵はおろか、一合と剣をあわせられる者とて居りはせなんだ……」
「幻獣種の中には天変地異を起こすような”とんでもない輩”もいるはずだぞ？」
――俺は反論する
いまさら羽咲の強さに異論があるわけでは無いが、あまりにも極論過ぎる。
優れた身内への贔屓目があると思ったからだ。
「羽咲の前では魔王クラスでさえ一粒の露の如き存在よ」
――は、そうきたか
「言うねぇ？そんなに強いなら、強すぎるなら、とうに世界は楽園だ。俺にもそれくらいは理解できるぞ。あんたの目は多少曇ってる」
俺は続けて反論する。
俺の過去を識っているかも知れないヨーコに、見透かされたかのような物言いをされ、羽咲と比べられているような気がして、普段では考えられないくらいムキになっていたのかも知れない。
「戦士として生まれ、敵がいない、勝負すらまともに出来ない……真の強者たる者の次なる行動は何ぞ？」
「解るかよ、”俺なんか”にそんな贅沢な悩みが」
その時、俺はもうふて腐れていたのだろう。
「そうかえ……ならば、何者も我が身に追いつけぬのなら、我が落ちてゆけばよい。牙を失い、脆弱になり、僅かばかりの力で必死の闘争を経験し尽くして、その末に命を落とす……そこにこそ戦士の生きがいを見いだしたのじゃ、理解できるかの？鉾木とやら」
――なっ！？
理解……できるわけがない。
そんな滅茶苦茶な理由……
「き……きおく……は？」
思いもかけない衝撃的な話に、俺はかろうじてそう返す。
「記憶は自身で封印した。どんな窮地でも自身が命を落とすような時でさえも、仲間が、友人が、恋人が、我が子が、悪鬼羅刹に引き裂かれようとする瞬間でさえも、その力が行使されぬように……それこそが真に弱者の苦悩を体現することが、真の強者の矜持なのじゃ」
「…………」
――強気……
――いや、狂気だ
真の強者とは……
孤高の”武”とはそこまで……させるものなのか？
――”聖剣”は自ら封印した
つまり、羽咲さえその気ならいつでも”聖剣”は復活する。
だけど……これじゃあ羽咲が自ら望んで”聖剣”を、
”それ”を再び手にすることは絶望的じゃないか？？
「…………は、はは」
俺は完全に目標を見失っていた。
そういう理由なら、そんな理由でなら、
”俺には”どうすることも出来ない。
「ははは……は」
たとえ聖剣と協力したからといって、どうやって……
「鉾木よ。妾の苦労が理解できたかえ？妾とて孫の身を案じておる、じゃからこそ、こうして不完全な姿を現してでも……」
「は…………」
俺はウンともスンとも答えられない。
だってこれではあまりにも……
――
「そう！不完全！！不完全だからこそ現在が最高の好機なのよっ！」
――っ！？
完全に手詰まりになった俺の後ろから、場違いにも高らかに女の声が響く！
――な、なんだ？
「御前崎……先生？」
俺とヨーコの会話への突然の乱入者に俺は唯々目を丸くし、
「……」
ヨーコはそれも予測していたのか、表情を変えずに俺の後ろに立つ”その女”を見据えていた。
「伝説の大妖”九尾の狐”！いえ、世紀の大魔導士と呼んだ方が良いかしら？玉藻御前っ！！」
そう言って御前崎 瑞乃は紅い唇を歪めて笑っていた。
「せ、先生？」
「ああ”聖剣”なんて……こんな好機が！あふぅ……こんな心躍る瞬間が訪れるなんて……」
御前崎 瑞乃は豊満な身体をくねらせ、およそ教育者とは思えないような快感に溺れたような状態で愛おしそうに両腕で自身を抱きしめている。
「御前崎先生？？いったいなにを……」
「ふふふっ、あははは……あははははっ！！」
ワンレングスの黒髪を振り乱し、俺のよく識る女性は……
俺の後ろで……
「あっははは！あははははっ！！」
まったく知らない女の顔で狂ったように嗤っていたのだった。
第31話「捜しものはなんですか？」END
