第十七話「落第しない方法?」
第17話「落第しない方法?」
――天使……
そうだ、彼女はまさに地上に舞い降りた天使。
「……」
教室で自身のスマートフォンの液晶画面をうっとり見つめる怪しい男がひとり。
身長百九十五センチの骨太でしっかりとした体格。
しかしそれでいて、スラリとした印象を受けるモデルのようなシルエット。
整った甘い容姿にサラサラと爽やかに輝く黒髪の青年は――
名を”桐堂 威風”という。
彼はこの学校では知らない者がいないほどの有名人であった。
「天に愛されたこの僕が……最強、最高の戦士であるこの僕が……」
――嗚呼!こんなにも心を奪われるなんて!!
彼の視線の先、液晶画面の中には、校門前で手を振る美少女の笑顔がある。
「女性にこんなに心を奪われることがあるなんて……」
輝くプラチナブロンドのツインテール、翠玉石のように澄んだ美しい瞳。
自分の知らない誰かに向けられたその笑顔は――
「はぁぁ……」
彼にとって”蕩けてしまうほどに”魅力的であった。
「おお……こんな言葉を贈るのは貴女だけです!嗚呼!僕の愛しい女性!”羽咲・ヨーコ・クイーゼル”さん!!愛していますっ!!」
因みに――
彼の言うところの、天使のこの画像は……もちろん盗撮である。
「ふぅぅ……」
――
「あ、桐堂くん、さよなら!」
「威風さん、また明日です!」
締まり無くスマートフォンを眺める彼の背後を、女生徒達が和やかに挨拶をして去ってゆく。
「さよなら、僕の愛しいハニーたち、愛してるよ!」
彼は即座にキリリ!と表情を作り、持ち前の色男ぶりで爽やかに挨拶を済ませるのだった。
――
そして周りに人がいなくなったのを確認して、
「こんな言葉を贈るのは貴女だけです、羽咲・ヨーコ・クイーゼルさん!愛しています!」
ヌケヌケとそんな言葉を口に、再び間抜け面で液晶画面に魅入っているのだった。
―― ―
以前に――
”良い話”と”悪い話”がある場合、どちらを先に聞くか?
みたいなことで俺の持論を述べたことは覚えているだろうか。
そう、俺は断然”良い話”だと、そう言い切ったはずだ。
良い話だけ聞いて、後は聞かない。
聞いてない話は無いのと同じだからと……
「はぁ……」
俺は溜息を吐いて学校の廊下を歩く。
相変わらず冴えない一般庶民な鉾木 盾也の半日が終わったのだ。
そして、お察しの通り――
”良い話”というのは”魔法珠製作依頼の件”であったワケだが、悪い方は……
「ふぅぅ……」
そう、それは今まさに、俺が向かいつつある先にある。
「だよなぁぁ……」
そうだ、当たり前の話だが、聞かなかったからと言ってそれは無くなるわけでは無い。
つまり、何日か前に俺の取った行動――
それは”現実逃避”とも”問題の先送り”ともいう、
あまりお勧めできない行動だったというわけだ。
ガラララ
「失礼します」
浮かないままで、やがて職員室に辿り着いた俺は引き戸を開けてから一礼する。
「あ、鉾木くん、ちょうど良いタイミングだわ。桐堂くんも今来たところだったのよ」
俺のクラス担任――
御前崎 瑞乃が微笑みながら俺に向かって自身のデスク前に立つ男の隣を促す。
「……」
――相変わらず、無駄に色っぽいな……
俺は御前崎 瑞乃の、一介の教師とは思えない美貌と艶っぽさにいつも通り感心しつつも紹介された男を見た。
――桐堂 威風
隣のクラスの有名人……
いや、学校の有名人だったか?
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗……あと、なんだ?
「……」
そうそう、極め付きは数少ない”対幻想種技能別職種”持ちって事だった。
ここまで優秀だと当然ながら、かなりの人気者で、特に女子の間ではファンクラブがあるほどだと聞いたこともあるような……
――
「鉾木くん、なにしてるの?早く彼の横に」
瑞乃に促され、俺は渋々と職員室に入り、その男の横に並ぶ。
「…………」
――デカイな……
頭ひとつ分も俺よりは高い。
「それでね、鉾木くん、大体の内容は伝言してあると思うけど?」
――伝言ね……
確かに聞いた。
クラスの男子生徒から――
俺の単位の話と、それに関することで、
”今度、この臨海市で開催される”臨海祭”のことで話があるから……”
職員室に行くようにと御前崎先生から伝えるよう言われたからサッサと行けと……
超絶面倒臭そうに、恐らくはクラスメイトである男からそう言われたのだった。
――
「はぁ……聞きましたよ、穂山?眼鏡くんから?」
俺の応えに女教師はあからさまに溜息を吐いてから、垂れ目気味の艶っぽい瞳で正面から俺を見据える。
「”穂邑 鋼”くんでしょ?あなたクラスメイトの名前も覚えてないの?」
「いや、まぁ……」
当然そんなの覚えてるわけが無い。
ほとんど話もしたことないし、興味も無い。
向こうにしたってそうだろう。
「……すみません」
俺は短くそれだけ答えると視線を逸らした。
「まあ……良いわ。それより今は”臨海祭”の方が喫緊だから」
「はあ?そうですか」
”それ”が俺には解らない。
俺の単位の話は……
自慢じゃ無いが俺は欠席も、遅刻も、早退も多い。
そのうえ成績も中の下程度だし、このままでは単位が足らなくて留年もあり得ると……
情けない話だが、前々から担任の御前崎 瑞乃から何度もそう注意されてきたのだ。
――それが”臨海祭”?
そんなお祭りが俺の成績にどう関係があるのかと……
「……」
それに隣のこの男……桐堂 威風だ。
俺みたいな冴えない一般庶民な鉾木 盾也と、学校の有名人である桐堂 威風にどんな接点が……
「桐堂くん、”臨海祭”の事について貴方の職域という観点から話してみてくれるかしら?」
終始疑問顔の俺を考慮したのか?御前崎 瑞乃は俺の隣の色男に話を振る。
「解りました、御前崎先生」
桐堂は一度チラリと隣の俺に不愉快そうな視線を送った後で、一瞬にして真逆な爽やか好青年に表情を切り替えてから御前崎 瑞乃に返事して話し始める。
「臨海祭は年に一度行われるこの地域の祭りですが、その内容は多岐にわたります。例えば出店から始まり、地域のサークルの発表会から、のど自慢大会、花火大会と……」
「……」
そんなことは俺も知っている。
――俺だって臨海市生まれの臨海市育ちだからな
「そうね、桐堂くん。それで他には?」
御前崎 瑞乃は形の良い白い顎を縦に振りながら、さらに説明を促す。
「そうですね、あとは……”討魔競争”でしょうか?」
――”討魔競争”
なるほど……
それは確かに対幻想種技能別職種持ちの、戦士である桐堂 威風の職域だな。
俺はこの男に話を振った御前崎 瑞乃の行動に納得する。
「そうね、”討魔競争”とは普段から幻想職種持ちが生業としている”倒魔”の仕事に関するイベントです。時間制限内に何匹の幻獣種を倒せるかを競わせる競技で……」
そして、そこからは御前崎 瑞乃が引き継いで話を進めた。
「正直なところ、普段はその討伐報酬の低さから放置されがちな下級の幻獣種の数を減らすために企画されたイベントだったのだけれど、現在では優勝賞金や各町内会からでる副賞の景品の豪華さからエントリーが殺到する一大イベントになっているのは貴方たちも知っていると思いますが、どうです?」
勿論、俺も知っている。
「ええ、まぁ……」
主に俺を見てくる彼女に俺は頷いた。
「それでね、ここからが本題なのだけれど……地域貢献という観点からもそれに出場して、ある程度の実績を残せれば”課外授業”として貴方に単位を与えることが出来るようになったのよ」
――なんだって!?
突然予測もしない提案に俺は少なからず狼狽する。
「いや、しかし俺は……」
「ええ、既に貴方を臨時的にですが”戦士”として登録してあります。参加資格は十分に満たしているのよ」
慌てて口走った俺の言葉の先が解ったのか……
彼女はそう言ってウィンクした。
「う……あ……」
――俺が戦士系……?
な、なるほど、俺に単位を取らすための対応策だろうが……
臨時であろうと当然ながら”対幻想種技能別職種”がそう簡単に与えられる資格で無いことは常識だ。
なんと言っても、最も権威のある国家資格……
いや、国際資格なのだ!
「ふふ」
「……」
ニッコリと微笑む妖艶な女教師。
察するに、恐らくは彼女のコネとでも言うべき力でそうしてくれたのだろうが……
一介の高校教師に出来る芸当では無いだろう。
何者なんだ?
いったい御前崎 瑞乃という女は……
「…………」
いや、しかし本当の問題はそこでは無いだろう。
いかに彼女が骨を折ってくれても俺には戦う術が無いのだ。
――紛い物の戦士級になっても俺には実力が……
「あの先生……せっかくですが……」
「ふふ、大丈夫よ、”倒魔競争”にはチームでの参加が認められているの。といっても相手は下級幻獣種だし、分け前が減るわけだから普通はチームで出場するような参加者はあまりいないのだけれど」
俺の表情から言いたいことが解ったのだろうか……
彼女は笑顔でそう付け足していた。
――なるほど……
合点がいった。
そう言う条件でこの状況、さらには隣の……
”桐堂 威風”のこの不満そうな表情!
留年とか単位とか関係無い奴は当然不満を口にする。
「御前崎先生、やはり僕は……如何な先生の依頼でも僕は……」
「悪いが”桐堂”某に助けてもらういわれは無い!」
――!?
この状況をセッティングした御前崎 瑞乃も、
その役割に不満を口にしかけていた桐堂 威風も、
そこに割り込んで真っ先に否定する俺に思わず注目する!
「キ、キミの方から断るのか!?この僕を!?」
そして驚いた顔で俺を見る色男。
「まぁ……そんな感じ?」
「な!なんでだよっ!!どうしてそうなる!!」
――いやいや……
どうせ望む結論は俺もお前も同じなんだから経緯はどうでも良いだろうに。
「……では、失礼します」
俺はその男を無視して、御前崎 瑞乃にだけ一礼するとその場を去ろうと――
「ち、ちょっと待ちたまえ!!”そこのけ”くんっ!!」
――誰が”そこのけ”だ!
人の名前を勝手に”小林一茶”風味にアレンジしてんじゃねぇよ……
ガラララ
俺と奴では、全くベクトルが違っているだろうが――
お互いに眼中に無い故に、お互いの固有名詞に興味がないであろう者同士……
当然、俺は――
俺を”そこのけ”なんて珍妙な名で呼ぶ”桐堂”某などの言葉は華麗に無視し、職員室の引き戸を開けて廊下に出たのだった。
第17話「落第しない方法?」END




